イケボ(?)

(しっかりしなきゃ。試用期間中とはいえ、任された仕事は最後まで全うするのよ)


 メリーアンは頭を振って、恐怖を吹き飛ばした。


「聞いているのか? 小娘」


「へ?」


「せっかく俺が説明してやったのに、何も礼はないのかと言っているんだ」


「……どうもありがとう?」


(何よ、偉そうね!)


 メリーアンがブスッとした顔でそう言うと、あははとトニが笑った。


「ネクター、甘いものが欲しいんじゃないの?」


「甘いもの?」


「……フン」


 そう言えば、初めてアップルパイを持ってきた日も、ネクターは真っ先にメリーアンのカゴを漁っていた。


「お腹減ってるの? っていうか、あなた顔色も悪いし、ガリガリだし、毎食ちゃんと食べてる?」


「おい、うるさいぞ小娘。俺の食生活はお前には関係ない」


「また小娘って言ったわね! 私の名前はメリーアンよ! 前に自己紹介したじゃない。私より年下のくせに、小娘なんて言わないでよ」


「年下? 俺の方が年上に決まってる。それに俺の方がお前より早くここで管理人をやってるんだぞ」


 二人がバチバチしていると、まあまあとトニが苦笑いする。


「ネクターもダメだよ、小娘なんて言っちゃあ。ネクターは十七でしょ? メリーアンも同じくらいなんじゃないの?」


「私も十七よ。同い歳の人に小娘なんて言われたくないわよ。それに小さいって言えば、あなたよ。だめよ好き嫌いしちゃあ」


 メリーアンはこういう不健康そうな少年を見てしまうと、つい世話を焼きたくなるのだ。


「あんまりひどい生活してるなら、神殿に引きずっていくからね。あともう一度小娘って呼んでもよ」


 神殿の食事メニューは質素ではあるが、野菜・肉・パンと栄養バランスが整っている。健康食の見本として、他所からメニューを教えてもらいに来る人がいるほどだ。


「……うるさい小娘だ」


「また小娘って言った!」


 メリーアンはぐいっとネクターを掴んだ。


「強制連行よ!」


「やめ……いや力強っ!」


「そんな細腕で私に敵うわけないじゃない!」


 腕っぷしには自信があるメリーアンなのだった。


     *


「なんでお前ら、そんなボロボロになってんだ?」


「「……」」


 業務開始十分前。

 いつものようにエントランスに集まったメンバーは、謎にボロボロになって、ふくれっつらをしているメリーアンとネクターに首を傾げていた。


「なんでもないわ」


「かまわないでくれ」


 同時にそう言う二人に、ドロシーが「仲良しなんだねー!」と間の抜けたこと言う。


「……まあいい。今日から新しい月に入る。暑いからって窓を開けて、展示物を外に逃すんじゃないぞ」


 エドワードのその言葉で、メリーアンははたと気づいた。


 ──そっか。試用期間の、もう半分が過ぎたんだわ。


 短かったような、早かったような。

 自分がここの管理人に相応しいのかは、いまだによく分からない。それでも、最後まで任せられた仕事は全うするつもりだ。


(とても重要な仕事だわ。この博物館で働くと言うことは)


 メリーアンは決意も新たに、今日も妖精の展示室の扉を潜った。


     *


(ひとまず、魔法についてはもう一度フェーブルに詳しく聞いてみましょう)


 木漏れ日が美しい森の中を歩きながら、メリーアンはそんなことを考えていた。

 考え事をしながら歩いていたせいだろうか。

 メリーアンは何かをぶにっとふんずけて、転びそうになってしまった。


「きゃっ!?」


 何かと思えば、ふわふわとした丸っこいうさぎが、地面に転がっていた。


「! ご、ごめんなさい!」


 慌てて駆け寄れば、うさぎはぴょんと起きあがり、メリーアンを紅い瞳で見つめる。

 ふわふわ。もこもこ。

 ちんまりとした小さな体に、つぶらな瞳。


(な、なんて可愛いの!)


 あまりの可愛さに、メリーアンの頬が上気した。


「わぁ、なんて愛ら──」


「おい嬢ちゃん、気をつけな」


「へっ」


 突然、渋い低音ボイスが聞こえてきた。


「ぼけっと歩いてるから、俺をふん付けるんだ。俺は嬢ちゃんのもこもこスリッパじゃないんだぞ」


「!?」


(こ、これ……このうさぎの声なの!?)


 どうもこの渋い声の持ち主は、このうさぎようだった。

 うさぎが話したことにも驚いたが、思いの外声が渋過ぎて、メリーアンは口をパクパクとしてしまった。


「二度はねぇからな」


 ふん! と鼻を鳴らすと、うさぎはぴょんぴょん跳ねて、どこかへ行ってしまった。


「い、今のはなんだったんだろ……」


 メリーアンはその後ろ姿を、呆然としながら見送ったのだった。

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