胸騒ぎ

「うーん……うまくいかないものねぇ」


 神殿の中庭でパンを頬張りながら、メリーアンはぼーっと咲き誇るアルストロメリアを眺めていた。


「まあでも、そんな日もあるわよねぇ」


 パブのことにしろルルルのことにしろ、落ち込んでも何か解決策が見つかるわけじゃない。ひとまず頭を休めてから、もう少し調べ物を続けてみようと思ったのだ。


(あれ? あの人……)


 しばらくぼうっとしていると、庭に別の人がやってきた。

 ライナスとハイプリースト、ミルテアだった。

 聞くつもりはなかったのだが、ライナスは誰に聞かれても構わないと思っていたのか、はっきりとした声で話していたので、会話が聞こえてくる。


「妻と子どもの埋葬を……お願いしたく思います」


 そう言った後、ライナスは深く深く頭を下げた。


「長い間ご迷惑をおかけいたしました。もう……妻と子どもの魂がこの地にないことを、私は受け入れました。今は彼女らが苦しみから解放されたと信じて、弔ってやりたいと考えております」


「……わかりました。あなたが望むなら、そういたしましょう」


 ハイプリーストは深く頷くと、ライナスの背中を撫でた。三人は遺体を弔うために、地下の遺体安置所に向かって行った。


(あの人は、現実を受け入れたのね……)


 メリーアンの胸が悲しみで痛んだ。

 心苦しくなって、持っていたパンを膝の上に下ろす。

 しばらくぼうっとしていると、いつの間に戻ってきたのか、そばにミルテアが立っていた。


「あの人……奥さんと子どもを、埋葬するのね?」


「……はい」


 ミルテアも悲しそうだった。


「今まで何度も、遺体の時を戻して生きかえらせてくれ、という依頼を受けたことがあります。でも、たとえ遺体を綺麗な状態に戻したって、魂が戻ってくるわけではありません。そういう方が現実を受け入れるまで見守るのは、経験してもやっぱり辛いですね……」


「……当たり前よ、そんなの。だって私たち、人だもの」


 メリーアンも、ここに来たばかりの頃は現実を受け入れられなかった。さまざまな感情を経て、少しずつ乗り越えようとしているのかもしれないが、やはり不意に落ち込むこともある。人は何度も落ち込みながら、喪失の悲しみを乗り越えていくのだろう。


「ノーグ村から来たって聞いた時は驚いたわ。私の家の近くなの。結構遠いのよ」


「え……メリーアンさんはあのあたりからいらっしゃたんですか? お一人で?」


「ええ」


(今考えたら、確かにとんでもない暴挙よね)


 エドワードが怒るのもよくわかる。

 よく犯罪に巻き込まれなかったものだ。

 (金はすられたが)


「そうだったんですか……。ああごめんなさい、メリーアンさんの事情に突っ込んでしまって」


「いいのよ、気にしないで」


 そう言っても、ミルテアはどこか浮かない顔をしていた。


「どうかしたの?」


「いえ……少し気になることがありまして」


「気になること?」


 ミルテアは眉を寄せて頷いた。


「少し調べてみたのですが、ノーグ村というのは、クロムウェル領のすぐ近くなんですよね? あのミアズマランドの」


「ええ」


「ミアズマが浄化されてから……メリーアンさんの周りには、疫病や魔獣など、出なくなりましたか?」


「? ええ、もちろんよ」


 何が言いたのかと、メリーアンは首を傾げてしまった。

 ミルテアが口を開こうとしたところで、神殿からハイプリーストの声が聞こえてきた。どうやら埋葬の準備を手伝って欲しいらしい。


「はい! 今行きます!」


 ミルテアはそう叫ぶと、立ち上がる。


「……ごめんなさい、ちょっと考えすぎだったみたいです。今の話は気にしないでください」


「……そうなの? わかったわ」


 メリーアンは胸に引っかかるものを感じたが、ミルテアは行ってしまった。


(なんだか胸騒ぎがする……)


 オリエスタに戻ってくる前、エイダが言っていたことを思い出す。



 ──クロムウェル領を出る前、魔獣を見たのです。



(そんな……ミアズマがクロムウェル領にだけ残ってる、なんてこと、ないわよね?)


 そんな恐ろしいこと、あっていいはずがない。

 第一、ララの浄化が完璧だったおかげで、今国中が沸き立っているのだ。


 メリーアンは嫌な考えを振り払うように、首を横に振った。


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