廃墟の女王
「そこどいてぇーっ!」
ドラゴンの口に飲み込まれそうになった時。
甲高い少女の声がホールに響いた。
「!?」
「うぎゃああああ!」
暴れ回る箒にぶら下がった少女が、間一髪のところでドラゴンに激突した。凄まじい勢いに、ドラゴンも少女も弾け飛ぶ。
少女は床にゴロゴロと倒れ、ドラゴンもきゅう、と伸びしてしまった。
「だ、大丈夫!?」
「うぎゅうぅ……」
慌てて駆け寄れば、少女は完全に目を回していた。
額に大きなたんこぶができている。
「たぁすけてくださぁいいいいい!」
オロオロしていると、今度は真っ白な神官服を着た少女が、泣きじゃくりながらこちらに走ってくる。彼女の背にいたものを見て、メリーアンは再び失神しそうになった。
あれは魔法生物の部屋にいた、ユニコーンとペガサスだ。底飛行しているのは、グリフォンだろう。まるで猛獣が獲物を見つけたかのように、プリースティスの少女を追いかけ回している。
「神よーーっ!?」
少女は泣き喚きながら、真っ直ぐにこちらへ向かって走ってきた。
頼むからこっちに来ないで!
そう思ったけれど、少女は止まらない。
メリーアンは完全に腰を抜かしてしまった。
「おわぁああああ!?」
着ているローブの丈が長かったのだろう。
少女は裾をふんずけて、盛大に顔面から転んでしまう。
「神よ! 私を見捨てなさったのか!? なぜこのようにローブの丈を長くしたのですかーっ!」
「どう考えてもローブの丈を詰めなかったお前の怠惰のせいだろう!」
猛獣たちに食べられそうになっていた少女を、間一髪で突然現れたスキンヘッドの男性が引っ張り上げ、なんとか助けた。
スキンヘッドの男性が何かキラッとしたものを遠くへ放り投げると、猛獣たちは目を輝かせてそれを追う。
「失礼、お嬢さん」
「な、な、な……」
泡を吹いて失神しそうになっているメリーアンに、スキンヘッドの男性は申し訳なさそうな顔をした。
「マグノリアの婆さんが死んでからこっち、博物館は毎夜こんな感じさ。フェアリークイーンが認めた鍵の管理人がいないから、理性を失くしてやがる」
「ふぇ……?」
「だが、あんたが来たということは、それも今日で終わりかもしれないな」
「な、なんの、はな……」
最後まで言えなかった。
気絶していたブルードラゴンが起き上がったのだ。
スキンヘッドの男性は舌打ちすると、メリーアンの手を引っ張って立たせた。
「すまんが俺たちにゃあ、止めてやることしかできん。ほら、行け!」
「うひゃあああ!?」
背中を押され、メリーアンは妖精の展示室へと一直線に突っ込んでしまった。
*
間一髪。
メリーアンは部屋に飛び込むと同時に、うまい具合にドアが閉まった。背中から爪でガリガリと引っ掻くような音が聞こえてきて、腕に鳥肌がたつ。
「ひぃっ!」
メリーアンはドアを背にしてずるずると座り込んだ。
ドアの向こうでは、凄まじい咆哮が聞こえてくる。
「はぁ、はぁ……私、とうとう気が狂ったんだわ!」
浮気されたショックで、頭がおかしくなったのだろう。
だってそうじゃないと、こんな状況を認められるわけがない。
姿の見えない声に、動く剥製、グリフォンにペガサス、ユニコーン……。
「お願い、夢ならどうか覚めて」
そう思いながら、ゆっくりと目を開いたメリーアンの表情が、凍りついた。
「!?」
う、そ……。
メリーアンの唇から、吐息のような声がこぼれ落ちる。
──今度こそメリーアンは、野外に出ていた。
それも、深い森の中。
生い茂る木々と水の湿った香りが、メリーアンの鼻をくすぐった。
ここは、妖精の展示部屋のはずだった。
木々や水は、作り物だったはずなのに。
室内は、完全に森の中になっていた。
『キャハハ!』
『キキキっ!』
そしてあちこちを飛び回るのは、展示室に展示されていたはずの小さな妖精たちだった。ものすごい数の妖精たちが、はしゃぎ回りながらメリーアンの周りに集まってきた。
『ビクビクしてないでお菓子を頂戴よ!』
『見てよこの顔! 怯えまくって面白い!』
『イジメちゃダメだよ、かわいそう……』
「ひ……」
メリーアンは逃げるようにして、森の奥へ走る。
森を抜けると、突然視界が開けた。
「!」
草原だ。
奥にはいくつもの背の高い廃墟や、何に使うか分からない壊れた機械──とてもメリーアンの時代では開発できないような代物だ──があちらこちらにあった。
廃墟や機械は植物に侵食され、空から降り注ぐ柔らかい日差しを浴びて、穏やかな様相をしていた。まるで滅びた文明を見ているような、そんな気持ちになる。
「何、これ……」
唖然としながらも歩みを進めれば、奥にあった崩れたドーム状の建物の中心で、何かが光った。
思わず目を閉じると、どこからともなく呆れたような声が聞こえてくる。
「ふぅん。全く、老婆が死んだと思ったら、今度は若すぎる娘が鍵の管理人というわけ」
「!?」
目を開ければ、一際強い輝きを持つ、蝶の羽を背につけた小さな女性が、蔦の絡まる壊れた石の玉座に座っていた。
壊れた天井から降り注ぐ光が、女性を幻想的に照らしている。
──フェアリークイーンだ。
あのフェアリークイーンの人形がメリーアンを見つめていた。
けれどそれはもう人形ではない。そこには確かに、魂が宿っている。
クイーンのあまりの美しさに、メリーアンは声を失ってしまった。この世にこれほど美しいものがあるなんて、知らなかった……。
呆然とするメリーアンを、クイーンはじっと見つめた。
「まあでも、十分に才能はあるようだわ」
「……?」
「お前が次の鍵の管理人のようね」
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