エイダとの再会

「エイダ!」


 馬車の前に、不安そうにオロオロとしている女性がいた。

 メリーアンは懐かしいその姿を見た瞬間、思わず駆け寄っていた。


「お嬢様!?」


「よかった! よかった、無事で……!」


 エイダを抱きしめると、ようやく彼女も実感が湧いたのか、抱きしめ返してくれた。


「いったい何故、お嬢様がここに……!」


「色々あったのよ。あなたこそどうしてここに?」


「……先程、馬車の前で待機しているようにとこの家の者に言われました」


 エイダは戸惑ったように馬車とエドワードを見た。


「でもあの、これって……」


 馬車の紋章を見て、エイダは顔を引き攣らせていた。

 流石のエイダも、何か察したのかもしれない。


「この人は……この人は、えっと」


 説明に困る。


「とりあえず乗ったらどうだ? 一旦屋敷に戻ろう」


 エドワードにそう言われ、メリーアンは頷いた。


「そうね。エイダ、荷物を全部持ってきて。ここから出ましょう」


 エイダはこくこくと頷いた。


     *


「そんなことが……」


 馬車の中。

 事情をエイダから聞いたメリーアンは、眉を寄せて唸った。

 どうやらエイダはララの反感を買って屋敷をクビになった上、魔法をかけられて気がつけばクラディス侯爵家に連れてこられたというのだ。

 ひどい扱いは受けなかったようだが、随分とやつれているように見える。精神的に疲弊してしまっているのだろう。


「メリーアンについて尋問されたというのは?」

 

 エドワードに尋ねられ、エイダは疲れたように言った。


「屋敷でのメリーアン様の振る舞いや、領地の様子、聖女様とメリーアン様のやりとりについて。色々と聞かれました」


 でも、とエイダは胸を張って言う。


「私、一言も答えませんでしたよ」


 胸を張ってそう言うエイダに、メリーアンは泣きそうになった。


「私のことなんて、どうだってよかったのよ! なんだって言えばよかったのに」


 秘密にしていることなど、これっぽっちもないのだから。


「いいえ。私は少しでもメリーアン様の不利になるようなことを言いたくありませんでした。自分でもその不利になるようなこと、というのがわからないのですから、口を割らずにいて正解でしたよ」


「エイダ……」


 自信を持ってそう答えるエイダに、メリーアンはなんとも言えない気持ちになった。


「ですが本当に、お嬢様が無事でよかったです。あの家の人たちは……なんだか少し不気味でしたから」


「不気味?」


「ええ。みんなララ様、ララ様と彼女のことを持ち上げて、崇拝していました。確かに聖女様は立派な人ですが、あんな、まるで神様を崇拝するみたいな……」


 エイダは身震いした。

 それはメリーアンも感じたことだ。

 あのララに捧げる忠誠は、一体なんなのだろう。


「あんた、あの屋敷でヘリオトロープ──香水草を見なかったか?」


 腕を組んで考え事をしていたエドワードが、エイダに尋ねた。

 エイダは面食らったような顔をする。


「見なかったかって……あんなにヘリオトロープの香りがしていたではありませんか」


「ヘリオトロープの香り……」


(そうだわ。あの薔薇園、なんだか匂いが他とは違うと思ったのよね)


 メリーアンはあの違和感に今更納得した。

 エイダは顔を顰めて言う。


「中庭は薔薇で溢れているようでしたけど、屋敷のあちこちには香水草が飾ってありました。あの匂いで頭が痛くなるくらい!」


 エドワードはクシャリと髪をかき上げて、深いため息をついた。


「……事情はよく分かった。二人とも、屋敷についたらまずはゆっくり休め」


 いつの間にか、公爵邸の近くまで来ていたようだ。

 あそこよ、とメリーアンが屋敷を顎で示すと、エイダは二度見して、真っ青になっていた。


(お嬢様! これなんなんですか!?)


