うさぎと幼女の喧嘩

「変なうさぎもいるものね……」


 そう呟きながら湖に向かう。

 湖にはいつも通り、フェーブルが立っていた。


(ん? あれは……)


 けれど今日は一人ではなかった。

 その隣には、小さな女の子が立っている。

 近づくと、二人がこちらを見た。 


「こんにちは、フェーブル」


「こんにちは、メリーアン。今日は、この子が困っているから、君に解決してもらおうかと思っていたんだ」


 フェーブルはそばにいた少女の背をそっと押し出した。

 少女はぽやっとした顔でメリーアンを見上げる。

 金色のとろけるように艶やかな髪と同色の瞳を持つ、美しい少女だった。裾が蕾のように膨らんだカボチャ色のワンピースに、ベレー帽を被っている。

 メリーアンは少女のそばに屈んで、目を合わせた。


「初めまして。私の名はメリーアンよ。あなたの名前を教えてもらってもいい?」


「……ルルルの名前は、ルルルと言います」


 どこかぽやっとした顔で、ルルルはそう言った。


「初めまして、ルルル」


 メリーアンが手を差し出すと、ルルルも小さな手で答えてくれた。


「おねいさんなら、叶えてくれるのですか?」


「叶える?」


「ルルルの願い事」


「そうね……私にできることなら、やってみるわ」


 メリーアンがそう言うと、ルルルはぼやっとした表情に、ほんのわずかだけ喜色をにじませた。


「パブと喧嘩をしたのです。ルルルはパブと仲直りしたいのです」


「えっと、パブっていうのは……?」


「パブはパブなのです」


(だ、誰のことなんだろう)


 フェーブルもそうだが、妖精たちは自分の話したいことしか話さない時がある。


「パブとルルルは、離れ離れになりました。だからパブは怒ってるんだと思うのです」


「離れ離れ……?」


「ですからパブを探して、ルルルと仲直りできるようにしてほしいのです」


「……分かった。ちょっと調べてみる」


 事情はよくわからないが、ひとまずこの少女のことを調べてみることにした。


     *


「ルーナ=ルルエット=ルー……月の光の妖精」


 その日の午後。

 メリーアンは本を持って、午後の妖精の展示室に立っていた。


「なるほどね。それで頭文字を取ってル・ル・ルと呼んでいるわけか」


 ルルルのことはすぐに分かった。

 調べれば彼女の資料は豊富にあったし、何よりも展示室に彼女の人形があったのだ。

 高い位置に座って、まるで月を見上げるように配置された彼女の人形は、やはり美しかった。ここに来たばかりの頃にはなかった人形なので、最近追加されたのだろう。

 キャプションにはこう書かれている。


 【ルーナ=ルルエット=ルー】

  月の光の妖精。

  満月の夜、幻想の湖に反射した月光から生まれた。

  彼女の生み出す光は、どんな暗闇でも絶えることなく輝き続ける。


「……でもパブの人形がないわ」


 パブのこともすぐに分かった。

 ルルルとパブは、大体どの資料にもセットで記載されていたからだ。

 二人は親友で、いつも一緒にいたらしい。

 そしてそのパブというのは。


「まさか、あのふわふわした渋いおじさんボイスのうさぎが、パブだったなんてね」


 そうなのだ。

 メリーアンが湖に行く途中でふんずけたあのうさぎ。

 あれがパブという名の妖精らしい。

 

「普通、ルルルの人形があるなら、パブの人形も一緒に展示すると思うんだけど……」


 その答えは、案外簡単に見つかった。


 


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