デュラララチャット

@Vunny

オフ会

(この作品は長編になります。深夜に暇をもてあました時などにお読みください。)

(改行の問題があるので、PCで読まれることをおすすめします。)

(また、この作品は2022年7月に書かれたものですが、チャットの仕様に若干の違いがあります。ご了承下さい。)



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あれは俺が大学に入学してはじめての夏だったと思う。

当時、俺はサークルも入らずバイトもせず、まあなんというか時間を持て余していた。

もちろん、理系の学部に入ったこともあって、授業についていくためにはそれなりに勉強する必要はあったが、大学受験を終えたばかりの俺は、そこまで根を詰める気にはなれなかった。

では何をしていたのかというと、あるチャットサイトに毎日のように入り浸っていた。


そのチャットサイトについて、少し話しておくか。

そこは、自分で部屋を作るようなタイプのもので、人が居ない時でも利用者が100人を下回ることはない。

サイトにアクセスしてすぐに、俺はサイトの一番下にPC部屋があることに気付いた。

大学の授業でC言語を履修していたこともあり、春先から何度も入室しているうちに部屋メンバーの何人かと親しくなり、気づけばその部屋にほぼ毎日入り浸る生活になってしまったわけだ。



ーー 駆け抜ける熊さんが入室しました


いもむしロボ「駆け抜ける熊さん(=゚ω゚)ノぃょぅ。辺境の地へようこそ! WEBサイト: http://vunny.org/」


Vunny:おは

駆け抜ける熊:バニくん、こん!

Vunny:オフ会の場所と時間、覚えてるか?

駆け抜ける熊:千葉のK駅に、明日の午後3時集合!

Vunny:うん あとからケンシロウも合流するから


本当は部屋のメンバーがひとりでも多く集まれることが理想だったが、それぞれの居住地が日本全国に散らばってる以上そうもいかない。

そこで今回は、俺、Vunny、ケンシロウの3人で千葉に集まることになったのだった。


駆け抜ける熊:バニくんとも、ケンちゃんとも話したいゾ

Vunny:わかる

いもむし:熊、このC言語でEncip取得するやつなんだけど・・・

(EncipとはIPアドレスをハッシュ化したもので、チャット内でIDのような役割を果たすらしい。)


駆け抜ける熊:学校の課題じゃないから、そんなに急いでないゾ いもニキの体調の方が大事ダゾ

いもむし:もう上げておいたよ。

Vunny:いもむしちゃん、無理しないで・・・

ぺる:熊くん、ハッシュ値取得のコード書けました

ぺる:いつものところにあげておきますね

駆け抜ける熊:ありがとうダゾ

ぺる:ハッシュ値だけでなく、チャットのログも取得できるようになってます

駆け抜ける熊:さすが、ぺるくんダゾ!


俺は、いつものように、2つのソースコードをダウンロードした。

一瞬迷い、ぺるの方のソースコードを実行する。

なるほど、たしかにテキストファイルが出力されているようだ。


ーー マンゴロギョンギョンさんが入室しました


マンゴロギョンギョン:ハァハァハァハァ♥♥♥♥♥♥♥♥

マンゴロギョンギョン:オフ会なんて行っても、魂を抜き取られるだけヴォイ!

マンゴロギョンギョン:オドレら、ワシと大阪府大阪市東淀川区相川2丁目で(自主規制)するヴォイ!!

Vunny:$kick @マンゴロギョンギョン


ーーマンゴロギョンギョンさんの接続が切れました


Ben:Encipの取得にわざわざC言語使う意味ってあるんかな

noname:ないと思う

2@:ケンシロウ、今度は女が来ないからドタキャンしそうだなwwww

駆け抜ける熊:ケンちゃんとネクラニキは夜勤かあ、寂しいゾ


ーー ドレゲッツさんが入室しました


ドレゲッツ:大阪府大阪市東淀川区相川2丁目で待っとるヴォイ!



スマホから目を離し、PCを見る。

テキストファイルはまだ出力され続けていた。

処理が終わるまで、しばらく時間がかかるかもしれない。

俺は背伸びをして、寝室に向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



平日の午後のためか、電車はガラガラだった。

ドアがしまると、電車がゆっくりと動き出す。

窓の外を見ると、都内の喧騒とした街並みとはうってかわり、田園地帯が続く。

「ふーん、なかなかいいところ」

悪くはなかったのだが、延々と続く景色に飽き性の俺は、ついうとうとしてしまった。

「オフ会なんて行っても、魂を抜き取られるだけヴォイ!」

電車の急ブレーキで、倒れそうになる。


なんだ? 俺は今、なんの夢を見ていた?

