お茶会への誘い

「うっぎゃああああ!」


 さっきから、ドロシーが星空の輝くエントランスで奇妙な服を着たマネキンに振り回されていた。考え事しながらそれを見つめていたメリーアンは、ふとマネキンが何をしたいのか気づいて、声をかけてみる。


「ねえあなた。もしかして、ダンスがしたいの?」


 マネキンは嬉しそうに腕を広げた。


「私、ステップを知ってるわ。私と一緒に、踊りませんか」


 メリーアンが手を差し出すと、マネキンは嬉しそうに、メリーアンと共に踊り始めたのだった。


     *


「メリーアン、どうもありがとう! 私ダンスなんてちっともわかんなかったよ」


「役に立ててよかったわ」


「すごいねー。メリーアンっていろんなこと知ってるんだもん」


 メリーアンが微笑むと、ドロシーは首を傾げた。


「あれ? 疲れちゃった? なんだか少し、顔色が悪いよ」


「え、ええ、少しね」


(本当は、昼間のことが気になって仕方ないだけなんだけど)


 メリーアンの顔に疲労が見て取れたのだろう。

 ドロシーは心配そうに、メリーアンの顔を覗き込んでくる。


 メリーアンは悩んでいた。

 あのお茶会の返事についてだ。

 もちろん、もう行くしかないと思っている。

 エイダが囚われてしまったのだ。迂闊だった自分も悪い。


(だけど、何をされるか分からない。本当に暗殺なんかされたら、洒落にならないわよ)


 一体どう言うつもりでアリスはメリーアンを招待したのか、さっぱり検討がつかない。

 おまけに、メリーアンは今働いているのだ。

 この博物館からあまり離れるわけにはいかなかった。


「まあでも、明日から休みだし。ゆっくりするといいよ。私は最初の頃、ぐったりしちゃってたな〜」


「え? 休み?」


 ドロシーの言葉に驚いて、メリーアンは目を見開いた。


「ほえ、エド隊長から聞いてないの?」


「聞いてないわ。休みがあるの?」


「うん。この博物館の夜間警備は、ルミナスが登る十五日間だけだよ? 残りの半分はお休みなの。毎日働いてたら死んじゃうよ!」


「ルミナスが沈むのは、えっと……」


「明日明日! 明日の業務が終わったら、もう休み!」


「そうだったの……」


 一月に半分も休みがあるのかと、メリーアンは単純に驚いた。

 この世界には月が二つある。そのうちの一つ、ルミナスは、一月の半分しか登ってこないのだ。


(それなら、ここから離れても大丈夫そうね)


 メリーアンは一つ不安ごとが減って安心した。

 けれどふと思う。

 

「それでもこんなに賃金がいいって……」


「そりゃあフェアリークイーンに任された大切な仕事だもん」


 ドロシーは胸を張った。


「それに」


 何故か機嫌が悪そうなマロウブルーが、喉をぐるぐる言わせていた。 


「命かかってるからねー!」


 そう言ってドロシーは一目散に逃げていく。

 ドロシーの言う通りだ。


(一日七十万ダールで命を賭けるなんて、安いものよね)


 メリーアンはそう思うと、肩をすくめたのだった。


     *


「俺も行く」


「は?」


「だから、あんたと行くと言っている」


(何を言ってるの、この人……)


 ポカンとするメリーアンを見て、エドワードは不機嫌そうに額にしわを寄せた。


(困ったわね……)


 メリーアンは、休暇の報告のためにエドワードの元を訪れていた。

 休暇とはいえ、一旦この街を離れる。

 王都に行って帰ってくるには、数日間は必要だ。

 その間に何かあっては大変だからと、エドワードに報告しておくことにしたのだ。けれど報告した結果がこれだ。


「あの、ごめんなさい、エドワード? これは私の問題であって……」


 あなたの問題じゃないわ、と言おうとしたところで、エドワードがそれを遮った。


「大体あんた、どうやって王都までいく気だ?」


「どうって、馬車でいくの。そもそも私、ここまで一人で来たのよ。そんなに遠くないわ」


「バカ言うな。女の一人旅なんて危険に決まってる」


「だからついてくるってこと?」


「……そうだ。とにかく俺も一緒に行く。大事な職員を失うわけにはいかない」


「……はぁ」


(何を考えているのか、さっぱりわからないわね)


 メリーアンが不満げに唇を尖らせていると、それ以上の不機嫌さでエドワードが凄んだ。


「あんたな、本当にわかってんのか?」


「はいはい」


エドワードの圧を感じて、メリーアンはたじろいだのだった。


     *


 王都へ出発の日。

 メリーアンはしばらく神殿を離れることをハイプリーストに報告してから、神殿を出た。


 結局、あれからメリーアンは神殿に寄付を収めながら暮らしていた。

 宿を取ることもできるが、やはり女性一人だと怪しまれるし、何より危険だったから、神殿にいる方がいいと判断したのだ。

 何よりプリーストたちと一緒にいると、心が落ち着く。

 神殿は心が不安定な人の居場所としても機能している。もう少しだけ、心が良くなるまで神様の世話になろうと、メリーアンは決めていたのだった。


 去り際、中庭でぼんやりとしている男性を見つけた。

 あの遺体を乗せた荷車を引いてきた男性だ。名前はライナスというらしい。

 彼もメリーアンと同じように、あれからここで世話になっているようだ。

 声をかけようかと思ったが、やめておいた。

 まだ話せるような状態ではなさそうだ。


(比べるなんて烏滸がましいけど。どうして「私が」って、そう思うわよね……)


 憂鬱なお茶会のことを考えて、メリーアンはため息をついた。

 それでもプルプルと頭をふって歩き出す。


 荷物はやはりトランクケースひとつだった。

 侯爵令嬢のお茶会に臨めるような衣装は何一つ持っていない。


 馬車の乗り合い所に行くと、すでにエドワードが待っていた。


「本当に行く気なのね」


「は? 当たり前だろ。あれだけ言ったんだから」

 

 行くぞ、とエドワードは馬車に乗り込んだ。


(エドワードって、やっぱりどこかで見たことがあるのよね)


 おそらくだが、エドワード本人を見たことがあるのではなくて、彼の兄弟や似た人を見たことがあるのではないかとメリーアンは踏んでいる。


(まあいいわ。誰かのそっくりさんだなんて、関係ないものね。行きましょう)


 御者の手を借りて、馬車に乗り込む。

 けれどそれが──エドワードの身分が──どれほど重要なことだったのかを、この時のメリーアンはまだ、知らないのだった。

    

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