豪邸
王都へは次の日の夜遅くについた。
緊張の糸が切れたのか、ここ数日の疲れが溜まっていたのか、メリーアンは馬車の中ですっかり寝入ってしまった。いつも使う馬車よりも座面はふかふかだったし、広々としていたしで、随分と快適な旅だったのだ。
「メリーアン、ついたぞ」
「ふわ……ああ、ごめんなさい」
目を擦って大欠伸をする。
「ほら、こっちだ」
「……どうもありがとう」
先に降りたエドワードに手を引かれ、メリーアンは目をしょぼしょぼさせながら地面に降りた。
あたりはすっかり暗くなっていて、メリーアンは目の前の屋敷の明かりに目を細めた。
「ここだ」
「……え?」
メリーアンは我が目を疑った。
「何これ?」
「何これって……家に決まってんだろ?」
「え、ちょ……冗談でしょう!?」
メリーアンは驚きすぎて、目がすっかり覚めてしまった。
目の前にあったのは、普通の貴族では到底王都には構えられないような、立派なお屋敷だったのだ。どうも王都に入ってから随分馬車に乗るなと思っていたが、どうやらこの屋敷の庭が広すぎて、屋敷にたどり着くまでに相当な時間がかかっていたらしい。
「だ、だって、王都の〝家〟に泊めてくれるって」
「だからこれが家」
エドワードは面倒そうにメリーアンの手を引いた。
「ほら、行くぞ」
「ひ……いやよ、聞いてないわよ!」
「うるせー。これ以上騒ぐなら抱えて行くぞコラ」
そう言ってエドワードに強引に手を引かれる。
玄関前から並ぶ使用人たちが次々に頭を下げていく。
メリーアンは震え上がってその様子を見ていた。
(おかしいわ。だってエドワードは夜間警備員で、学校の先生で……そりゃあお金持ちでしょうけど、こんな家を持てるの?)
親が金持ちなのだろうか。
こんな家と使用人がいるなんて、維持費だけでクロムウェル領の一年の領収を超えてしまいそうだ。
使用人が玄関の扉を開けると、暗闇に金色の光が溢れ出した。
眩いほどに輝く玄関ホールが二人を出迎える。
ずらりと並んだ使用人たちが、頭を揃えて優雅に下げた。
「おかえりなさいませ、エドワード様」
「おう」
「いらっしゃいませ、メリーアン様」
「……ど、どうも」
(ひいいいい)
貧乏性なメリーアンは、気絶しそうになったのだった。
*
「ほら、ここ使えよ。生活な必要なものは全部揃ってるから」
疲れているからということで、メリーアンは先に客室に上げてもらった。
客室自体も一体何部屋あるんだというくらいあり、メリーアンはさっきからずっとクラクラしっぱなしだ。
「さあ、お疲れでしょう。上着をお預かります」
部屋に案内してくれた侍女の一人が、メリーアンが旅装をとくのを手伝ってくれた。それにすら遠慮していたら、その様子を椅子に座って見ていたエドワードが笑って言った。
「堅苦しいのはもういいぜ、アンバー。こっちが恥ずかしくなっちまう」
「あら、それじゃあ失礼して」
アンバーと呼ばれたふくよかな女性は、メリーアンの手を握って突然笑い出した。
「うふ。うふふふ」
「へ」
「ああ、ついにぼっちゃまが女性を連れてこられるなんて……!」
妙な勘違いをされているような気がして、メリーアンは訂正しようとしたのだが、アンバーは嬉しそうにそれを遮った。
「アンバーはずうっと心配しておりましたよ。ご兄弟は皆、結婚されていますのに。ですがもう安心ですね。このように誠実そうで美しい御令嬢を連れてこられるなんて」
「おい、俺はまだ二十八だぞ。そんな焦るような年齢じゃねぇ」
(えっ!? エドワードってそんな年齢だったの!?)
メリーアンと十歳以上年齢差があるなんて、全く気づかなかった。
(って、そうじゃなくて!)
「す、すみません、私、エドワードとはそんな関係じゃ──」
「はあ〜! 明日はお祝いですね! とびっきり豪華なお夕食を用意しますから、楽しみにしていてください」
(ちょっとエドワード! なんで否定しないのよ!)
メリーアンが焦りまくる中、エドワードは機嫌よさそうに鼻歌を歌っていた。
「今日のお夕食は部屋で簡単なものを、ということなので、すぐに準備いたしますわ」
「え、あの、ちょ……」
メリーアンが口を挟む間もなく、アンバーは部屋を出て行ってしまったのだった。
*
結局、その日の夜は使用人たちに給仕されるがまま、エドワードと夕食を食べ、風呂に入って、さっさとベッドに入ってしまった。
(エドワードは、結局何者なのかしら……)
疲れていたのもあり、見たことがないほどのふかふかベッドで、メリーアンはすぐにウトウトし始めた。疲れに効くという癒しの香を炊いてもらったおかげもあるのかもしれない。
(うーん。あれだけ遠慮してたのに、眠いわ。私って結構図太いわね……)
などと思っているうちに、気づけばメリーアンはすっかり眠り込んでいたのだった。
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