呪いの代償

 クイーンがこの地を去ってから二百年。

 アストリアはマナを持つ人々が少なくなり、またその魔法もクラス10以上のものは生まれなくなっている。つまり、魔法の発展は止まってしまっているのだ。

 それでもアストリアには、今魔法が必要だ。敵国の侵攻を止めるために。


「……魔法が、誰にでも使えればいいのにね」


 メリーアンがぽつりとそう漏らすと、トニが苦笑いした。


「僕たち人間が妖精族を追い出さなかったら、今頃どんな未来があっただろうね。時々想像するよ。〝黄金の時代〟を」


 トニの言うとおりだ。

 現代のこの苦しい状況は、アストリア人が愚かなことをしてしまった代償なのかもしれない。


「……魔法は、マナがある人しか、使えないんだものね……」


 メリーアンが考え込んでいると、突然別の誰かから声がかけられた。


「そうとも言えないぞ」


「!」


「お前たち、こんなところで何をしているんだ?」


 入り口の扉を見れば。ボサボサ頭にひどいクマを作った、呪術の展示室の管理人、ネクターが立っていた。


「……ちょっとね。メリーアンが魔法を見たいって言うから、見せてあげてたんだ」


 トニはメリーアンの意思を察したのか、メリーアンに宿った魔法のことは何も言わなかった。ネクターは肩をすくめる。


「なんのために呪術があるのか、お前たちは知らないのか?」


「呪術……」


(そういえば私、その辺りのことをよく分かってないわ)


 メリーアンがぼんやりしていると、ネクターは馬鹿にしたように、わざわざ説明してくれた。


「この世界を動かすのは、三つの大きな力だ」


 一つ、神の奇跡である〝神聖術〟。

 一つ、世界の法則に触れ、それらを理解しながら操る〝魔法〟。

 一つ、代償と引き換えに、魔法を行使する〝呪術〟。


「呪術はマナが使えなくても行使できる。だが、人を呪わば穴ふたつ。その代償は高くつくがな」


 分かったか? と馬鹿にしたように聞いてくるので、メリーアンはむっとしてしまった。


「まあ、今じゃ一分野として成立しているけど、呪術っていうのは、魔法の中の一つに過ぎないよ」


 トニが追加で説明してくれた。


「……クイーンが残したものだけを魔法と呼ぶなら、呪術は魔法じゃない」


 どうもこの辺り、学者たちの間でも意見が分かれているようだった。

 しかし呪術もその歴史が古く種類が多いため、一つの学問として成立しているのだという。


「呪術は大きな代償が必要で危険だから、みんな扱わないのよね?」


 呪術は実戦で使用すると言うよりは、人を呪ったり、物の形状を変化させたりと、どちらかといえば裏で活躍するようなものが多い。


「ああ。それに問題は代償だけじゃない。解析すれば誰がやったかすぐバレるし、何より代償と言っても、その大きさが莫大すぎる」


 それでも呪術が表立って使われていないのは、ネクターの言った通り、術者がすぐバレることや、代償が大きすぎることが原因だった。


「三年前のリンダール事件の話、あれが一番わかりやすいよね」


「リンダール事件……」


 トニがそう言って、険しい顔をした。


「オルガレムのスパイが、人工的にミアズマを増殖させた事件よね?」


 世間を震撼させたあの出来事は、今もメリーアンの記憶に新しい。

 三年前。

 ミアズマランドの一つであるリンダール領で事件は起こった。


 リンダール領は比較的、規模の小さなミアズマランドだった。

 しかしある日突然、死者が一気に増えたと言うのだ。

 原因がわからず、その被害が拡大していく中で、ようやくその原因を魔導士たちが突き止めた。


「……僕もよく覚えてるよ。人の命と引き換えに、ミアズマを増殖させたんだよね」


 トニの言う通り、魔導士たちによって、リンダール領の最北端に、大量のマナ生成器官が埋められているのが発見された。

(※マナ生成器官=マナを生み出すための、子指の爪ほどの体内器官のこと)


「その通りだ。後の調査によると、その呪術で使用された人柱の数は──」


 ──約1000人。


 オルガレムは、自国の国民一千人を犠牲にして、リンダールのミアズマを増殖させる実験を行っていたのだ。

 人柱はおそらくオルガレム人だけではなく、周辺諸国、そしてアストリア人も混じっていたのだろう。


「オルガレム人は体内でマナがほとんど生成されない。だからそれほどの数を集めたんだろう」


「……本当に、恐ろしいわ」


 オルガレムに魔法はない。

 そのかわり、呪術ならマナが使用できなくても、生贄さえあれば行使することができる。オルガレムでは呪いが発展していたため、そこまで予測できていなかったアストリアは大きな被害を被ったのだ。


「だが、犠牲が大きすぎるし、何度も使用できるものではない」


「……確かに、毎回一千人を殺すなんて、正気の沙汰じゃないものね」


 そう言いつつ、ふとメリーアンは恐ろしい事実に気づいてしまった。


 例えば。

 もしも、一千人に相当するマナを持つものがいるとすれば?


 ──妖精が、人柱になってしまったら……?


 メリーアンは思わず身震いしてしまった。

 そんなことは絶対にありえないだろうが、もしも妖精がなんらかの呪術に使われてしまったら、大変なことになる。

 彼らはどんなに小さくても、その身に莫大なマナを宿すのだから。


(……だから私たち夜間警備員がいるんだわ)


 この博物館の秘密を、決して外へ漏らしてはならない。

 メリーアンの頬に、冷たい汗が伝った。

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