妖精の展示室

 メリーアンが一番心を奪われたのは、魔法の主たる妖精の展示だった。


 もうすぐ閉館だ。

 早く宿を取らないと泊まる場所がなくなってしまうというのに、館内を一周回った後、メリーアンは一番最初の部屋に戻ってきた。


 神秘の森を模した薄暗い部屋の湖に、美しく微笑むフェアリークイーンと、妖精たちの姿があった。展示の説明には、大きくこのような文言が書かれている。


〝かつて魔法は、妖精族のものであった〟


 メリーアンが暮らすこの大陸には、かつて妖精が住んでいた。

 人々は妖精と共存し、妖精から魔法を学んで生きていたのだという。

 けれど強欲な人々はさらに豊かになろうと、人を殺せるような、危険な魔法を教えて欲しいとクイーンに乞うた。

 妖精たちは、教えることを拒んだ。

 怒った人間たちは、妖精たちの領域に踏み込み、彼らを惨殺して魔法を奪った。

 そうして人間は栄えたが、妖精たちは滅び、二度と新しい魔法が生み出されることはなかったという。

 その証拠に、二百年たった今でも、クラス10以上の魔法は生まれていない。


 またフェアリークイーンがいなくなったせいで世界の均衡が崩れ、ミアズマが生まれるようになったとも言われている。


(あなたは、人間のことを愛してくれていたのに。裏切られて、どんな気持ちだったのだろう)


 刹那、ユリウスの顔が脳裏に浮かぶ。

 メリーアンは唇を噛んで、首を横にふった。


「……嫌な歴史。嫌いだわ」


 博物館には、自分の国が嫌いになるような、そんなものも展示されている。

 直視したくないような歴史。

 美しいだけではなく、悲しくて、怒りが込み上げてくるような歴史もある。

 そういうものを見ると、メリーアンはアストリアのことが心底嫌いになってしまいそうになるのだった。

 俯いていると、不意に声をかけられた。


「好きも嫌いもねェよ。あるものを、あるがままに展示する。そして人は歴史を受け入れるだけだ」


 はっと振り返ると、男性が一人、入り口にもたれかかってじっとメリーアンを見つめていた。

 レンジャーのような、騎士服のような、独特な制服を来た男性だった。先ほどエントランスで、メリーアンを見つめてきたあの男だ。


 ここの、警備員なのだろうか。腰のベルトにいくつもの鍵をぶら下げている。

 銀色の髪に、薄紫の瞳。陶器のような白い肌に、すっと通った鼻梁。

 あまりの美しさに、メリーアンは息を呑んでしまった。


(この人……どこかで、見覚えがあるような)


 あの研ぎ澄まされたような、アメジストの瞳。

 確か、王宮で──。


「あんた、その展示が気になるか?」


 何か、思い出しそうになった時。

 男はメリーアンの思考を遮って、そう尋ねた。


「え?」


 突然馴れ馴れしく話しかけられて、メリーアンはしどろもどろになってしまった。


「え、ええ。とても綺麗だし……」


「……そうか。だが、もうすぐ閉館だ」


「あ」


 部屋にあった時計を見れば、いつの間にか時刻は午後五時を回ろうとしていた。


「……ごめんなさい。私、すっかり夢中になっていたみたいで。それじゃあ」


 そう言って男のそばを通り抜けようとしたとき。

 メリーアンの視界がグニャリと歪んだ。


(え?)


「……っ」


 体に力が入らない。

 妙に視界がスローになり、ゆっくりと床が近づいてくる。


(そういえば私、いつからごはん、食べてなかったんだっけ……?)


 食事だけじゃない。

 眠れない夜を過ごし、体力は限界を迎えていた。

 迫りつつある地面を見ながら、メリーアンはゆっくりと目を瞑った。


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