「K駅―、K駅です―」

「やべ、降りなきゃ」

俺は夢のことはさておき、慌てて電車から飛び降りた。

スマホからデュラチャにログインする。


ーー 駆け抜ける熊さんが入室しました


「駆け抜ける熊さん(=゚ω゚)ノぃょぅ。辺境の地へようこそ! WEBサイト: http://vunny.org/」

Vunny:おは

駆け抜ける熊:もういる?

Vunny:もう着いてるよ

駆け抜ける熊:今日はよろしくダゾ

Vunny:こちらこそ


俺は部屋の様子をチェックしたが、Vunny以外に知ってるユーザーはいない。


駆け抜ける熊:車で来てるんだっけ?

Vunny:おん

Vunny:ケンシロウもあとから自分の車で来るらしい

駆け抜ける熊:了解ダゾ!


俺はひとつしかない改札を出ると、駅前のロータリーを見た。

何台か車が停まっている。

俺はやや緊張しながら、一番手前の赤い車に向かっていく。

車の近くまで行くと、窓が下りて運転席に座った男に声をかけられた。


「熊か?」

「そうです」

Vunnyは色白で神経質そうな男性だった。

外見はすらっとして、ここ数年で体重が57kgから67kgになったとはとても思えない。

「はじめましてですね」

「おは」

「それ、リアルでも言うんですね笑笑」

「おん」

「いや、あのwwwww」

「はよはよ、乗ってくり。出発しよう」

俺は助手席に乗り込み、ドアを閉めた。



Vunnyの車はエンジン音を立てることなく、滑らかに走る。

俺は窓の外を見ながら、居心地の良さを感じていた。

「今日どこ行くか知ってる?」

「いえ、知らないです」

「今は千葉の北の方にいるんだけど、これから南の方に行こうと思うんよ」

「ケンシロウとも、そこで合流する」

「そういえば、ケンちゃん南に住んでたなぁ」


しばらくして車は九十九里浜に到着し、俺とVunnyは海を満喫した。

ふたりで裸足で海に駆け寄る。

波がざぶんと押し寄せては、引いてく。


「うおおおおおおおおお!!」

「ギャハハハハハハハハ!!」


オンシーズンのためか人もそこそこいたが、鬱陶しいと感じるほどではない。

俺が「ケンシロウみたいに配信とかしたら、めっちゃ楽しそうですね。」と言うと、Vunnyは笑いながら「せっかく海に来たんだから、それはもったいないよ。」と言った。


車に寄りかかって、スマホをいじっているVunnyは険しい表情だ。

「どうかした?」

俺が聞くと、Vunnyはニヤッと笑った。

「ケンシロウが遅れるっぽい」

「え~、ケンちゃん、女の子が居ないからってモチベ低いゾ!」


俺は千葉の雰囲気に慣れ、Vunnyとも打ち解けて、自然と敬語など使わなくなっていた。

Vunnyはスマホで時間を見る。


「もう6時か。夕飯には少し早いけど、どっかで飯食おうぜ」

「やった!」

「てか熊、今日全然ご飯食べてなくない? いつもは『○○くお』とかいって、すぐ退室していくのに」

「いやいや笑」



「ここ何注文してもうまいよ」

Vunnyに連れてこられたのは、海鮮がメインの食堂だった。

わかる。

海の近くにある海鮮の店は大体うまいのだ。

「でも良い店だけあって、意外と高いゾ」

「大丈夫大丈夫、今日はお金のこととか気にしなくていいって!」

「ええ、それは申し訳ないゾ」

俺はメニューを見ながら、ひとりで来た時には絶対に注文しないであろう『海鮮ぜんぶ乗せセット』を注文した。


「あれ? 今日は意外と人が少ないなぁ」

珍しく、チャットルームには人がほとんどいない。

「そういや、今日はいもむしちゃん、がむしゃら行くって言ってたよ」

「いもニキがいないから、みんな入室してこないのかなぁ」

「そうかもね」

物音がして、俺は誰かが自分のすぐ隣にいることに気がついた。

「うおっ!」

「おは、ケンシロウ」

Vunnyが声をかける。


「おは」

ケンシロウは背が高く、黒いTシャツを着た男性だった。

髪型は『ノクティス・ルシス・チェラム』とは似ても似つかない。

「全然ノクティスじゃないゾ!!」

ケンシロウは不意をつかれたように「あ、ああ」とだけ言った。

「ケンシロウの分は出さないぜ」

「わーってるよ」

ケンシロウは俺の側の席にどかっと座り、「それうまそうだな」と言って、俺と同じ『海鮮ぜんぶ乗せセット』を注文した。



