ララとの再会
「ねえパブ。聞きたいことがあるの」
メリーアンは森に立っていた。
手にはまた、甘いホットチョコレートを持っている。
そして今日もまた、パブは甘い匂いに釣られて、木の影からじっとメリーアンを見つめていた。
「あなたたちのこと、しっかりわかってあげられてなくてごめんなさい」
「……」
「パブは……今でもルルルが大好きなのね?」
「……当たり前だ」
パブはクワっと歯を見せた。
メリーアンは悲しくなって、目を伏せた。
「大好きだから、苦しいのね」
「……」
そう言うと、パブは少し驚いたように耳を立てた。
しばらく黙った後、パブは言う。
「ルルルが大好きだ。でも、これでよかった。いつかこうなる運命だった。それが今だっただけだ」
「……」
「ルルルは怒ってないからこそ、苦しい。俺はルルルを裏切ったのに。俺はルルルのそばにいる資格はない」
パブのつぶらな瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「俺は……すごく、すごく、苦しい」
──その苦しみは、全て人間のせいなのに。
メリーアンはぎゅ、と拳を握った。
(……私は、今できることをするのよ)
パブの苦しみを取り除けるのは、ルルルだけだ。
どうしても二人を引き合わせて、話し合って欲しかった。
だけどルルルがいればパブは来ない。
──二人を引き合わせる方法が、必要だ。
*
(結局、話し合うしかないと思うんだけど……)
翌朝。
メリーアンは大学のテラスで、ぼうっとマグノリアの手記をめくっていた。
午前中の柔らかい日差しに、思わずあくびをしてしまう。
「メリーアン?」
「ふわ?」
大欠伸をしている最中に、突然声をかけられた。
見れば、ドロシーが腕に大量の本を抱えて嬉しそうに立っていた。
「やっぱりメリーアンだ!」
メリーアンは驚いた。
ドロシーが、大学の学生証であるバッジをつけていたからだ。
「ドロシー、あなた大学生だったの?」
「そうだよ! 言ってなかったっけ?」
確かにドロシーは、メリーアンと同程度の年齢に見える。
大学生でも全然おかしくはないだろう。
「専攻は民俗学だけど、服飾史の勉強ばっかりしてるの。座ってもいい?」
「どうぞ」
ドロシーは本をメリーアンのテーブルに下ろす。
メリーアンはマグノリアの手記を端によけようとした。
「わ! それ、マグノリアの作ったマニュアル?」
「ええ。って言っても、直接答えが書いてあるわけじゃないんだけど……」
「見てもいい?」
「どうぞ」
そう言うと、ドロシーは楽しそうに本のページをめくった。
「懐かしいなぁ。マグノリアの丸っこい字! それにしても、博物館の管理に関係ないことばっかり書いてない?」
「自分で調べることが重要みたい」
でも、それで正解だ。マグノリアは賢かった。
だって妖精の展示室の警備は、紙にマニュアル化できないくらい大量の情報が必要になる。それを自分で調べることができなければ、あの展示室の管理はできないだろう。それでもマグノリアは、一番大切なことを教えてくれる。だったら、それ以外の全ては自分ではなんとかすべきだ。
「私の前の人なんて、なーんにも残してくれなかったよ! 自分でやれって。おかげであの暴れ箒の対処の仕方だって、ぜんっぜんわかんなかったよ!」
そういえばドロシーは、よく箒に乗って博物館の中をすいすいと飛び回っていた。だがドロシー以外が触れると、とんでもなく暴れ回って、頭をぽかすか叩いて来るのだ。みんながドロシーを羨ましそうに見上げている姿が、印象的だった。
「……あの箒は、どうしたら大人しくなるの?」
そう尋ねると、ドロシーは声を潜めて、メリーアンの耳に顔を近づけた。
「ここだけの話。お尻を撫でれば大人しくなるの。他に人には内緒だよ? 私だけが飛びたいからさ」
えらく可愛い箒だ。
メリーアンはクスリと笑ってしまった。
その表情を見たドロシーも、嬉しそうに笑う。
「試用期間中、最終日まであの箒とは仲良くなれなくてさ。大っ嫌いだったし。でも最後だと思って、大切に撫でたら、大人しくなったの」
「へえ、そんなことが」
「もうこんなめちゃくちゃな管理室無理ー!ってなってたけどさ。案外最後はどうにかるよ、絶対」
ドロシーは、メリーアンを見て微笑んだ。
「落ち込むこともあるけど、メリーアンなら大丈夫だよ。絶対」
「……ありがとう」
昨日、ひどく落ち込んだ様子でメリーアンが現れたので、ドロシーは心配してくれていたのだろう。
「でも大丈夫って言うだけじゃ、無責任でしょ? だから今日は、私が大学一美味しいストロベリーサンデーを奢ってあげるよ! 食べれば絶対元気になるから!」
ドロシーはそう言うと、元気に立ち上がった。
「買ってくるから、ちょっと待っててね」
「えっ? いいの?」
「いいからいいから〜」
そう言って、ドロシーは颯爽と消えてしまった。
彼女の行動力の強さには、時々驚かされる。
「元気よね、彼女。夜働いているのに、どうやって朝の授業を受けているのかしら……あれ?」
メリーアンはマグノリアの手記から、ふと何か紙のようなものがはみ出ていることに気づいた。
そのページを確認してみる。
「これ……」
──それは、手紙だった。
深く挟み込まれていたせいで、今までずっと気づかなかったのだろう。
宛先は「次の管理人へ」となっている。
(マグノリアからの、手紙だわ)
メリーアンが震える指で、手紙の封を切ろうとしたその時。
「メリーアンさん?」
どこかで聞いたのことのあるソプラノボイスが、メリーアンの耳に届いた。
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