閑話
麦畑のララ①
ララの一番古い記憶は、母に連れられて見た、黄金の麦畑だ。
「見てごらん、ララ。この麦畑はね──……」
母はその時、何か言っていたような気がする。
けれど麦畑を夢中になって眺めていたララは、母の話を聞いていなかった。
……あの時、母は何を言っていたのだろうか。
*
ララは生まれた時から特別な子どもだった。
両親はごく普通の農家で、容姿が特出して美しいというわけでもない。
だからこそ、ララが生まれた時、周りのものたちは驚いた。
あまりに美しく、清らかで、両親のどちらにも似ていないララを、きっと神様の子どもに違いないともてはやしたのだ。
父は早くに亡くなった。
もともと持病があり、ミアズマの影響を受けてしまったのだろう。
それでもララは、一度して苦労をした覚えはない。
なぜなら周りのものたちが、ララのためにと全てよくしてくれたからだ。
「ララ。これを当たり前だと思ってはいけないよ」
母はそう言って仕事に精を出していたが、まだ幼いララはその意味をよく理解していなかった。生まれたときから、誰からも可愛がられてきたのだ。自分のためにと動き回る者たちのことしか、ララは知らなかった。自分のために動かないものなどいないのだと、幼いながらに思っていた。
歳を重ねるごとにその美しさは輝かんばかりになり、ララは村中の男たちを魅了するようになった。中には男たちの心を奪うララに怒って、意地悪をする女性もいたが、そういう女性たちは村中の嫌われ者になって、いつしかララに意地悪をしなくなった。
男たちは皆、そういう輩は皆ララに「嫉妬」しているから、ララは何も悪くないといい、慰めてくれた。
(ああ、そうなのね。全ては〝嫉妬〟なんだわ。可哀想な人たち……)
ララは本当に、なんの悪気もなかった。
男たちからプレゼントを受け取るのも、誘われれば二人きりで遊びに行くのも。もちろん、話す以上のことは何もしていない。男たちはぼうっと、ララに見惚れることが多かった。
純真無垢とは彼女のこと言うのだ。
どんな困難があっても、周りが勝手に解決してくれた。
だからララは悪いことをしたこともなければ、逆に誰かのためになるようなことも、あまりしたことがなかった。
(流れにしたがうのよ。大きな流れに。風の行方は、私の行方)
麦畑を見ながら、ある日ララは悟りを得た。
ララは大いなる力に守られながら生きていた。
ララは力の流れに沿うように、生きれば良いのだ。
なぜならその流れは、ララに良いものしかもたらさない。
その流れは、黄金の大地へと続くだろう。
(私は、私として生きればいい。何にも縛られず、流れに身を任せればいい。この世界の中心は、私だったのだわ)
ララが無意識のうちにリルレナへの〝信仰〟を持った瞬間だった。
*
年頃になったララは、その美しさが領主の目にとまり、ただの村人として一生を終えるのはもったないと、領主の養女になった。ララはもちろんその流れに従った。村人たちも、きっといつかどこかの大きな貴族に嫁げるに違いないと大喜びしていた。けれど母親だけは反対していた。
「ララ」
村を出発する前に、母親が悲しそうな顔でララに何かを言っていた。
その顔に何かを思わないでもなかったララだが、結局大いなる流れに身を任せ、領主の養女として、美しいドレスを着て、毎日侍女たちに傅かれながら過ごした。
*
「ああ、あなたが聖女なのね」
自分が聖女だと知った時も、ララは全く驚かなかった。
長い髪を頭の高い位置でふたつに結んだ少女が、にっこりと微笑む。
〝純真とコスモスのリルレナ〟から聖女が生まれたと国からお触れが出てすぐ、リルレナのプリーストたちがララのもとにやってきたのだ。
純粋無垢な少女。
汚れを知らぬ少女。
「あなたこそが、聖女だわ」
目の前で嬉しそうに微笑む少女に、ララも微笑んで答えた。
*
ララに修行は必要なかった。
ララの生き方そのものが、リルレナの教えだったからだ。
大切なものは、全て自分の中にある。
ララはまさに、リルレナの化身だった。
リルレナ神に使えるものには、他の神々と違って
(やっと、収まるべきところに収まったのね)
王宮で何もかも世話をしてもらいながら、ララは幸福な気持ちでいっぱいになっていた。
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