店を出て駐車場にくると、Vunnyが「どの車で来たの?」と聞く。

「あれ」とケンシロウは白い車を指差す。

「わ」ナンバーだ。

「レンタカーか。最近は意外と安いもんな」

「そうそう」

俺は、一瞬なにか違和感のようなものを覚えたが、それがなにかはわからなかった。


そういえば、とケンシロウがつぶやく。

「このへん、心霊スポット多いぞ」

「え、そうなん?」

怖がりな俺とは対称的に、Vunnyは興味をひかれているようだった。

「そうか、ケンシロウはこのへん地元だもんな」

「バニくんって、怖いのとか平気なん?」

「全然、めっちゃ怖がり」

言葉とは裏腹に、Vunnyはワクワクを隠しきれてはいなかった。


「まあ、心霊スポットとかはやめよう」

「お、おう」

「せやな」

ケンシロウも同調する。


「ところで、心霊スポットとは違うんだけど、ちょっと行ってみたいところがあるんだよね」

Vunnyが切り出す。

「どこなん?」

「この近くにずいぶん前から人がまったく住んでない集落があって、そこは夜になると結構雰囲気出るよ」

「心霊スポットじゃねーか!!」

俺とケンシロウは同時に声をあげる。


「いやいや!心霊スポットとか、そういういわくつきの場所じゃない」

「静かな場所だし、そこでチャットルームにログインして遊ぼうぜ」

俺はあまり気が進まなかった。

「ネットとかつながるん?バニくんってPCでチャットしてるイメージがあるけど」

「大丈夫、スマホのテザリング機能でどこでもPCを使えるよ」

「そうするか」

ケンシロウは、どこでもいいと言うように調子を合わせた。


俺たちはコンビニでおやつと飲み物を買い、2台の車でその場所へ向かった。



「すごいな、全然明かりがない」

窓の外を眺めながら、俺は口を開いた。

千葉の田舎を舐めていたかもしれない。

「そうそう。このへんはこの時間になると、もう真っ暗よ」

時計を見ると、午後8時を回っていた。

「この先に本当に集落なんてあるの?」

「ははっ、大丈夫大丈夫」

正直怖いと思った。

でも、せっかくケンシロウも合流して3人で遊ぼうというのに、その場の雰囲気を壊したくはなかった。



「はい、到着」

「おお・・・」


なんというか、思い描いていた集落のイメージではなかった。

廃墟と思われる古民家が数十メートルごとに立ち並び、集落の中央には広場とよべるようなスペースがある。

集落全体は深い森に囲まれ、どこからか何かが飛び出してきそうだった。


「雰囲気あるなあ・・・」


Vunnyは中央の広場方向にむかって歩き出し、そのすぐ後ろを俺もついていく。

広場には大きな木のテーブルと、向い合わせのイスのセットがいくつもあった。

新しいものではないかもしれないが、深夜の密会には十分すぎる。

「へえ、なかなか良いじゃん」

ケンシロウがコンビニで買ったおやつを持って近づいてくる。


Vunny「何買ったの?」

ケンシロウ「酒」

俺「ケンちゃん、ダメだゾ」

Vunny「なんだっけ、飲んだ酒の量に対して一定の時間が経てば運転してもOKみたいな基準あったよな」

ケンシロウ「未成年でも、ノンアルなら飲めるだろ」

ケンシロウ「ほらよ」

俺はケンシロウから飲み物を手渡された。



ーー 駆け抜ける熊さんが入室しました


ーー ケンシロウさんが入室しました


ーー Vunnyさんが入室しました


駆け抜ける熊:あれ、誰もいないゾ

Vunny:待ってれば、そのうち来るでしょ

Vunny:$sakamata

いもむしロボ:(さかまたの画像)



暗闇に3つの明かりが灯る。

俺のスマホ、ケンシロウのスマホ、テーブルを挟んでVunnyのPC。


ケンシロウ「なんかここ接続悪い。Wi-Fi借りていいか?」

Vunny「ほい」

Vunny「しゃーない。全然人居ないし、えっちな画像でも貼るか」

チャットルームに、えっちな画像が何枚も貼られていく。


ーー nonameさんが入室しました


いもむしロボ「nonameさん(=゚ω゚)ノぃょぅ。辺境の地へようこそ! WEBサイト: http://vunny.org/」


駆け抜ける熊:あっ・・・

Vunny:あっ・・・


ーー nonameさんが退室しました


Vunny:の、noname~!!

