反撃② エドワード

『君の事情はよく分からないが、私にはこの少女たちが君を侮辱しているということはわかる。逆らえない立場におかれた者に、不利になるような証言を強要するなど、最低最悪の卑怯者たちだ』


(だ、だめよフェーブル! 毒なんか入れちゃだめ!)


 まさか本当に入っているとは思わなかったが、なんにせよこんなことで人死にを出すわけにはいかない。


『心配しなくても、数日腹を壊すような毒だ。ダメ押しに使うつもりだったんだろう』


(……殺す気まではなかったけど、やろうと思えばいつでもやれるってことを見せつけるつもりだったのかしら)


 このお茶を淹れたのは、今はアリスの背後に控えている、手紙を持ってきたあの侍女だ。おそらくアリスの命令なのだろう。毒を混ぜることに躊躇いもないとは。


(まあ、今の私には大した価値もないしね……)


 これが例えば、王族などだったら、一家連座で縛り首になってもおかしくはないだろうが……。


 そこまでメリーアンを悪者にすることが重要だというのだろうか。

 メリーアンが考え込んでいると、フェーブルがふいっと指を横に振った。

 小さな水の玉がアリスの紅茶に移動する。


(あああ、ダメ! やめてフェーブル! あなたは私の友人なんでしょう!)


『……』


(とにかくことを荒立てたくないのよ。私はここから無事エイダという侍女を連れて帰ることができれば、それで十分なの)


 必死にメリーアンが説得すれば、フェーブルは不服そうにしていたが、どうにか毒の玉を消してくれた。

 そのことにホッとしていると、ぼうっとしていると勘違いされたのか、アリスに棘のある言葉を吐かれる。


「聞いているのかしら。メリーアン? 自分で選択もできないなんて、やはりクロムウェル伯爵夫人にはあなたは相応しくないわ」


「あ、ああ、はい。もちろん」


 メリーアンが適当に返事をすると、フェーブルが冷たい声で言った。


『メリーアンに感謝するといい。あなたは毒を飲まずに済んだのだから』


 しかし、とフェーブルはメリーアンを見て言った。


『リリーベリーが彼を呼びに行ったからもう大丈夫だよ」


(……?)


 なんの話だろう。

 そう言えばリリーベリーはどこに?

 お茶会が始まったあたりから見かけない。

 薔薇でも見ているのかと思っていたが、その辺りを確認しても、どこにもいない。


「それで、どうするのかな? 早く別れた方が君のためにもなると思うけど?」


 ぼけっとしている(ように見える)メリーアンに痺れを切らしたのだろう。

 棘のある声でリチャードがそう尋ねてきた。


 メリーアンが口を開こうとした時。


「誰のためになるって?」


 聞き覚えのある声がして、メリーアンは振り返った。


「!」


(……え?)


 庭を突っ切ってここまでやってこようとしていたのは、礼装をした美しい男性だった。突然やってきた男性に、周りの使用人たちも困惑している。


「お待ちくださいませ! アリス様に取り次ぎますので、どうかお待ちになって!」


「ここまで来たら一緒でしょう」


 使用人たちが必死に男性を止めている。


「誰だ! なぜ勝手に入れ──」


 リチャードが驚いて席を立つが、その男性の姿を見てポカンとした。

 数秒遅れて、メリーアンもはっと気づく。


「え、エドワード!?」


 身なりを整えているせいで全く気づかなかったが、声や顔立ちは間違いなくエドワードだった。もともと乱雑にしていても美しいと思えるような姿をしていたが、礼装を纏うと、一体誰だかわからないほどに神々しい容姿になる。

 それこそ、まるで王族のような。


(なぜこんなところに、どうやって!?)


 メリーアンは慌ててしまった。

 いくら整った容姿をしているからって、いきなりこの場に現れたら、不審者も同然だ。


「エドワード、何をしているの !?」


「大切な君が先に行ってしまうからだろう?」


「は!?」


 立ち上がって駆け寄ってきたメリーアンの腰を抱くと、エドワードは親しげに耳元に口を寄せてきた。


(話を合わせとけ)


 耳元で囁かれ、メリーアンは硬直した。

 何が何だかさっぱりわからない。

 侯爵家に勝手に乗り込むなんて、牢にぶち込まれてもおかしくない行いだ。

 しかしアリスとリチャードは、エドワードの姿を見て硬直していた。


「ま、まさか……」


 リチャードはごくりと唾を飲んだ。


「第三王子、エドワード殿下であらせられますか!?」


 エドワードは久しいな、と神々しい笑顔を浮かべて見せた。

 その場にいる全員が、衝撃を受けたような顔になる。


 おうじ。


 王子?


 第三王子????????


 メリーアンの頭の中に、王子という言葉が反芻される。

 その意味が理解できなくて、メリーアンは混乱してしまった。


(エドワードの気が狂ったんだわ!)


 アリスとリチャードは、親しげな二人の姿を見て、何かを察する。

 一方で、メリーアンはエドワードの頭がとうとうイカれて、自分を王子だと勘違いしているのだと思い、真っ青になっていた。


「し、失礼しましたッ!」


 アリスとリチャードが頭を下げる。


「いいや。突然押しかけてきた私が悪いんだよ。あまりにもメリーアンが愛おしくてね。座っても?」


「もちろんです!」


 アリスとリチャードは、石のようにかちこちになった。

 一方、戸惑いが抜けないのはメリーアンだ。


(え? 待って、王子って本当だったの?)


 完全に混乱しまくっていたメリーアンに、キキキっと甲高い笑い声が聞こえてくる。


『メリーってば知らなかったの? エドワードってば、アストリア王の血を継いでいるのよ。しかも二百年前の王の顔にそっくり!』


(そんな、まさか……)


 青くなるメリーアンに、フェーブルが静かに告げた。


『彼の本名はエドワード・アストリア。エドワード・キャンベルは、偽名だと言っていたぞ』


 メリーアンは、アリスとリチャードと一緒になって、気絶しそうになった。


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