(彼はとってもお金持ちなのよ)


 そのうちバレるだろうが、今エイダに事情を話したら、心臓発作でも起こしそうだ。昨日のメリーアンと全く同じような反応をするエイダに、思わず苦笑してしまったのだった。


     *


「それで、何から話せばいいのでしょうか」


 公爵邸。

 エイダを休ませた後、メリーアンは客室でエドワードと向き合っていた。

 

「エドワード……殿下?」


「頼むから、その呼び方はやめろ。虫唾が走る。今まで通りエドワードでいい」


「ですが」


「やめろと言っている」


 エドワードは本気で嫌がっているようだった。


「今更だろ? それにこの屋敷で俺のことをそんなふうに呼んでいる奴がいたか? 俺の命令だ。今まで通りに接してくれ、頼むから」


「……」


(本当だったら、もう首がいくつ合っても足りないくらい失礼なことをしちゃってるのよね、私)


 エドワードの言う通り、今更だ。

 メリーアンはため息をついた。


「……分かったわ。エドワード」


「そう。それでいい」


 エドワードは満足げに頷いた。


「エドワードはもしかして、私の事情を全部知っていたの? その……聖女様とのこととか」


「それについては、あんたと会ってから調べさせた。だからまあ、知ってたっちゃあ、知ってた」


「……どうして色々と黙ってたの? あなたの身分のことや、私の事情を知ってるってこと」


「それが何か、博物館の夜間警備に、関係あったか?」


「それは……」


 確かにメリーアンがエドワードのことを何も知らなくたって、問題はなかった。ここに来たとき、心臓が止まりそうになっただけだ。


「俺は別に、自分の身分なんてどうでもいい。大学職員のエドワード。夜間警備員のエドワードでいるのが好きなんだ」


「……あなたはどうして色々な顔を持っているの?」


 メリーアンがそう尋ねると、エドワードはしばらく黙った。

 それから泣き笑いのような……うまく言えないが、悲しみを含んだような笑みを浮かべて、言った。


「もともと教職につきたかったが、魔力が高かったから、そうもいかなかった。夜間警備になったのは、俺もフェアリークイーンに選ばれたからだ」


「……」


「いいだろ? 自由になった今くらい、好きなことをしたって」


 ──魔導士は強制的に、戦場へ赴くことになる。本人の意思がどうであれ。


 アストリアの英雄と呼ばれているが、本当のところ、もしかしてエドワードは……。


(私たちの関係では、まだ、深く尋ねちゃいけないことだったんだわ)


 メリーアンはセンシティブな話題だと判断し、それ以上深堀りするのをやめた。


「今日は悪かったな。着くのが遅くなっちまって」


「いいえ。あなたがいなければ、最悪殺されていたかもしれないわ」


 フェーブルが毒を抜いてくれていたことを話すと、エドワードは顔を顰めた。


「午前中陛下と謁見したが、あんたを害するような意図は何も感じられなかったぞ。そもそもの話、あんたがフェアリークイーンに選ばれた時点で、俺が王宮に報告した。すでに保護命令が出ている」


「ええっ!? そうだったの?」


 メリーアンは仰天した。


「当たり前だ。いいか、妖精の展示室の管理人は、この国で最も重要な職業の一つだ。代々国王は、フェアリークイーンをこの地に戻すことを悲願としている」


「……あの、エドワード?」


「分かってる。あんたの言いたいことは」


 エドワードは頭が痛そうに首を横に振った。


(戻すって……クイーンはそう言うものじゃないわ)


 妖精は、おそらくこの地上に住むどの生命よりも高い知能を有している高位の生命体だ。人間が制御し、従えることのできるものじゃない。

 

「……少なくとも、今代ではクイーンは戻ってこないだろうよ」


 そう言ってエドワードは肩をすくめた。

 向こう千年は無理なんじゃないか、とメリーアンは口を滑らせるところだった。


「話を元に戻そう。とりあえず状況を説明する」





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