駆け抜ける熊:いや草


それから30分もすると部屋の人数も増え、チャットルームはいつも通りの様相を見せた。


Ben:3人で写ってる写真とかないの?

ケンシロウ:写真はのせないです

いもむし:ケンちゃん、女の子がいなくて残念

ぺる:私も千葉の南の方には何度か行ったことがありますよ

Vunny:んなぁ

ネクラマンサー:千葉はキョンが大量発生!


Vunnyとケンシロウは、アルコール度数の低い酒を飲み、ほろ酔い状態になっていた。

ケンシロウのツイキャスで配信したら面白そうだなぁ、などとふわふわした考えが浮かび、ふと自分の手元に目が吸い寄せられた。


駆け抜ける熊「ちょっと、ケンちゃん!これ、ノンアルじゃない!」

ケンシロウ「え?そうだっけ」

Vunny「アッハッハッハ」

Vunny「さて、おしょんべんしてきますわよ」

駆け抜ける熊「いてら!てかそれ、いもむし!笑」


Vunnyは席を立ち、ふらふらと森の方へ歩いていった。

広場から森までは、かなりの距離がある。


俺はケンシロウに前から気になってたことを聞いてみた。


「あのあと、はなぴえんの件はどんな感じ?」

「え?」

「ああうん、悪くはない・・・と思いますね、はい」

「ええ~、あれだけ連絡きてない言ってたのに、ケンちゃんも隅に置けないゾ」

「うんうん」


なんというか、イマイチな反応だった。


俺はケンシロウからスッと離れ、Vunnyの側の席に移動する。

VunnyのPCはロックされておらず、画面にはいくつもフォルダが並んでいた。

「バニくん!いくら友人と一緒にいるからって不用心ダゾ!」

「えー、なになに・・・」

「風景、生き物、スクショ、面白い画像、会話画像、、、、」

わかりやすい名前が付けられたフォルダの中に、ただ『x』とだけ名付けられたフォルダがある。

それは、ひときわ俺の目を引いた。

俺は男だからわかる。

たしかに、こういうのはシンプルなフォルダ名にしがちだ。


「はいこれ、絶対えっちなやつ~~!!」


あらかじめ断っておくが、俺だっていつもは他人のPCを勝手にのぞき見るような不誠実な男じゃない。

ただその時は、酒が入った高揚感と、ケンシロウの薄いリアクションへの苛立ちもあって、衝動的に行動してしまっただけなんだ。


俺の悲鳴は声にならなかった。




クリックした先にあったのは、おびただしい数の死体の画像だった。




「・・・・」


衝撃のあまり、目をそらすこともできない。

スーッと酔いがさめていくのを感じた。


どの画像も首元に青い痣がある。絞殺だろうか。

素人だから確かなことはわからないが、肌の質感からして若者かもしれない。

ネットで拾ったものではないな、と俺は直感した。


俺の目は右下のファイルに吸い寄せられた。




ファイル名:2022_0205.mp4




「ど、動画・・・?」

それがどんな動画なのか、サムネから容易に想像できる。

もうたくさんだ。

俺はこみ上げる吐き気をおさえ、ケンシロウに話しかけた。


「なあ、もう出発しない?」

「え?笑」


ケンシロウの遅い理解への苛立ちと、迫りくる恐怖とで頭がどうにかなりそうだった。

「出るんだよ!今すぐここを!ケンシロウ!!」

俺はケンシロウの肩を揺さぶり、背中を叩いた。

