麦畑のララ③

 ──それなのに、どうしてこうなってしまったの?


 メリーアンが出て行った伯爵家。

 祝福されるはずが、屋敷に満ちていたのはララへの敵意だった。

 ありとあらゆる場所に「メリーアン」の記憶は息づいている。

 ララはそれが不愉快で仕方がなかった。

 

(私は誰からも愛されるはずなのに。こんなのおかしいわ)


 ララは大いなる流れが何者かによって邪魔されているような気がして、不満でいっぱいになっていた。


     *


 ララの予想通り、ララが好意を見せれば、ユリウスも次第にララに気持ちを寄せるようになり、二人はあっという間に惹かれていった。

 そうして一線を越え、たった一度のその行為で、ララは子供を身籠ったのだ。


(これが運命なんだわ)


 ララは何にも不安になることはなく、自分の妊娠を受け入れた。

 運命はいつもララを素晴らしい方向に導く。ララの決断が間違っていたことなど、一度としてない。


 そして浄化作戦を無事終えたララは、ユリウスとの結婚を承諾してもらうため、クロムウェル領を訪れた結果がこれだ。


 一緒に連れてきたローザも、屋敷の者たちの態度に憤慨していた。

 反抗的な屋敷の侍女は解雇したし、学の必要なさそうな子供には、支援を打ち切りたいとユリウスに申し出た。

 けれど今では、そのユリウスでさえも、ララに苛立ちを抱いているようだった。


「ララ、どうして勝手なことをしたんだ! エイダを解雇するなんて! それにポールへの支援を打ち切って欲しいだって!?」


「どうしてって……妊娠しているララに、大きな負担をかけようとしたからよ? それに農民には学なんて必要ないでしょう」


 ララはため息をついた。


「エイダは両親が病気で亡くなって、幼い頃から一緒に育ったんだ。それにポールのあの賢さを見たことがあるか? あの子の頭脳をこのままにしておくなんて勿体無い。教育は未来への投資だ」


「ユリウスまで、そんなこと言うのね。王宮では、こんなことなかったのに……」


「いいかい。何度も言ってるけど、ここは王宮じゃない。これから発展していくにしても、それまでは相当な苦労があるって伝えたはずだ」


「それと、ここの人たちが反抗的な態度をするのに、何か関係があるの?」


「それは……俺たちが、正しい手順を踏んで、結婚しなかったから……」


 ユリウスは後ろめたそうに、声を小さくした。

 ララに苛立ってはいるが、そもそも屋敷のものたちの怒りの原因を作ったのは、ユリウスでもあるのだ。ユリウスは今になって気づいた。ユリウスが裏切ったのはメリーアンだけじゃない。ユリウスとメリーアンについてきてくれた、クロムウェル領民たちの信頼も裏切ってしまったのだ。


「全部……全部〝メリーアン〟のせいなんでしょう?」


「何言って……」


 ララはいつも穏やかな表情をするように努めていたが、ここ最近はだんだんとそれも難しくなってきた。


「結局、メリーアンさんはララを許してくれなかった。だから婚約破棄もできないし、この領地の人たちもララを受け入れてくれないのよね?」


「違う。婚約解消できないのは、俺とメリーアンの両親の問題なんだ」


 ユリウスは何度説明したら理解できるのかと、頭を抱えた。


「婚約した時に、離婚した際の慰謝料はアシュベリー家に支払われるように設定されていた。だけどこのままだと、メリーアン本人に慰謝料が支払われなくなってしまうから、それを俺はどうにかしたいんだ」


 お金がないなら、今後のメリーアンの生活はめちゃくちゃになってしまうだろう。メリーアンはおそらく、アシュベリー男爵家には戻らない。ユリウスはメリーアンの実家の醜悪さを知っていた。たとえアシュベリーに慰謝料を支払ったって、メリーアンには少しもいかないだろうから、慰謝料のうちの何割かをメリーアン名義で渡したかったのだ。

 あの最低最悪な男爵家は、もちろんそれを拒否したが。

 そこで揉めたせいで、ユリウスは婚約解消の書類を提出できずにいた。


「今、元の約束とは別にメリーアンにも慰謝料がいくように調整している。本人のサインがあれば一番手っ取り早いから、俺は彼女に会いたいって言ってるんだ」


 ユリウスは疲弊していた。

 あの陽気さは消え、いつも顔には苛立ちと疲れが浮かんでいる。


(私の大いなる流れを堰き止めたのは、きっとメリーアンさんに違いないわ。彼女をどうにかしなければ)


 ララは生まれて初めて、自分が感じていた大いなる流れが停滞していると思った。そしてその原因は、おそらくメリーアンにある。全ての原因はメリーアンにあるのだ。


「……ユリウスは、メリーアンさんに会いたいのね? 会えば、解決できるのよね?」


「……え?」


「ララは居場所を知ってるわ」


 ララはユリウスを見て、言った。


「ララも一緒に連れていってくれるなら、教えてあげる。赤ちゃんはもう安定期に入っているから、大丈夫よ」


 ──流れが止まっているのなら、止まっている原因を取り除くしかない。

 ララはそう思った。けれどララは気づいていない。

 

〝大いなる流れ〟はこれより少し前に消えてしまっていたと言うことに。

  原因はメリーアンではないと言うことに。


 ララは生まれて初めて、自分から行動することにしたのだった。



第3章 終

前半部 終

(総文字数 90961文字)


★後書き

お疲れ様でした! こちらで前半部終了です。次章以降ララとの戦いです。一緒に頑張りましょう〜!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る