事実上最強の魔法使い?

「うわあああああっ!?」


 メリーアンは自分の叫び声で目が覚めた。

 心臓が猛ダッシュした後のようにうるさい。汗もびっしょりだ。


「ゆ、夢……」


 幼い頃の出来事を、夢に見ていたらしい。

 懐かしい思い出の最後に、あんな真顔で浮気がどうのこうの言われて、非常に心臓に悪い夢だった。


「居眠りしちゃってたのね……」


 閉館後、魔導書の展示室にて。

 調べたいことがあったメリーアンは、この頃の疲れが溜まっていたのか、いつの間にか椅子に座って居眠りをしていたようだった。

 パイプ椅子からズリ落ちそうになっていたメリーアンは、髪をかきあげると座り直してため息をついた。


「び、びっくりしたぁ……。メリーアン、そんな大きな声を出して、どんな夢を見ていたんだい?」


「!」


 誰かの声がした。

 ギョッとして前を向けば、魔導書の展示室の管理人であるトニが、眼鏡の奥にある目をまんまるにして、メリーアンを見つめていた。


「トニ!」


(うわぁ、恥ずかしいところを見せちゃった……)


「えっと……ちょっと試してみたいことがあって……」


 メリーアンは冷や汗をかきながら、トニを見た。


     *


「あの……。私、これ、魔法使えてるわよね?」


「そだねー」


 トニとメリーアンは死んだ目で笑い合っていた。

 メリーアンの目の前にはコップがあり、そこにはなみなみと水が注がれている。つい数秒前までそこにはなかったものだ。


「ありがとう。助かるよ、湿気は本の大敵だからさー」


「……どういたしまして」


 メリーアンは深いため息をついてしまった。


     *


「なるほどね。妖精を介して、マナが君にも行き渡ったってわけか。それに〝理解〟ではなく〝感覚〟で魔法が使えるってことは、これは相当すごいことなんじゃないかな」


 トニはさっきから、ぶつぶつと独り言を言っていた。

 メリーアンは指先で水の玉を作ったり、霧散させたりしながら、その独り言に耳を傾けていた。


「こういうことは、過去にもあったの?」


「うん。何代か前の管理者も、君と似たような現象が起こったって聞いたことがある」


「……フェーブルは言っていたわ。マグノリアもそうだったって」


「……」


 トニは黙り込んだかと思うと、ため息をついた。


「……なるほどね。マグノリアがボケたふりをするわけだ」


「ボケたふり?」


「マグノリアは高齢のおばあさんだけど、頭ははっきりしていた。それなのに、一度王宮の関係者が来たときに、ずっとニコニコして、質問にも答えなかったんだ。年齢が年齢だったから、その時の王宮関係者はみんな、マグノリアはボケてるから仕方ないって」


 トニは腕を組みながら、言った。

 妖精の展示室の管理人は、これまで大抵が高齢者か、それに近しい人たちだったらしい。メリーアンの年齢で選ばれたのは、かなり珍しいケースのようだ。


(……やっぱり、エドワードにすぐに言わなくて正解だったのかもしれない)


 メリーアンの戸惑った表情を見て、トニは深いため息をついた。


「こんな力を持っていることが国にバレたら、骨の髄までしゃぶり尽くされるだろうね」


「……」


(それなのよ)


 ──アストリアは、海を越えた先にあるオルガレム帝国と戦争中である。

 マナを持つもの、また魔導士の多くは、強制的に戦場へと派遣されていた。

 国家防衛のために、魔導士たちは自分たちの意思に関係なく、最前線で戦っている。


 メリーアンにこんな力があると知れたら、どうなってしまうか分からない。


(私、まだそんな覚悟はできないわよ。それに、私はここから離れるわけにはいかない)


 メリーアンはこの力のことを、エドワードに伝えていなかった。

 エドワードを信じていないわけではない。

 ただ、エドワードにこの事態を伝えれば、彼は義務として、このことを王宮に報告するかもしれないと思ったのだ。

 だからひとまず、魔導書の管理人であり、自身も魔導士であるというトニに相談してみたというわけだだった。


「フェアリークイーンがこの地を去ってから、マナを持つもの自体、生まれることが少なくなってきた。だから国が必死になって魔導士をかき集めるのも仕方がないよ。アストリアのためだからね」


「トニは、戦場へ行ったことがある?」


「……僕は、腰抜けだからここにいるのさ」


 あはは、とトニは笑った。

 でもメリーアンは笑えなかった。また関係に合わない、センシティブなことを聞いてしまった。

 トニの瞳の奥には、深い悲しみの色がある。


「……ごめんなさい」


「いいさ、別に。それより君、フェーブルと力を共有しているなら、クラス10の魔法も使えるんじゃない?」


「そんなところまでできるか分からないわ。だってどんな魔法があるのかも分からないんだもの」


「ああそうか。だから魔導書を見てたってわけ」


「そう。難しくって、ちっとも分からなかったけど」


 メリーアンは肩をすくめてみせた。


「でもさ……もしも君がフェーブルの扱う魔法全てを共有できるのだとしたら……」


 トニは眼鏡を押し上げて言った。


「それって、事実上、今この国で最も強い魔法使いってことじゃない?」


「……」


 メリーアンはごくりと唾をのんだ。


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