ユリウスとララ
「え?」
嘘でしょ……
メリーアンは我が目を疑った。
そこに立っていたのは、最後に見た時よりもややお腹の膨らんだララと、困った顔をしたユリウスだったからだ。
(なんで、こんなところに……)
メリーアンが戸惑っていると、パッとララが駆けてきた。
その後を慌ててユリウスが追ってくる。
「メリーアンさん!」
「……」
ララの心地よいソプラノボイスがあたりに響いた。天使のような美しさに、メガネをかけた学生がボケッとララに見惚れている。プラチナブロンドに身綺麗な姿は、大学ではあまりにも目立っていた。
「あの、私、もう一度ちゃんと謝りたくて。メリーアンさんの大切なユリウスを奪ってしまって、本当にごめんなさい」
(ひぃいいいい!?)
メリーアンは卒倒しそうになった。
これだけ大きな声で騒ぎ立てれば、メリーアンたちがどんな関係なのか、一体何があったのか、どうぞ広めてくださいと醜聞を垂れ流しているようなものだ。
「私が悪かったんです! メリーアンさんはまだ私を許してくれてないから、使用人や領民に命じて、私のいうことを聞かないようにしてるんですよね? ユリウスと婚約も解消してくれないんですよね?」
「ちょ、ちょっと……」
(なんの話!?)
一から十まで理解不能で、メリーアンは混乱してしまった。
「ララ、やめるんだ。少し黙っていて」
「でも……」
「お腹の子にもさわるだろうから」
ユリウスが焦ったようにそう言うと、ララはむくれた顔をした。何か言おうと口を開いたが、その前にユリウスが遮る。
「すまない、メリーアン。君と少し話がしたくて」
「……」
メリーアンの頬に冷や汗が伝った。
忙しくしていたから、少しはショックも和らいだと思った。
けれどユリウスを見ると、悲しみや、怒りや、様々な感情が湧いてくる。
メリーアンの悲しみは、まだ終わってはいないのだ。
メリーアンとユリウスの十年は、あまりにも長かった。
様々な感情が交錯して、すっかり脳がパンクしてしまい、固まってしまう。
どうしたものかと黙り込んでいると、そこへ助け船がやってきた。
「ああ、ここにいたのか、メリーアン」
「!」
衆目が、メリーアンの後ろにスッと向いた。
ララとユリウスまでもが、自然にその人物に目を吸い寄せられている。
ララが天使だとすれば、その人物は神々しいほどの美貌と表現した方がいいかもしれない。
「君は呼んでもなかなか来てくれないから、いつも私が探しにいく羽目になるんだ」
愛情のこもった親しげな声。少し聞いただけで、二人の関係が知り合いというには深すぎるということが理解できるはずだ。
──もちろん、エドワードだった。
隣に立った彼を見て、なぜかメリーアンは泣きそうになってしまった。
体から力が抜けるような、ほっとするような。そんな感じがする。
「メリーアン、そちらは知り合い?」
ユリウスがなぜか、不愉快そうな声でそう聞いてきた。
「……私が今、お世話になっている方よ」
「どうも。エドワード・キャンベルと言います。私はメリーアンに用事があるもので、悪いが彼女をお借りしても?」
そう言えば、ユリウスがショックを受けたような顔になった。
(なんであなたが、そんな顔をするのよ)
ショックなのはメリーアンの方なのに。
メリーアンとユリウスがお互い黙り込んでいる中、ララだけが目をとろりとさせてエドワードを見つめていた。その頬は熟れたリンゴのように上気している。
「エドワードって、アリスが言ってた……じゃ、じゃあ、あなたが第三、むぐっ」
「やめるんだララ!」
すんでのところで、ユリウスがララの口を覆った。
こんなところでエドワードの秘密をばらすわけにはいかない。
(アリスはララに、秘密を漏らしたのね)
頭が痛い事態になった。
どうしたものかと必死に考えていると、エドワードに手を取られた。
(行こう。これ以上ここで注目を集めるのは得策じゃねぇ)
(……わかった)
メリーアンはエドワードに従う。
ユリウスとララの前から立ち去ろうとすれば、ララが二人の背中に向かって声を上げた。
「待って、エドワード様! あの、あの! ララとお茶をしませんか?」
隣にいたユリウスが、ギョッとした顔になった。
「ララ、何を言って──」
「ララとお話しすれば、メリーアンさんと一緒にいるより楽しい時間を過ごせると思うんです!」
メリーアンもユリウスも、びっくりしすぎて反応が遅れた。二人とも、驚きすぎたときに黙ってしまう反応は似てるな、などとぼんやり思っていたところ、耳元でバキン! と何かが割れる音がして、はっと我にかえる。
地面を見れば、氷のカケラが散らばっていた。
ばきん、ばきん。
エドワードの周りで、氷の塊ができては、砕かれて地面に散らばっていく。
感情にマナが反応して、勝手に氷を生成しているらしかった。
何を勘違いしたのか、近づいてくるエドワードに、ララはやっぱり! と嬉しそうな顔をした。けれどエドワードの様子がおかしなことに気づいたのだろう。え、と小さな声を漏らして、凍りつく。
エドワードはその耳元で囁いた。
「黙れクソ野郎が。頭にウジでも沸いてんのかテメェ」
エドワードは手に、割れた氷を握った。
その切先はナイフのように尖っている。
それを、周りには見えないようにララの首に向ける。
「聖女だろうがなんだろうが関係ねぇ。次メリーアンを傷つけてみろ」
「ヒッ」
つ、と冷たいものが、ララの首筋をなぞった。
──殺す。
そう吐き捨てて、氷のナイフをくだく。周りには何が起こったのか、分からなかっただろう。けれど近くにいたメリーアンとユリウスには、はっきり聞こえた。
「私は、メリーアンただ一人がいいもので」
にっこりと笑うと、エドワードはメリーアンの腰を抱いて、二人の前から消え去ったのだった。
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