魔法史博物館

「わぁ……」


 エントランスに一歩踏み出したメリーアンは、思わずため息を着いた。

 ホール状になった天井には、深い青に金色の絵の具で星座が描かれ、その昔大空を駆けたというドラゴンの巨大な標本が、吊り下げられていた。

 大理石の床は、巨大な星座盤の柄をしている。

 博物館独特の深みのある匂いがして、メリーアンの顔に自然と笑顔が浮かぶ。


「すごく綺麗だわ」


 ホールに立ってあちこちを見渡していると、二階へと続く大きな階段の横に、騎士のような服装をした人々がいた。何やら頭を寄せ合って、話し込んでいる。


(警備員さんかしら)


 その中にいた男性の一人が、不意にこちらを向いた。

 銀色の髪の、遠目からでも美しいと分かる男性だ。


「……?」


 男性は、メリーアンを見つめると、目を見開いた。

 メリーアンは思わず、あたりをキョロキョロと見回す。

 どう考えても、自分を見ているようにしか思えないのだが……。

 

(……何かしら?)


 メリーアンはなんだか恐ろしくなって、慌てて目を逸らした。

 それから受付に近づくと、中にいた受付嬢に館内を見学したい旨を伝える。


「ようこそ」


 半分こにしたバウムクーヘンのような受付で、チョコレート色の可愛らしい制服と飾り帽子を被った受付嬢がにっこりと笑った。


「大人一人三百ダールになります」


 小銭がポケットに入っていたので、言われた通りの金額を支払う。受付嬢はその様子をじっと見て、微笑んだ。


「今日はどのようにしてこちらまで来られました?」


「え?」


「あ、ごめんなさい。ご旅行でいらっしゃったのかなと思いまして」


 メリーアンの旅装を見てそう思ったのだろう。

 まさかそのようなことを聞かれると思っていなかったメリーアンは、思わず素直に答えてしまった。


「あー……適当にぶらぶらしていたら、この博物館にたどり着いていたんです」


(しまった。学生だとでも言っておけばよかったわ)


 若い女性が一人で旅行なんて、不審なことこの上ない。

 しかしそれを聞いた受付嬢は、ぱあっと笑顔を浮かべた。


「まあ! それは、素晴らしいことですわ!」


「へっ?」


「だって管理人・・・は、いつもそのようにして現れるもの」


 最後の言葉の意味は、メリーアンにはよくわからなかった。

 メリーアンの様子は気にせず、受付嬢はにっこりと微笑む。


「いってらっしゃいませ」


「あ、ありがとうございます?」


 受付嬢の言葉に首を傾げながらも、メリーアンは奥に飾られている標本に気を取られて、まるで吸い込まれるように足を進めた。


     *


 オリエスタ魔法史博物館は、建物自体が芸術作品のような、二階建ての美しい博物館だった。

 玄関ホールを奥に進むと大きな階段があり、階下には第一展示室から第三展示室が、階上には第四展示室から第六展示室があった。


 その名前の通り、魔法に関する歴史的な資料を収集し、展示しているようだ。

 展示物の種類は大まかに分けると、星占術、呪術、神聖術、魔導書、魔法に使用される道具や衣装、魔法生物、そして魔法の主たる妖精に関する展示があるようだった。


 第一展示室には、幻想の森の湖に住んでいたとされる、フェアリクイーンの人形と、百を超える妖精たちの人形が展示されていた。その一つ一つにキャプションがつけられ、子どもでも理解できるように説明が書かれている。再現されたその部屋の美しさに、メリーアンは息を呑んだ。

 

 迫力があったのは、魔法生物の展示だ。

 ペガサスやユニコーンの標本、ホムンクルスのホルマリン漬け、過去に使用されたと言われる、壊れたゴーレム兵。どれも今にも動き出しそうで、ドキドキしてしまう。


 魔法に使用される道具や衣装の展示では、珍妙な衣装を着たマネキンや、不思議な形をした杖や鍋、ランプなどが置いてあり、とても奇妙かつ目に楽しい部屋になっていた。


 恐ろしかったのは、呪術の展示だ。

 部屋は薄暗くセッティングされており、グツグツと煮える鍋をかき回す鷲鼻の老婆が恐ろしく展示されていた。そのすぐ上には赤い文字で「人を呪わば穴二つ」と大きく書かれている。


(面白い展示ね。魔法に縁のない私でも、楽しく見れるわ)


 メリーアンは博物館を夢中になって見て回った。

 展示物を眺めたりキャプションを読んでいる間、思考の大半を占めていたユリウスとララから解放されたのが救いだった。

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