人のことを言えない人

「どうしたものかしら……」


 メリーアンはため息をついた。

 ルルルは先ほど、のんびりと歩いてどこかへ行ってしまった。

 結局、問題は解決しないままだ。

 そもそもの話、二人の喧嘩の原因がよくわからない。

 ルルルはあれ以上何も話さないので、パブの方にも話を聞いてみなければならないだろう。


(……ルルルの質問に、答えられなかった)


 メリーアンがぼうっと湖を見つめていると、いつの間にか隣にフェーブルが立っていた。


「……フェーブル、パブとルルルのこと、何か知らない?」


「あの二人はたまに喧嘩をしている。それを、マグノリアがよく仲介していたようだ」


「どうやって?」


「さあ? 大切なことは、全てそこに書いてあるよ」


 フェーブルが微笑んで、マグノリアの手記に視線を落とした。


「……」


(そう……よね。自分の力で見つけなきゃ。だって私が、妖精の展示室の管理を任されているんだから)


 ルルルの言葉で動揺していたようだ。

 やれることはやると、エドワードとも約束した。

 メリーアンはほっぺたをぺちっと叩くと、気合を入れ直した。


「私、パブとも話してみるわ」


 そう言うと、フェーブルは微笑んだ。


「ルルルもパブも、誠実な者が好きなのだ。君はきっと、彼らといい友人になれると思うよ」


 フェーブルの言葉は、いつだってメリーアンの背中を押してくれる。


     *


 翌日。

 図書館でパブのことを調べたメリーアンは、パブがチョコレートが大好きなことを突き止めた。パブはシャイでなかなかお目にかかれない妖精だが、チョコレートの甘い香りを嗅いだ時は、必ず顔を見せるのだという。


 と言うことで、メリーアンはホットチョコレートにマシュマロを入れて、夜の展示室にやってきた。


「パブ、ホットチョコレートがあるわよー?」


(こんなので誘き寄せるなんて、流石に浅はかすぎたかしら?)


 と思っていたのだが。

 さっきからシュバッ! シュバッ! と白いモコモコしたものが木々の間を駆け回っていた。時々つぶらな瞳が、木陰からじっとメリーアンを見つめている。


(明らかにいるのよね……)


 本に書いてあった通り、見事にパブは誘き寄せられていた。

 ただ、メリーアンを警戒しているのか、なかなか近づいてこない。


「ねえパブ、一緒にホットチョコレート飲みましょうよ」


「……」


 それでもうさぎはなかなか木の影から出てこない。

 どうやら一度足で踏んずけてしまったせいで、かなり警戒されているようだ。


(出直した方がいいのかしら?)


 だが、メリーアンにはそろそろ時間がない。

 夜間警備の試用期間もあと数日で終わる。

 この仕事を続けるにしろ辞めるにしろ、二人には仲直りして欲しかった。そう思うのは、自分とユリウスのことを重ねているからなのかもしれない。


「仕方ないわね……」


 メリーアンはホットチョコレートを地面に置くと、屈んでゴソゴソと何かを設置した。


「パブ、ここに置いておくから、よかったら飲んでね?」


「……」


(こんなので引っかかるかしら?)


 メリーアンが置いたのは、バスケットに紐を巻きつけただけの、簡単なうさぎ取り用の罠だ。

 流石にこんなのではダメだろうと思ったが、メリーアンは一応パブが罠に引っかからないか、やってみることにした。


     *


「ぬぁああああ!?」


 結果的に言うと、引っかかった。


「なかなかちょろいわね……」


「何をするのだっ!」


 カゴの中で暴れ回るパブを見て、メリーアンは呆れてしまった。

 パブはメリーアンの設置した罠に気づいているにもかかわらず、必死にホットチョコレートをペロペロと舐めていたのだ。

 その姿があんまり可愛いので、しばらく見惚れてしまった。

 相変わらずのおじさん声で、なんだか頭がチグハグになってしまいそうだったけれど。


「ごめんなさい。だってあなた素早いから、すぐに逃げちゃうんじゃないかと思って」


 でも話を聞いて欲しかったのよ、とメリーアンが謝罪すると、パブは鼻を鳴らした。


「ふん! 俺は人前には滅多に姿をあらわさない妖精なんだぜ、嬢ちゃん。当然だろう?」


「……へえ、じゃあ私、二度もあなたに会えて幸運だったのね」


 そう言って、メリーアンはふと気づいた。


(そういえば、一番最初に会った時、パブは湖の近くにいたんだっけ……)


 踏んずけるメリーアンが愚鈍なのはもちろんだが、パブはこんなに素早いのに、メリーアンに気づかずにぼうっとしていたというのが、なんだかメリーアンには不思議に思えてきた。


 ──もしかして、ルルルを見ていたのかしら?


 遠く、湖にたたずむルルルを。


「……こんなことをしてしまってごめんなさい。でもあなたに聞きたいことがあって」


 パブはカゴの中からじっとメリーアンを見た。


「その……どうしてパブは、ルルルと喧嘩をしたの? その理由を知りたいの」


 そう尋ねると、パブは頬を膨らませた。

 

「起きたら、そばにルルルがいなかった」


 博物館の倉庫での話をしているのだろうか。


「ごめんなさい。それはね、パブの人形が傷んでいたから、修繕に出したのよ。だからルルルは何も悪くないの」


「……どっちでも一緒だ。俺たちはそうなるべきだった」


「そうなるべきって……」


「俺は……ルルルのそばにいる資格はないから。きっとこうやって離れているのが正しいんだ」


 胸が痛くなるような声だった。


「……資格って、何? だって……ルルルは、パブのことが大好きだって、言ってたわ。だから私、あなたが何か、ルルルに怒っているのかと思ったの」


「……怒ってない」


 だって、湖のそばでルルルを見つめるくらい、パブはルルルに会いたいはずなのに。

 一体パブは、何を思ってルルルから離れたのか。


「……悪いのは俺だ」


(喧嘩……ってわけじゃないみたい。二人とも、何か自分に原因があると思っているようね……。でも本当は仲良しなのに、なんでこんなことになっちゃうの)


 メリーアンは戸惑いながらも、パブの目を見て言った。


「ルルルは、すごく悲しそうだったわ。あなたもそう。ねえ、一度話し合うことはできないかしら」


「あんたはそうなのか?」


「え?」


「いつも話し合いで解決できたのかって聞いてんだ」


 ギロッと──とはいえ、結局可愛らしい目なのだが──パブはメリーアンを睨んだ。

 ルルルと同じことを聞かれた。

 メリーアンも話し合いもなく逃げ出してきたのだから、パブたちのことを言えたものではない。


「俺は不誠実な奴は嫌いだね。自分だってできていないことを、俺に強制するんじゃねぇ」


「……」

 

「あんたが真摯に話すっつーなら、考えてやるよ」


 じゃあな、と言うと、パブは勢いよく跳ねてカゴから脱出した。

 止める間もなく、ぴょこんぴょこんと跳ねて、消えてしまったのだった。


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