治らない傷
「ああ、それなら今修繕に出してるんですよ」
「修繕?」
「ええ。あの二つの人形はしばらく倉庫にしまっていたのですが、最近まただしたんです。ただパブの人形の方は、経年劣化が酷かったところに、子どもたちが手を触れちゃったみたいで」
マイルズが苦笑して言った。
「なるほど。あんなにもふもふだったら、みんな触りたくなっちゃうわよね」
メリーアンはパブとルルルが一緒に展示されていない理由に納得した。
あれだけもふもふした妖精なのだ。きっと人形ももふもふで、子どもたちに大人気だったに違いない。
(みんな、パブの声が渋いって知ったら、びっくりするだろうな……)
「クロノアの神殿に頼んでるから、すぐに戻ってくるはずだよ」
そう言ってマイルズは微笑んだ。
(んー……いつも一緒に倉庫にいたのが、修理に出されて離れ離れになっちゃったってこと?)
それをルルルは喧嘩だと言っているのだろうか。
だとすれば、それをやったのは人間なので、パブもルルルもどちらも悪いことはしていない。
(修理から戻ってくれば、また一緒になれるはずだものね)
とりあえず、今回は時間が解決してくれそうだ。
今晩あたりにルルルに事情を話して、人形が別の場所に移動したのは、修繕に出しているからだったと説明しよう。
そう考えて、メリーアンは少しほっとしてしまったのだった。
*
「ってことで、パブは自分の意思でルルルのそばを離れたわけじゃないみたいなのよ」
「……」
その日の夜。
メリーアンは湖のそばに佇むルルルに、事情を説明していた。
パブを探して話を聞こうと思っていたのだが、全く見つからなかった。だから先に、ルルルに事情を話すことにしたのだ。
「心配しないで、ルルル。彼はすぐに戻ってくるわ」
「……」
ぼー、としたままルルルはメリーアンを見上げた。
「……おねいさん」
「ん?」
「パブは、戻ってこないと思います」
ルルルはゆるく首を振った。
「それは、どうして?」
「だってパブは……ルルルのことが……嫌いだから」
ルルルは悲しげに目を伏せた。
(え……)
メリーアンは驚いた。
本にはあんなにたくさん、仲良しのエピソードが書いてあったのに。
「でも、パブがルルルのことを嫌いでも。ルルルはパブが大好きです」
「……どうして、パブがルルルのことを嫌いだって思うの? だってルルルはそんなにパブのことが好きなのに。話し合ってみないと、わからないと思うけど……」
そういうと、ルルルは悲しそうに微笑んだ。
「おねいさんも、そうなんですか?」
「え?」
「ちゃんと話し合ったら、分かり合えて、仲直りできたのですか?」
「……」
見抜かれた、と思った。
ルルルが何のことを言っているのか、正確なところはわからない。けれどメリーアンは、ルルルがまさに、ユリウスとのことを言っているのだと思って、息を呑んだ。返す言葉が浮かばない……。
(私は、逃げ出してきた)
だって仕方がなかった。
そうじゃないと、自分の命が危ないと思ったから。
──危ないと思ったなら、とにかく逃げてくれ。
そう言ったのは、幼馴染のレオンだったか。
メリーアンは守られるものとして、常にその教えを守ってきた。それが一番、領地の人たちにとってもいいと思っていたから。
(でも私、ユリウスと、まだちゃんと話し合っていない……)
時間が経ったからだろうか。
事実を受け入れ、怒りも少しずつ治ってきた。
ぐちゃぐちゃになっていた感情は次第に整理され、疑問が出てくる余地も生まれてきているのかもしれない。
(どうして、ユリウスは私じゃない人を選んだのだろう)
メリーアンはまだ、その理由を聞いていない。
「私……」
ルルルの黄金の瞳は、嘘を許さなかった。
結局その日、メリーアンはルルルの問いに答えることができなかったのだった。
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