ケンシロウは缶を片手に、ひどく迷惑そうな顔をした。


「前金もらってるし、もういっか」

鬱陶しそうに前髪をかきあげる。

「俺、その『ケンシロウ』とかいう人じゃないっすよ」


「え?」


「あの人に頼まれたんすよ」


「・・・は?」


絞り出した声はひどくかすれて、到底自分の声とは思えなかった。


「○○っていうチャットサイトで(俺がいたものとは別)であの人と知り合って、時々アマギフもらってこういうお遊びに付き合ってるだけっすよ」

「今回は、『ケンシロウ』っていう役柄で」


「お遊び? 人が死んでるかもしれないのに?」


「は?」


もしかすると、この男はVunnyの正体を知らないのかもしれない。

恐怖で硬直していた体に、どっと安堵が混ざり込んで弛緩し、倒れそうになる。

俺はなんとかテーブルに手をついて体を支えた。


「無職がバイト代出せるのか?」

「多分ですけど、無職じゃないですよ、あの人」

俺は食堂の駐車場で感じた違和感の正体に行き当たった。


そうか・・・Vunnyの車のナンバーは「わ」ナンバーじゃなかった・・・


無職が・・・車を持てるはずがない・・・


森から、人影が近づいてくるのが見える。Vunnyだ。

大きく手を振って、ゆっくり近づいてくる。

俺はVunnyが、台車のようなものを引っ張っているのに気がついた。

Vunnyはそれを体の後ろに隠し、こちらからは何が積んであるのかは見えない。



「はやく、、、はやく車を出せ!!」

俺は偽物のケンシロウの背中をめいいっぱいの力で叩き、耳元で「殺されるぞ!」と囁いた。

状況を理解したのか、彼は突然立ち上がり、車に向かって猛ダッシュした。


Vunnyと俺たちとの距離は、ゆうに百メートル以上はあったと思う。

でも、Vunnyのぽつりとこぼすようなつぶやきは、確かに俺の耳に届いた。


「へえ、気付いたんだ・・・」


言うが早いか、Vunnyは台車から手を離し、おそろしい速さでこっちに走ってくる。

手に何か持っている。束ねられた何か・・・ロープだ。


「うわっ!」


俺は体をよじり、全速力で車の方向に駆け出した。

これまでの人生で、こんなに速く走ったことはない。

地球上のどんな生き物よりも速く走った。

痛む肺に手を当てながら、俺は自分のユーザー名の本当の意味を知った。


「はやく、はやく!」

息も絶え絶えで汗ばむ手で車のドアをあけ、助手席に飛び込む。

ドアを閉める手間さえ惜しい。

俺は「出発!はやく!!」と大声をあげた。

偽物のケンシロウは、一瞬、なにかの冗談なんじゃないかと期待する素振りをみせたが、俺の形相をみて、諦めたようにアクセルを踏んだ。


暗闇から、一瞬Vunnyの笑い声が聞こえた気がしたが、俺にはもう何かを気にする余裕はなかった。



偽ケンシロウの運転は荒っぽく、俺は何度も体を前後に揺らされた。

クソッ・・・こんなことなら自動車免許を取っておくんだった。


「ここから一番近い駅でいいか?」

「待って、今考えてるから・・・」


逃げ切れないリスクも恐ろしいが、Vunnyに自宅を特定されたらと思うと震えが止まらない。

警察に行くべきだろうか?

行くとして、どこの警察署に行けばいい?

そもそも、あの画像や動画は本物なのか?


