アリスの不機嫌なお茶会
「まあ、遠路はるばるよくいらっしゃいましたね」
「……本日はお招きいただき、ありがとうございます。アシュベリー男爵の長女メリーアンでございます」
膝を軽く折って挨拶する。
多少緊張はしたが、目の前の美しい少女に気後れしなかったのは、自分もしっかりと装いを整えていたおかげもあるのかもしれない。アンバーたちに感謝だ。
(それにしても、こっちもすごい豪邸ね……)
目の前にずらりと並ぶ使用人たちを見て、メリーアンは心の中でため息をついた。家督をまだ継いでいないとはいえ、アリスの資産は計り知れない。エドワードといいアリスといい、二日連続で格の違いを見せつけられたメリーアンは、少し心が折れそうになった。
けれど立ち並ぶ侍女の中に、先日メリーアンに手紙を持ってきたあの侍女を発見し、気が引き締まる。
──クラディス侯爵令嬢アリスの屋敷。
メリーアンは結局、エドワードを伴わずにフェーブルとリリーベリーを連れて、三人でこの屋敷にやってきた。もちろん妖精たちは普通の人間には見えていない。
『あの女たち、メリーがあんまり綺麗だからってヒソヒソ言ってるわよ!』
侍女たちの合間を飛び回っていたリリーベリーが戻ってきて、キキッと笑った。
『「話と違う、貧乏だって言ってたじゃない」ですって!』
リリーベリーの言うとおり、確かに先日手紙を持ってきたあの侍女も、少し驚いたような顔でメリーアンを見ていた。博物館で会ったときはその辺りに売っていた安い服を着ていたから、まさかこんなオートクチュールのドレスを持っているとは思わなかったのだろう。
(なるほど。貧相で惨めな姿で来ると思っていたみたいね)
メリーアンとしても謎だらけではあるのだが。
そもそもなぜ、メリーアンのスリーサイズにぴったりなドレスが用意されていたのか、とか。
「今日はお天気もいいですし、お庭にお茶を用意していますの。ぜひメリーアンさんに、うちの薔薇園を見ていただきたくて」
「まあ、ありがとうございます」
二人の妖精の言葉に励まされたメリーアンは、微笑みを浮かべて頷いた。
けれど久々のお茶会に、何か粗相をしないか胃がキリキリする。
メリーアンは今更気づいた。
(ユリウスのためにって思って社交も頑張っていたけれど……本当は私、こういうの、大の苦手だったんだわ)
マナーに縛られることも、愛想笑いを浮かべて相手の機嫌を取ることも。
それに比べて、真夜中の博物館は自由だ。
誰もメリーアンの行いを、咎めはしないから。
*
アリスの言った通り、庭には大輪の薔薇が咲き誇り、甘やかな匂いがあたりに満ちていた。
(あれ……薔薇ってこんな香りだったかしら?)
少し胸につくような香りだ。
緊張して嗅覚までおかしくなってしまったのかと、メリーアンは首をゆるく横に振った。
東屋に案内されたメリーアンは、アリスの夫であるリチャードとも挨拶を交わした。二人とも華やかな金色の髪に青い瞳をした、アストリア人らしい姿をしている。
(確かリチャードはアリスの従兄弟だとかなんだとか、聞いたことがあるわね)
アリスの隣で微笑む姿は控えめな夫のように見えるが、その笑顔に若干棘があるような気がして、メリーアンは扇で口元を隠した。
(いけないわ。二人の機嫌を損ねないようにしないと……)
エイダを取り戻すためだ。
どんなに貶されても冷静でいようと、メリーアンは改めて決意する。
そんなメリーアンの背後に、まるで騎士が王女を護衛するかのように立っていたフェーブルが、耳打ちした。
『大丈夫。何があっても、私が君を守ろう』
(フェーブル……ありがとう)
その言葉に勇気づけられたメリーアンは、なんとかアリスのお茶会を乗り切ろうと、気合を入れ直した。
*
しばらくはとりとめもないような、平凡な話題が続いた。
とはいえ、さすが侯爵令嬢だ。この状況でも思わずメリーアンが興味を持ってしまうような、面白い話題をいくつも知っていた。
「今日の茶葉は、グロース・フェリエから取り寄せましたの。ミルクを入れていないのに、ミルクの味がする不思議なお茶なのですよ」
(の、飲んでみたい……)
メリーアンは喜んで茶器に手をつけ、飲むふりをしながら、適当にその味を褒めた。すでにいくつかの茶菓子と紅茶が振る舞われていたが、メリーアンはお茶を口に含むふりをして、決して飲み込もうとしなかった。
(……なんだか嫌な予感がするのよね)
まさかとは思うが、毒でも入っていたら困る。
(まあそんなまどろっこしいことをしなくても、今ここで殺すなら殺せばいいんでしょうけど)
どうもイマイチ、アリスの考えが読めない。
しばらく雑談していたが、アリスはティーカップを置くと、ふう、と息をついた。
「このように庭でお茶を楽しめるようになったのも、聖女ララ様のおかげですわね」
「……ええ、そうですね」
(……来た)
アリスは微笑んで見せたが、扇の向こうにある表情は、全く読めない。
「メリーアンさんは、聖女様とお会いになったことがありますか?」
「……ええ」
曖昧な返事で誤魔化す。
彼女のことを思い出すと、ちくちくと胸を針でつつかれるような嫌な感覚がした。
「わたくし、聖女様……ララ様とは友人なのです。平民の出であるララ様が不安だろうからと、友人役兼指南役を、直々に国王陛下から仰せ付かりました」
「まあ、そうだったのですか」
メリーアンは白々しく嘯いた。
アリスもそれを承知なのだろう。にっこりと余裕そうに微笑む。
「ララ様はとても素晴らしい方ですわ。私たちの世界の平和のため、命をかけて戦ってくださりました。彼女のおかげで数百万人ものアストリア人が救われたと言っても過言ではありません」
「……ええ、その通りです」
(私だってわかってる。そんなことは……)
メリーアンはぎゅっと拳を握りしめた。
「ご存知? 聖女様とある騎士の、恋物語」
「……」
何も言わないメリーアンを無視して、アリスは続ける。
「家族や友人からも引き離され、聖女として旅立つことになったララ様が不安な時、いつもそばにより添ってララ様を励ましていた騎士がいた。騎士は聖女様を献身的に支え、やがて二人は恋に落ちた……。誰が見てもお似合いで、それはまるで運命の恋のよう」
「……」
「でも騎士には婚約者がいたんですって。好きでもないのに、政略結婚で選ばれた相手だそうよ?」
「っ!」
咄嗟にメリーアンは顔をあげてアリスを見た。
その表情は読めないが、どことなくメリーアンを見下して、馬鹿にしているように見えた。
「守ってもらうばかりでなんの役にも立っていないただの気弱な婚約者と、騎士は釣り合っていないことは明白。だから周りが皆、聖女様と騎士が結婚できるよう、今頑張って奔走しているそう」
……この物語の結末を、ハッピーエンドで終わらせるために。
アリスは紅茶を一口飲んだ。
カタリとも音を立てずに、カップをソーサーに戻す。
「ララ様と騎士は深く想いあっている。それなのに、なんの役にも立たなかった、ただ婚約者という立場に縋っている、没落しかけの令嬢に、幸せを邪魔されているのよ」
アリスはにこりと笑った。
「それで。どうして婚約破棄に応じませんの?」
微笑んではいるが、その目は冷たい。
「愛し合う人たちを引き裂いて、そんなに楽しい?」
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