ドレスアップ
「うふふ、若い女性の髪を結うのなんて、いつぶりでしょう」
──翌朝。
メリーアンはドレッサーの前に座らされ、ご機嫌な侍女たちに囲まれていた。
エドワードは早朝から用事があったらしく、茶会までには戻ると言い残して、屋敷を出て行った。その間メリーアンはこの屋敷に一人残されるなんてとオロオロしていたが、好奇心旺盛な侍女たちに囲まれ、あれよあれよとこのメイクアップルームに連れてこられたのだ。
「はあ、これほどの逸材は滅多に手に入ら──おっと、いらっしゃりませんよ」
(今に手に入らないとか言いかけなかった?)
手をワキワキさせながら、目を光らせる侍女たちにメリーアンは怯える。
「ささ、メリーアン様。本日は私どもが身支度をお手伝いいたしますので、メリーアン様はどうぞお気遣いなく、ゆっくりされていてくださいな」
「はあ……」
(ま、任せて大丈夫なのかしら……)
目をギラつかせる侍女たちに、メリーアンは冷や汗をかいたのだった。
*
「わあ……」
(嘘、これ本当に私?)
鏡に映る自分に、メリーアンは呆然としてしまった。
いつもの薄ぼんやりした地味顔のメリーアンではなく、そこには若くて輝かんばかりに美しい女性が映っていた。
髪は綺麗に結われ、デコルテが映えるような、ふんわりしたドレスを着ている。バターケーキのような、柔らかい黄色のドレスのおかげか、肌もいつもよりワントーン明るく見えた。
「お綺麗ですわ」
「素晴らしいです」
侍女たちも満足が言ったのか、得意げな顔でメリーアンの全身を見回していた。
「すごいわ。自分じゃないみたい……」
「元がいいんですよ、元が」
褒めてくれるが、明らかに侍女たちの技術と道具のおかげだろう。
(そっか。お化粧って毎日しないと、技術が上がらないのね。それにつける化粧道具だけで、こんなに変わるんだ……)
クロムウェル家にいたときは、催し物がある時だけ、侍女に頼んで最低限失礼にならない程度のドレスアップしてもらった。
だが古いドレスと質の良くない化粧道具では限界があったのだろう。それでも、いつもよりは全然綺麗だったから、メリーアンは気にしていなかったのだけれど。
「ふふふ、せっかくエドワード様が女性を連れてきたんですもの。逃しませんよぉ」
(な、なんの話……)
ひとまず準備はできたので、エドワードが戻ってくるまで待つことにした。
*
「来ないわね……」
エドワードは午前中に戻ると言っていたが、正午をすぎても戻ってこなかった。
「全く、エドワード様ってば何をしていらっしゃるのかしら?」
アンバーが眉を顰めた。
「……いいの。もともと私の用事であって、エドワードはただついてきてくれるだけだったから」
「まあ、そうでしたの? メリーアン様の用事なのに、全くあの人は……」
アンバーはため息をつくと、困ったようにメリーアンを見た。
「それでしたら尚更急いだほうが良いですね。馬車をお出ししましょう」
「ありがとうございます。申し訳ありませんがよろしくお願いします」
こうしてメリーアンは、結局一人でお茶会に望むことになったのだった。
*
馬車の準備に少し時間がかかるので、メリーアンは部屋で一人、忘れ物がないかチェックしていた。
(……これで良かったのかもしれない。エドワードを巻き込むわけにはいかないもの)
けれどメリーアンは、エドワードがいないと思うと、一気に心細くなってしまった。一人でクラディス侯爵家に立ち向かうのは、相当な勇気がいる。
「ん?」
ぼうっとしていると、ふとポケットが青白く輝いた。
何かと思ってポケットを探れば、お守り代わりに入れていたフェーブルの鍵が青い光を帯びていた。
「わっ、光ってる……?」
メリーアンは鍵を持った。
その瞬間、空中に金色の線が走り、扉の形が描かれる。
「何これ?」
メリーアンは驚きながらも、鍵穴があることに気がついた。
「こ、ここに刺すってこと?」
メリーアンは恐る恐る、鍵を鍵穴に差し込んだ。
その瞬間、扉がゆっくりと開き、中から眩い光がメリーアンを照らした。
「っ」
目を細めながらも扉を見つめていると、扉の向こうから見覚えのある人物がやってきた。
青いマントを靡かせるその人物は、フェーブルだ。肩にはリリーベリーも乗っている。フェーブルはゆっくりと地上に降り立った。
「フェーブル! リリーベリーも! あなたたち、夜じゃなくても動けたの!?」
驚いてメリーアンはフェーブルに駆け寄った。
けれどフェーブルの体に触れることはできず、伸ばした手がすうっと彼の体を通り過ぎた。
「この体は魂霊体だ。実体はないし人に触れることはできないが、君のそばにいることはできる」
フェーブルはそう言って微笑んだ。
「友人の不安な声が聞こえてきたもので」
「なんだか面白そーだし、あたしも一緒にいてあげる!」
リリーベリーがふわりとメリーアンの肩に乗った。
なぜかわからないが、二人ともメリーアンの不安な気持ちを汲み取って、ここへきてくれたらしい。
「ついていこう。私たちは君以外の人には見えないだろうから、いても問題ないだろう」
「二人とも……本当にありがとう」
メリーアンは、少し不安な気持ちが落ち着いた。
(根性よ、メリーアン!)
メリーアンはほっぺを叩くと、うなずいて二人を見た。
「よし! 行きましょう」
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