嫌だ。


俺はもうこれ以上、この件に関わりたくない。

偽ケンシロウにVunnyの息がかかっている以上、この車にGPSや盗聴器が仕込まれている可能性も捨てきれない。

だが、こいつは金で動く。


恐怖の中で導き出した答えは、今でも最適解だったと信じてる。


「1万円払う。船橋駅に全速力で向かってくれ」

「いいよ。JRと京成どっち?」

「どっちでもいい」


手痛い出費だが、背に腹は代えられない。



船橋駅は、JRと京成線がほぼ隣接している。

俺がどちらに向かうのかは、Vunnyがこの車にぴったり尾行し、監視してなければわかるはずがない。

駅の近くには交番もあるので、Vunnyも距離を詰めにくいはずだ。


「ありがと、じゃ」


俺は偽ケンシロウに1万円を手渡すと、ダッシュでJRの方に向かった。

ここから新宿駅に向かう。

そこまでの乗客も多いはずだ。Vunnyが俺に対して、なにかできるとは思えない。

新宿まで行けば、今の時間なら警察がうようよいるし、逃走経路は無数にある。

あんま都民舐めんなよ。俺は電車に飛び乗った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



快適な目覚めだった。

ベッドから起き上がって、コーヒーを淹れる。

昨日は、なんとか自宅まで逃げ切ることができたが、これからどうなってしまうんだろう。


「・・・・」


不吉な考えが脳裏に浮かび、俺は頭を振ってそれをかき消した。

PCの前に座って、マウスを動かす。


「あ、もう終わってたんだ」

ぺるのソースコードが、テキストファイルを出力し終えていた。

「どれどれ・・・お、ほんとだ会話ログが保存されてる!」


カチ・・カチ・・・


「いやこれ、全部の部屋の会話ログじゃん」

「どうりで時間がかかるわけだよ・・・」


俺はもう1つの方のファイルに目を向ける。


「こっちがEncipか」


ファイルを開き、スクロールする。

俺は、思わず椅子から転げ落ちそうになった。






  ユーザー名                Encip


いもむし◆dYIEEzc3Fk +LTHT/g0aYApOrl8moCBLmufb5dkVL28tP29Abz9dIs=

おやつ◆oPfk9tOryc  +LTHT/g0aYApOrl8moCBLmufb5dkVL28tP29Abz9dIs=

ケンシロウ    +LTHT/g0aYApOrl8moCBLmufb5dkVL28tP29Abz9dIs=

ネクラマンサー   +LTHT/g0aYApOrl8moCBLmufb5dkVL28tP29Abz9dIs=

はなぴえん    +LTHT/g0aYApOrl8moCBLmufb5dkVL28tP29Abz9dIs=

ぺる◆x1q99aGcqM   +LTHT/g0aYApOrl8moCBLmufb5dkVL28tP29Abz9dIs=

Ben◆g00aVk6JOM   +LTHT/g0aYApOrl8moCBLmufb5dkVL28tP29Abz9dIs=

noname         +LTHT/g0aYApOrl8moCBLmufb5dkVL28tP29Abz9dIs=

Vunny◆VunnyemWQs +LTHT/g0aYApOrl8moCBLmufb5dkVL28tP29Abz9dIs=

2@          +LTHT/g0aYApOrl8moCBLmufb5dkVL28tP29Abz9dIs=

駆け抜ける熊 LUUi9ABGidJo1hA1v2MY84d+ec3mT6TJantj1PatcbRHrNbPPB/38AgAMG/l97M5

ドレゲッツ    SoeKvG4meysa6bGCdARYWA==





「どうして・・・」


俺は、Vunnyが執拗にドレゲッツをkickしていたことを思い出した。

ドレゲッツの嵐のような投稿の数々、あれは俺に対する精一杯の警告だったのか・・・?

俺は椅子の背もたれにぐったりともたれかかり、ため息をついた。

その後、俺は二度とチャットサイトに行くことはなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「―くん、今年の新人はどんな感じ?」

「今年も優秀な人材が多いですね。すぐに追い抜かれちゃいますよ」

「はは。探索アルゴリズムで―くんより優秀な新人がいたら、みんな腰を抜かすよ笑」

あの夏から、もう10年になる。

俺は若手のAIエンジニアとして、着実なキャリアを積み重ねていた。


この10年、Vunnyからはなんの接触もない。

もちろん、チャットサイトにも行っていない。

チャットサイトが今もあるのかどうかすら知らない。


Vunny(もはやそう呼んでいいのかわからないが)は、どうやってひとりで何役もこなしていたんだろう。

なぜ、オフ会直前にソースコードを渡し、俺にヒントを与えたのか。

そもそも、Vunnyの本来の目的はなんだったんだろう。


俺を殺すのが目的なら、準備の周到さに対して、実行段階があまりにお粗末すぎやしないか?

Vunnyは俺を殺せるかどうか、ゲーム感覚で楽しんでいたのかもしれない。

あるいは、最初から俺を殺すつもりなどなく、からかって遊んでいただけか。

真相は闇の中だ。


そこまで考えて、俺はふとまったく別の考えに思い至り、足を止めた。



「いや、だとしたらあの名古屋オフ会はなんだったんだよ!!」




           ーー (完) ーー




※創作とはいえ、酒気帯び運転、未成年に飲酒をさせてしまったことをお詫びします。(酒気帯び運転・未成年飲酒、ダメ絶対!)


※活かした設定:熊が東京住み、Vunnyとケンシロウが千葉住み、いもむしとぺるが熊にソースコードを渡す、チャット内でのユーザーの性格、Vunnyの体重が57kgから67kgに増加、ケンシロウの髪型が「ノクティス・ルシス・チェラム」、Vunnyは画像を集めるのが好き、Vunnyが無職、熊が運転免許をもってない、Encip、熊がAIエンジニアを目指してる。


※教訓:インターネットでの人柄が、本当の人柄かはわからない。インターネットで聞いた個人にまつわる話も、本当かはわからない。

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