第二十一話 暗部の者

 俺達が魔獣狩りをしていた頃、辺境伯様の屋敷では、伯父と辺境伯様に詰め寄る男達が居た。


「逆賊ゲーレンス、帝王陛下に対して申開きはあるか?」


「いや、別に無いが」


「きっ、貴様! 我らを謀り第三王子をこれまで生かしていただけでなく、乳母までも生かしあまつさえ妻にしているとは、帝王陛下に対しての反逆は明白だぞっ!」


「はて? 何の事を言っているのか私には分からんな。私は妹の子を亡くなった妹の代りに面倒を見ていただけであるし、我が妻は養護院に勤めていた下女のマーチと言うが、その事で帝王陛下への反逆と言われてもな」


 すっとぼけるゲーレンスに対して怒り心頭の様子の男は辺境伯に向けて言う。


「大公殿下! 貴方まで片棒を担いでいるとはなっ! この事は陛下にご報告しておくぞ!」


 辺境伯はシラッと答えた。


「あー、それ何だがな、ライルよ。お主とお主の部下二人はこの屋敷で快適に過ごして貰おうと思ってな。特別な部屋を用意してあるから、帝都に戻る前にソコで過ごしてくれ」


「何を馬鹿な事を! 我ら三人は今すぐに帝都へと戻る!」


 そう言ってライルと呼ばれた男とその部下二人は部屋から出ようとしたが、ソコでゲーレンスから声をかけられた。


「恩知らずだな、ライル」


 その言葉に驚愕し、更には激昂するライル。


「なっ! 貴様から恩知らずなどと言われる謂れは無いっ!!」


 ゲーレンスはそのまま静かに喋りだした。


「お前たち帝王直属の暗部の者達が何故、帝王に忠誠を誓っているのか俺は知っている。お前たち自身もだが、家族がいる者はその家族までも帝王の呪いまじないをかけられているからだろう。その呪いまじないは逆らうと死だという事も知っているが、我が妹が帝王に無理に犯され、身篭った際に駆けつけてくれたマチルダが、お前たちの事を知り、人知れず呪いまじないを解呪してある。嘘だと思うなら試して見るといい。というか既に心当たりがあるんじゃないか?」


 ゲーレンスの言葉にハッとするライル。


「ま、まさか…… 我らは今回は第二王子殿下の暗殺を陛下こら命令されていた。が、我らとて人の子。あの聡明で優しい第二王子殿下を殺めるのには躊躇していた。従来であれば、陛下の命令を十日以上も遂行してなければ途轍もない頭痛が起こる筈が、今回はそれが起こらなかった…… ゲーレンス、本当に帝王の呪いまじないは解けているのか?」


「解けている。世界最高峰の魔女マチルダにより、完全にな。勿論、お前たちの家族もだ。マチルダは知っていたのだ。お前たちが帝王の呪いまじないにより縛られ、やりたくもない仕事をさせられている事を。しかし、あからさまに解呪した事がバレては元も子もない。だから、お前たちが気がついてくれたらいいなと笑って話してくれたぞ。それを俺は恩だと言っている。知らずに受けていても恩には違いあるまい。だから、恩知らずだと言ったのだ」


 ゲーレンスの言葉にガックリと項垂れ、膝をつくライルと配下の二人。二人のうち一人がライルに声をかけた。


「隊長、我らは恩知らずではありません。これより帝都に戻り家族や他の暗部の者達を連れてこの町の為に動きたいと思います」


 配下の言葉にライルは頷く。


「フッ、そうだな…… 大公殿下、ゲーレンス、我らを受け入れて貰えるだろうか? いや、私は受け入れずとも構わない。だが、私の配下十二名とその家族は受け入れてやってくれないか。頼む、この通りだ!」


 そう言って土下座をするライルを見ながら辺境伯が静かに言った。


「ライルよ、俺はこれから国を興すつもりだ。帝都から独立してな。それにお前も含めた暗部の者達に、情報戦を頼みたい。これまでに培った技術を俺にくれないか? そして、暗部の者達もライルの言う事ならば素直に聞いてくれるだろう。だから、お前自身も死ぬのは許さない。これまで殺めてきた者達を弔うためにも、生きて俺の手足となり動いてくれ」


 辺境伯の言葉にライルは土下座したまま言った。


「我が王よ、仰せの通りに……」


 伏せたライルの顔の下には水たまりがあった……




 ライルが配下二名と共に帝都に戻っていった。ゲーレンスと辺境伯は部屋で話し合いを続けている。


「しかし、マチルダは本当に凄いな。あの帝王の呪いまじないを解呪できるとは!」


「公国では聖女が全面に出てきて魔女は裏に隠されているが、解呪などは聖女よりも魔女の方が優れているんだそうだ。グライド、しかし予定よりもかなり早いが本当に興国宣言を近日中に出すのか?」


「ああ、ゲーレンス。暗部の者達がフレンズに来たら直ぐに出すつもりだ。魔皇国も進撃を始めているらしいしな。帝国ではやっと部隊の編成が終わって帝都を出たようだがな……」


 辺境伯の答えにゲーレンスは顔をしかめた。


「遅すぎるだろう。普通ならば宣戦布告を出した時点で兵を出せるようにしてあるものだぞ」


「それは無理だろう。お前も居なくなり今や帝都には帝王の腰巾着しか居ない。宰相に至っては未だに金を出し渋り、兵の殆どが地方領主の私兵で、しかも糧食なんかもその領主達に用意させてるという話だぞ。うちにも宰相から催促が来たが絶賛無視してる最中だ」


「おい! あのバカの要請を無視してるという事は、あのバカがフレンズに向けて兵を差し向けるかも知れないぞ! あ、いや、それは無いか…… 自分の命惜しさに兵を分散させたりはしないな……」


「その通りだ、ゲーレンス。あのバカにそんな度胸はない。しかし、ここで扱いが困るのが第二王子、第三王子、第三王女だ。俺は俺自身が王として国を興すつもりだが、あの子たちに何と説明したらいいのか考えてるんだ。野心を持っていたら俺の代りに自分を王にしろと言い出すだろうが、そんな事は言いそうにないしな……」


 それを聞いてゲーレンスは言った。


「自分の息子を信じろ、グライド。レイナウドならば上手く説明するだろう」


「そうだな、レイナウドに期待しよう」  


 この時にレイナウドがクシャミをしたかは知る由もないないが…… 二人は話を締めくくり、ゲーレンスは辺境伯にマチルダが帰って来た時に同席してちゃんと庇ってくれよと頼んでいたのだった。


  




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