崩壊の始まり ある使用人の独り言③

 数日後。

 エイダはララに呼びつけられて、主寝室を訪れていた。


「ねえ、どうしていうことを聞いてくれないの? 私はここで、お茶会がしたいと言っているだけなのよ?」

 

「ですから何度も申し上げている通り、指示をしてください。予算を作成し、誰を招待するのかを決め、招待状を送って、お茶会の内容を考えてください」


「それは、召使いの仕事でしょう? 王宮では私がしたいと言えば、みんな私のためにすぐ動いてくれたわ」


(だから、ここは王宮ではないと何度言えば……)


 エイダは話の通じないララに、とうとう苦虫を噛み潰したような顔を向けてしまった。


「……私どもは、奥様の指示がなければ勝手に動くことはできないのです。それが金銭に関わってくることなら、なおさら」


 侍女たちにだって、それぞれ自分の仕事がある。

 お茶会のセッティングは、女主人の役割だ。

 招待状の書き方や誰がどんな好みをしているのか、席順をどうすればいいのか、全て知っているのは貴族社会に詳しい女主人なのだから。


「聖女様にそれができないのなら、屋敷の管理ができる方を雇ってください。ここにいる者たちは、全てメリーアン様が直接お雇いになった、孤児や雇用を失ったものたちがほとんどなのです。王宮の侍女と違い、聖女様を納得させられるような学は持ち合わせておりません」


 嫌味でもなんでもない。これは本当のことだ。

 ミアズマランドだったこの土地では、毎年多くの領民たちが亡くなった。

 両親を病気で失った子ども。夫を魔物に食い殺された妻。

 そういう者たちに直接支援金や雇用の機会を与えるのが、クロムウェル領の習わしだ。先代も、もちろんメリーアンやユリウスだってそうしてきた。

 だからこの屋敷に住み込みで働く人々は、貴族社会に少しも触れたことのない領民が多い。


「ひどいわ」


「……何がです?」


「あなたも、メリーアンさんに命じられて、私に意地悪しているんでしょう? 私がユリウスの子どもを妊娠したから」

 

 エイダはポカンとしてしまった。

 全く話が通じなくて、本当にズキズキと頭が痛くなる。

 

「私はあなた方を救った聖女なのに、どうしてこんなひどい扱いを受けないといけないのかしら……」


 そう言って、ハラハラと涙を流す。

 もちろんこの国を救ってくれたことは、感謝しても仕切れない。

 でもそれとこれとは別問題だ。この国を救ってくれたからといって、エイダにキャパシティを超えることを強制する権利など、ララにはない。


(ひどいのはどっちよ。あなたのせいでメリーアン様は、メリーアン様は……!)


 数日前の、マルトーとユリウスの会話を思い出す。

 メリーアンに命の危険が迫っていると聞いて、エイダは眠れない日々を送っていた。


 揉めている声が聞こえたのだろうか。

 王宮から連れてきたという侍女のローザが、目を釣り上げて部屋に入ってきた。


「全く、使えない使用人だとこと! こんなの、王宮ではすぐに準備させましたよ!」


「……では、あなたがやってください」


「な! わ、私は……!」


 そう言い返すと、ローザは真っ赤になって口籠もった


(知っているわ。あなただって貴族じゃないってこと)


 メリーアンの出自を散々馬鹿にしていたが、自分は貴族ですらないのだ。

 別に貴族だからと言って、その身が平民よりも尊いわけではない。

 命は皆平等だ。それでも人が貴族を敬うのは、責任を持って、領地を収めてくれるからだ。


(聖女様はともかく、あなたのような人を立てるギリなんか、これっぽっちもないからね)


 ふん、とエイダは鼻をならす。

 ローザは顔を歪めて、ララに言った。


「クビにしてしまいましょう、こんな無礼者」


「そうね……。意地悪をする人は、好きではないわ?」


 そう言って、ララは困った子どもでも見るような顔をして、首を横にことんと倒す。


(好きにすればいいわ。私がお仕えしているのは、メリーアン様とユリウス様お二人の『クロムウェル家』だったのだから)


 そこにメリーアンがいないのなら、もういい。

 エイダは一礼すると、さっさと部屋を去った。

 気づけば、涙がじわりと浮かんでいた。


(メリーアン様は、いつも自分は女主人なんて向いていないのよって笑っていたけど……そんなことないわ。あなたほどこの屋敷にふさわしい人はいない)


 確かにメリーアンは、物語の主人公、というには少し地味かもしれない。

 けれど何よりも、彼女は一生懸命だった。

 死にゆく領民たちのために流したあの悔し涙を、忘れることはできない。


(それに、あの根気強さには誰も敵わないわ)


 はるか昔からこの厳しい土地に住むクロムウェル領民の根性たるや、どの地域の者たちにも敵わないだろう。

 そしてメリーアンは、そんな領民たちと同じように、しっかりとその気質を受け継いでいた。


(メリーアン様、どうかご無事で)


 エイダは流れる涙を拭って、前を見据えた。

 

     *


 ──主寝室。


「あの無礼な侍女には、新しい働き口を紹介してあげましょう」


 ベッドで休むララの隣で、ローザが意地悪そうに微笑んでいた。



第1章 終


★後書き

お疲れ様でした&ここまで読んでいただきありがとうございました!

今週2章(5話程度)を投稿し、3章くらいからガッツリ聖女側と戦っていくので、もうしばらく妖精さんのお話を楽しんで頂ければと思います( ´ ▽ ` )

季節の変わり目ですので、皆さんも体調にはお気をつけて( ;∀;)

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