夜が明けて

「……鍵の、管理人?」


「そう。正確には、管理人の資格を持つ者」


 なんの話をしているのか、さっぱり分からない……。


「全く、老熟しすぎた死に損ないが来たと思ったら、今度は青すぎる未熟者だこと。ちょうど良いものが来た試しがないわ」


「……な、なんのはなし?」


(というか、なぜ二百年前に滅んだはずの妖精が、生きているの?)


 メリーアンは混乱しっぱなしだ。


「鍵の管理人の話。お前には才能がある。それも一番難しい、妖精の展示室を管理する才能が」


「……?」


 真っ青を通り越して、真っ白になって震えているメリーアンが、いっそ哀れになったのだろう。クイーンは肘掛けに肘をついて、おおあくびをした。


「……あの、どうしてあなたは生きているの? 二百年前に、滅ばされたはずではなかったの?」


 そう尋ねると、クイーンは眠そうな顔で言った。


「私たちは滅んだのではない。肉体を置いて、別の惑星に移住したのだ。お前たちとは〝生〟の定義が違う、別次元の生命体になった」


 惑星。

 別次元の生命体。

 分からない言葉だらけで、余計にメリーアンは混乱してしまう。


「妖精の展示室は、私たちが住む世界に繋がっている。人形として形作られたものだけが、展示室を出ることができる」


 クイーンはどこか懐かしむような表情を浮かべていた。


「私たちは故郷を追われ、この文明が滅びた星へ移住を余儀なくされた」


「……」


「ここでの生活も悪くはない。しかし私たちは、いつか生まれ育った故郷へ帰りたいのだ」


 それではあの扉を潜って、戻って来ればいいじゃないか。

 メリーアンはそう思ったが、恐れ多くて口にできなかった。妖精たちを追い出したのは、メリーアンたち人間だ。そんな無神経な言葉を彼女にかけるわけにはいかなかった。

 そんな思いを汲み取ったのか、クイーンは微笑んだ。


「お前たち人類が進化し、我々と共存できるようになるまで、この地を出るつもりはない。妖精の展示室に来る人々を通して、私はお前たち人類を観察している」


(よく分からないけど……あの展示室に来る人々を見て、自分たち妖精族がこの地に帰ってくるタイミングを見計らっている、ということなのかしら)


 メリーアンはだんだん冷静になってきた。

 もうこれは夢に違いないと思ったのだ。


「……じゃあ、どうして博物館の展示物は、夜になったら動き出すの?」


 そう尋ねると、クイーンは困った顔をした。


「ルミナスが出ている間は、どうしても魔法の力が強まって、展示物に命を吹き込んでしまう。それに悪戯好きの妖精たちは、常に展示室を出たがっている」


 どうやら展示物が動くのには、クイーンも困っているらしい。


「妖精の展示室の管理人は、妖精たちを落ち着かせて、あの博物館を守ること。妖精たちがトラブルを起こせば起こすほど、展示物たちは騒がしくなり秩序を乱す。しかし私たち妖精はあの博物館を通じて、人類を観察しているのだから、あの場所がなくなってしまったら困る」


「……」


「これは二百年前よりアストリア王と交わした盟約だ。アストリア王は我々を排除したことを深く後悔した。いつか人類が進化し、共生できるだけの知恵がついたならば、この地に戻ってきて欲しいと私に嘆願したのだ」


 だからクイーンは、あの博物館を基点とし、人々を観察している。

 そしてその手助けをするのが、管理人の仕事。

 今は妖精の展示室の管理人がいないから、他の展示物が暴れ回っているのだという。


「管理人がいれば落ち着く。お前は管理人の才能がある。ならばお前のやることは一つ。妖精の展示室の管理人になりなさい」


「……私、は」


 そんなこと、できっこない。

 婚約者の心一つ繋ぎ止めておけなかったメリーアンが、そんなこと、できるわけが。

 

