エドワードの正体

 どこかで見かけたことがあると思っていたのだ、ずっと。   


(そうよ、なぜ気づかなかったのかしら)


 メリーアンとて貴族の端くれだ。

 何度か王宮の舞踏会に参加したことがある。

 

(エドワード……殿下のご兄弟を何度か見かけたことがあったのよ!)


 王族は銀色の髪に紫色の瞳をした、整った容姿を持つ者が生まれることが多い。エドワードの姿は、いつか遠目に見た王太子殿下にそっくりだった。それこそ彼を数歳若返らせたような。


(私……私、なんて馬鹿だったのかしら。普通の貴族が王都にあんな豪邸、構えられるわけがないじゃないの……)


 今更気づいて、メリーアンは真っ青になってしまったのだった。


     *


 第三王子エドワード・アストリアは、生まれながらにして強大な魔力を持つ、クラス9の魔導士だ。

 現在アストリア国は、海の向こうにある砂の帝国〝オルガレム〟と戦争状態にある。戦争状態というか、ミアズマによって混乱しているアストリアに、オルガレム帝国が一方的に手をかけてきているだけなのだが。つまりアストリアは自衛戦争を強いられていた。


 本来のアストリアなら、オルガレムに圧勝していたことだろう。

 砂漠の国オルガレムと違い、アストリアにはありとあらゆる資源があり、長年積み上げられてきた知識と経験がある。

 しかしそれ以上に、アストリアにはフェアリークイーンの残した魔法があった。オルガレムには魔法も豊かな資源もない。だからこそこの豊かな大陸を狙うのだろうが。


 魔導士たちは国内のミアズマの対処や研究に追われるか、戦争に動員されるかが多い。魔導士たちのおかげで、アストリアはオルガレムの魔の手から守られているのだ。


 そしてエドワードは、この自衛戦争で〝アストリアの英雄〟とまで呼ばれた、非常に重要な立ち位置にいる魔導士だった。

 彼のおかげで救われた沿岸部の都市は多い。


 しかしエドワードは、数年前に戦争によって大怪我を負ったため、軍人を引退したという。今は公爵位を賜り、領地で静かに暮らしているとのことだった。


     *


「そ、それで、一体どうしてエドワード殿下が、こちらに?」


 気を失いそうになっていたメリーアンは、アリスの震える声で我にかえった。

 四人は今、再び東屋に戻り、見かけ上は円満なお茶会をしていた。


「何、簡単な話ですよ」


 エドワードはぐいっとメリーアンの肩を引き寄せる。


「うひゃぁ!?」


私の大切な人・・・・・・の様子が気になってね。どうやら最近、根も葉もない噂を流そうとする者がいるようで、私も警戒しているんだ」


 アリスとリチャードは、完全にメリーアンたちの関係を勘違いしているようだった。


(従業員として大切なのよ……)


 何がどういうふうに大切かは言っていないので、まあ嘘ではない。


「そ、そんな……一体どういうこと?」


 アリスは動揺を隠せていなかった。

 ただの貧乏男爵の娘だと思っていたメリーアンが、第三王子の恋人だというのだ。聖女ララは尊い存在ではあるが、流石に王子の方が立場は上だ。

 メリーアンをいいように使おうと思っていたのに──それこそ王家も反対しないだろうと踏んでいたのに──手のひらを返すように、メリーアンを保護するというのだ。


「メリーアンはすでに婚約解消に同意している。どうやらクロムウェル伯爵の方で何か手違いがあって書類を提出できていないようだがね」


「う、うそ! だってララ様が……」


「嘘?」


 エドワードは、ぎろりと例の鋭い瞳でアリスを睨みつけた。


「あなたは私が嘘をついていると?」


「ひ……ちが……」


「聞き齧りの情報ばかりでなく、その目でしっかり見届けよ。メリーアンが、嘘をついているように見えるのか?」


 そう言って、エドワードはメリーアンの肩を抱き寄せた。


「も、も、申し訳ございません」


 アリスもリチャードも、深く頭を下げる。

 あれだけ盲信していたララの言葉より、エドワードの言葉を飲んだ。


「この件はメリーアンだけでなく、ララの威信にも関わることだ。内密にし、ことが落ち着くまでは公にするなと、陛下と話し合ってきたところだよ」


「ひ……!」


 メリーアンとアリスが、同時に悲鳴を漏らした。

 

(陛下と、ですって……!?)


