麦畑のララ②


 さて。

 そんなララでも、ミアズマを浄化するための作戦に参加した時は、流石に色々とこたえてしまった。

 領主の家や王宮と違い、ミアズマランドはどこも荒廃し、悪路が続く。さらに恐ろしい魔獣に、むさ苦しい兵士たちと、それまでの優雅な暮らしが一変してしまったララは、相当なストレスを抱えていた。浄化自体は何も難しいことではなかったが、ここ数年続いていた優雅な暮らしのおかげで、過酷な環境が体にこたえたのだろう。

 しかし、それさえも、ララの人生にとって意味のあることだった。そこでララは運命の人に出会ったのだ。


 ユリウス・クロムウェル伯爵。


 浄化作戦の最後の地であるクロムウェル領を治める、若く美しい騎士だった。

 まだ十八と若いが、両親が病気で亡くなったため、爵位を継承し、領地を治めているという。

 ユリウスは暗い顔をするララを気遣って、いつも明るく楽しい話をしてくれた。自分も魔物との戦いで疲弊しているだろうに、決して明るい笑顔を絶やすことはない。ある時、どうしてそんなに陽気でいられるのかとユリウスに聞いたことがある。


「俺の領地では、毎年多くの人々が死にます。泣いても、笑っても、どんなふうに生きても死ぬときは死にます。だったら、とことん楽しく生きてやろうって、みんな言うんです。クロムウェル領民はみんなね」


 そう言って、ユリウスは誇らしげに笑った。

 ああこの人は領地を深く愛す、善なる人だと、ララはその時に感じた。


     *


 浄化作戦はララの体力も鑑みて、休み休み行われた。

 一つの土地を浄化し終えるたびに王宮に戻り、体を休める。

 ララはその間に行われる令嬢たちとのお茶会が大好きだった。

 美しく着飾り、美味しいお菓子とお茶を嗜む。これほど癒されることはない。


 年頃の令嬢たちの話といえば、やはり恋愛や結婚についての話題が多かった。その中でよく聞いたのは、ユリウスの話だ。


「ああ、メリーアン様ってば、本当に素晴らしい運をお持ちですわよね」


「今までど貧乏な伯爵家に嫁ぐなんて可哀想って言われていましたけど……ユリウス様は今じゃ国一番の、将来有望株じゃありませんか」


「王太子殿下初め、王家の皆様は大怪我をされたエドワード殿下以外皆結婚されていますから、王族以外で一番条件のいい結婚相手は、ユリウス様ではありませんこと?」


「エドワード殿下は、怪我で寝たきりだと聞きますしね……」


 そう言って、令嬢たちは頷き合う。



 ──ユリウスは、今後国一番のお金持ちになるかもしれないのね?



 ララの前に、また大いなる力の流れが見えたような気がした。


 ……年頃のララが、容姿もよく、いつも自分を守護してくれるユリウスに惹かれて行くのに、そう時間はかからなかった。


     *


 ユリウスに恋をする上で一つ問題だったのは、ユリウスにはすでに将来を誓い合った婚約者がいたと言うことだ。


(でも、政略結婚だって聞くわ。そんな人より、ユリウスはきっと私の方が好きになるはず)


 ……ララは今まで、男性の好意をたくさん受けてきた。だからこそ、ユリウスが自分を愛さないはずがないと思ったし、そもそも政略結婚など可哀想だと思った。


(人の心を政略結婚で縛るなんて可哀想。そのメリーアンとか言う人も、きっとこんな風に何もしないでお茶会をしたりして過ごしているだけで、私みたいに働いたりはしていないのよね?)


 それならばユリウスに選ばれるのも自分だろうし、きっと周りは自分を祝福するだろうと、その時のララは思っていた。

 だってララはこの世界の主役だ。

 大いなる力が働いて、全てをララの良い方向に動かしてくれる。

 だからララは自分の気持ちが向くまま、自由に過ごしていればいいのだ。




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