 メリーアンはあの件で、様々ものを失ってしまった。

 地位、財産、名誉。

 愛や人を信じる気持ち。

 自信もまた、失ってしまったもののを一つだろう。


「……できないわ。私、妖精のことなんて、何一つ知らないもの」


 それにそんなこと、やりたくなんかない。

 もう何も考えず、消えてしまいたいのに。


「やったこともないのに、なぜそう言い切れる?」


「……」


「見る目があっても、道端の石ころしか見ないような目では、素質があっても管理人にはなれないわ」


「……?」


 クイーンはダダをこねるような子どもを微笑ましく見るような目をしていた。

 それからパチン! と指を鳴らすと、メリーアンの視界がグニャリと歪んだ。

 

「見よ。その曇りなき目で」


「っ!」


「そしてこの博物館を守っておくれ」


 クイーンはそう言って、微笑んだ。


     *


「……」


 目を覚ますと、どこかで見たことのある天井が視界に入った。

 真っ白な天井。メリーアンが慌てて起き上がると、それは先ほどまでいた、救護室だった。


「嘘、さっきの展示物たちは……?」


 慌てて当たりを見回す。

 けれど救護室の中は静かだ。カーテンからは、夜明けの光が見えていた。

 どれほど長い時間、ここで眠っていたのか。


「なんだ……夢、だったのね……」


 メリーアンはホッとして、涙が出そうになった。

 展示物が動いたのも、フェアリークイーンと不思議な会話を交わしたのも、全て夢だったのだ。

 悪夢を見た後の、心の底から安心した感覚が体を包む。


「ねえねえ、夢って何のハナシ?」


「何って、さっきの……」


 ひ、とメリーアンは息をのんだ。

 突然視界に現れたのは、額に大きなガーゼを貼ったショートカットの少女。あの、箒に乗ってドラゴンに激突した女の子だ。キョトンとした顔でメリーアンを見つめている。

 メリーアンがポカンとした顔をしていると、少女はにっこり笑って言った。

 

「あ、初めまして! さっきはごめんね! 私、夜間警備員のドロシー! あっちのベッドで気絶してるのがミルテアと、トニだよ! トニは魔導書にお尻を噛まれたとかなんとかで気絶しちゃったんだって。ミルテアはグリフォンに引き摺り回されたみたい」


「……」


「エド隊長とオルグは、鍋婆の鍋にぶち込まれたネクターを救出中!」


 聞いているだけで腰が抜けそうになった。

 メリーアンはガタガタと震え出す。


「あなた、すっごいね! 妖精の展示室の管理人がこんなに若いなんて、私聞いてことないよ!  ぜひ名前を教えて?」


「ひ、ぁ……」


「ヒアちゃん? 変わった名前だねー!」


「いやぁーっ」


 メリーアンは絶叫して、とうとう気絶してしまったのだ。


     *


(こんなの嘘よ! 絶対に悪い夢だわ!)


 メリーアンは夜明けの街を全力疾走していた。

 結局、昨夜のことは夢ではなかったらしい。

 気絶から回復した後、荷物を持ってあの博物館から飛び出してきたのだ。


「待って! 乗るわ!」


 朝一番の馬車が、待合所から出発しようとしていた。

 メリーアンは走って御者に声をかける。

 ゼエゼエと息を切らすメリーアンに、御者はギョッとしていた。


「はあ。乗るのはいいけど、うちの馬車は前払いだぜ」


「はぁ、はぁ……もちろんお金ならあるわ。ちょっと待って」


 そう言ってトランクケースの中をひっくり返す。

 しかしお金を入れた巾着が見つからない。


「あれっ?」


 ない。ない!

 カバンの中をガソゴソと漁ったが、お金も、お金の代わりになりそうなものも、全てなくなっていた。

 ふとメリーアンは思い出した。

 オリエスタに来る前に乗っていた馬車で、旅人と会話をした。確かその前、何かゴソゴソと音がして、目が覚めたのだ。


 メリーアンは真っ青になった。

 お金を取ったのは、あの旅人かもしれない。

 それか、メリーアンが気絶している間に、あのおかしな警備員たちに取られた?


「金がないんじゃあ乗せられないな」


「ま、待って!」


「すまないが、また今度な」


 馬車の御者は肩をすくめると、無情にも馬に鞭打った。

 去っていく馬車を見ながら、メリーアンは地面に崩れ落ちた。


「全部夢だと言って」


 どうか悪夢だと。

 できれば、ララがやってきたあたりから。

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