囚われたエイダ
「というわけで、なんとかフェーブルと友人になることができたの」
博物館の職員室。
メリーアンはフェーブルと何があったのか、マイルズに話していた。
「マイルズは、私がどんなお菓子を持っていったかわかる?」
そう尋ねると、マイルズはにっこり笑った。
「アップルパイですよね」
「その通りよ。どうしてわかったの?」
「そう難しいことじゃないですよ。フェーブルの好物はリンゴだし、アップルパイの逸話ならたくさんあるんです」
「……そうなのね」
(うーん。やっぱり最初にマイルズに相談すれば、すぐに解決したかもしれないわよね)
けれどエドワードに、警備事情はできるだけ外部に話すなと言われていたので、マイルズには相談しなかったのだ。
正直、こうしてことの経緯を説明しているのも、エドワードにはいい顔はされないだろう。
「でも君だって、結果的に答えを得られたんだから、それでいいんじゃないかな。マグノリアのマニュアルはそのためにあるんだし」
「……ありがとう」
メリーアンが微笑んだところで、職員室に、学芸員の女性が入ってきた。
「ごめんなさい、ちょっといいですか?」
女性は困ったような顔をしていた。
「今日、体調不良で欠席の職員が多くて、十五時のオルゴールの演奏中に、お客さんがオルゴールに触れないよう、見張ってくれる人がいないんです。マイルズ、悪いけどやってくれませんか?」
博物館の入り口には、大型オルゴールがある。
高さは大人二人分、横は三人分ほどある、巨大な移動式のオルゴールで、後ろの舵輪のようなネジを巻くと、表の人形たちがダンスをしながら歌う仕組みになっている。
この博物館では、午後十五時に毎日オルゴールの演奏をすることになっていたのだ。
マイルズは眉を寄せた。
「困ったな。その時間、僕は団体の観光客の相手を受けてしまいました」
「あら、そうだったの?」
二人は困ったような顔をした。
この時期、研究論文の発表が重なって、体調不良を起こしたりする研究員も多い。
「その仕事って、難しいんですか?」
メリーアンが尋ねると、女性は首を横に振った。
「いえ。係のものがハンドルを回すので、演奏中、観光客が近づかないようにするだけなんです」
「私、やって見ましょうか?」
「ええっ、いいんですか?」
メリーアンは頷いた。
「マイルズや、ここの職員さんたちにはいつもお世話になっているし。十五分くらいなんでしょう?」
「ありがとう! それじゃあ、手順を説明しますから、一緒にきていただけます?」
「もちろん」
*
パイプオルガンのように重厚な音が、不思議で幻想的なメロディーを奏でている。
素晴らしいオルゴールの演奏を聴きながら、メリーアンは教えてもらった通り、客がオルゴールに近づかないようにやんわりと注意していた。
(今日は休日だから人が多いわね)
あの職員が言った通り、そこまで難しい仕事ではなかった。
メリーアンは演奏を聴きながら客を見ていると、不意に視線を感じた。
「?」
そちらの方に視線を向けると、身なりのいい女性が一人、じっとメリーアンのことを見つめてた。
(何かしら……?)
ぼうっとしていると、オルゴールの演奏が終わる。
分散していく客の中、その女性は真っ直ぐにメリーアンの元に近づいてきた。
「あなたがメリーアン様、ですね?」
「!」
メリーアンの顔がさっと青くなった。
「……なぜ私の名を?」
「ご安心くださいませ。私は怪しいものではございません」
そう言って、女性は胸元から一枚の手紙を取り出した。
「こちら、我が主人から預かりました。あなた様にお渡しするようにと」
メリーアンは震える手で手紙を受け取ると、差出人をみて息を呑んだ。
封蝋には、はっきりとオリーブを咥えた鷲の紋章がある。
「これ……」
(クラディス侯爵家の紋章……?)
クラディス侯爵家といえば、最近は振るわないとはいえ、建国当初から王を支えてきた、由緒正しい家柄だ。
手紙の差出人は、アリス・クラディスとなっている。
アリスは確か、クラディス侯爵の一人娘だ。夫を他家から迎え入れているようで、今はクラディス侯爵家に離れをもらい、そこで暮らしていると聞く。
とてもじゃないが、メリーアンが声をかけられる人ではない。
「お茶会の招待状です」
「お茶会……?」
メリーアンが怪訝な顔をすると、女性はふっと微笑んだ。
「我が主人は、あなたとお茶を楽しみたいようです」
「……私は、行けません」
(思い出した。アリスは、ララの教育係を行っていた人物だ……)
まずい。
どう動くべきか計りかねていると、女性は冷たい微笑みを浮かべて言った。
「それでは、明日も明後日も、手紙を持ってここにきましょう」
「……」
「ああそうそう。エイダさんはうちで元気にしていますよ」
「なっ……!」
自分がよく知る者の名前を出されて、メリーアンは動揺してしまった。
「なぜ? エイダはうちの侍女頭よ。辞める理由なんてないはず。どうしてあなた方のところに……」
(一体どう言うことなの?)
「さあ? ですが彼女は今、うちにおりますの」
つまり、人質も同然ということだ。
わざわざメリーアンを誘き寄せるために、そんなことをしたのだろう。
(ララか、それともあの侍女、ローザの仕業ね……)
しかしそこまでしてメリーアンを呼び出したい理由がよく分からない。
「あなたの居場所がすでに割れているということを、お忘れなく。どうぞよく考えてお返事くださいませ」
「……」
そう言うと、女性はきっちりとお辞儀をして、去っていった。
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