「このことは決して口外しないように。良いな?」


「は、はいっ!」


「それから、私のメリーアンを悲しませてみろ。ただではおかない」


 エドワードの冷たい微笑みに、アリスたちは震え上がっていた。

 メリーアンは冷や汗を拭いながら、ふと毒の抜かれた紅茶に視線を落とす。


(……ダメ押しよ)


「……素敵な紅茶をありがとうございます。すっかり冷めてしまいましたけど、いただきますね?」


「あ、ああ……ごめんなさいっ! ごめんなさい!」


 アリスは年相応に髪を振り乱して、メリーアンの手から紅茶を叩き落とした。

 茶器が割れる音がする。

 メリーアンは微笑んだ。


「エイダに久しぶりに会いたいんです。どうぞよろしく」


「…………」


 アリスは地面に崩れ落ちた。


     *


 誰もが呆然とする中、お茶会は無事に幕を閉じようとしていた。

 けれどまだ納得していないのは妖精たちだ。


『寄ってたかって、私の友人を侮辱した罰は受けてもらおう』


 さあ帰るかというところで、フェーブルがそんなことを言い出した。


『あの女、いちごの蔓で首を締めてギッタンギタンにしてやるわ!』


(やめて二人とも! もうエドワードが十分にやってくれたわ)


『なあに。頭を冷やすだけだよ』


 ふと気づくと、リチャードとアリスの頭の上に、大きな水の玉が浮かんでいた。フェーブルが指でひょいひょいとそれを動かしている。


(ダメだってば、フェーブル!)


 メリーアンはその時、水の玉を見上げて、それが霧散するように祈った。

 その瞬間、水の玉が一瞬、霧のように揺らいだ。


『!』


 フェーブルが息を呑む音がした。


(何、今の……まるで私が、動かしたみたいな……)


『これは……』


 フェーブルの気がそれたからなのだろうか。

 水の玉は小さくなりつつも、突然パシャンと音を立てて落下してしまった。


 ……リチャードの股間に。


(ウワアアアアアアアアッ!?!?!?)


 メリーアンは思わず口を押さえた。

 メリーアンが帰り支度をモタモタしていたせいか、先に歩き出そうとしていたエドワードが振り返って、小声でメリーアンを呼び寄せる。


(おいお前ら、何やってんだ。帰る──)


「は?」


 しかし目の前の光景を見て、流石のエドワードもポカンとした。


(これじゃまるで──リチャードが失禁したみたいじゃない! あああ、リチャードの尊厳が!!!)


 先程のやりとりは、メリーアンと妖精たちしか知らない。

 予想外の失禁(?)に、流石のエドワードも動揺する。


「ち、ち、違うんです殿下! これはいきなり水が……!」


「……私も言いすぎたようだ。ゆっくり休むといい」


「違う! 信じてください!」


 エドワードはかわいそうなものを見るような目をして、メリーアンの腰を引いて歩き出す。


「ぎゃー!? 何よこれ! いちご轍が!」


 またしても悲鳴。

 振り返れば、爆笑るリリーベリーと、ヒステリックな叫び声をあげるアリスが目に入った。


『ムズムズいちごよ。一月はかぶれて、足が痒くてまともに眠れないでしょうよ!』

 

 ベー! とリリーベリーはアリスの目の前で舌を出す。


「行くぞ」


 エドワードは気にせず歩き出した。

 メリーアンもこくこくと頷いて、早足で庭を去ったのだった。

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