第8話 変身人間の未来。
翌日からは、何事もなかったように、学校生活が始まりました。
でも、慎一くんは、いつもより、私を意識するようになりました。
私以外にも、女の子に対して、気にするようになった気がしました。
それは、MAO堂で仕事をしているときに、感じました。
お客さんは、ほぼ9割以上が若い女の子なので、慎一くんでなくても意識するなという方が、男の子にとっては無理なことかもしれません。それでも、緊張感がほぐれて、自然に接客できるようになりました。
「慎一くんも、だいぶ女子には慣れたね」
「少しはね。でも、まだ、ドキドキするよ」
そう言って、笑うところが、慎一くんのいいところです。
私が塾でバイトを休むときが、心配だったけど、もう、その必要はないようです。
私は、学校とバイトと塾と、忙しい毎日でした。
出来るときは、慎一くんのウチで夕食作りの手伝いも続けていました。
すっかり、慎一くんのことが変身人間であることも、忘れるような日が続きました。
それでも、たまには、変身することがあります。私も、変身人形を使って、たまには変身してます。
でも、遊びや軽い気持ちで変身することはありません。
それから一年が過ぎて、私たちは、高校を卒業しました。
私は、志望の大学に進みました。最初は、学校の先生になりたくて、教職科に進むつもりでしたが慎一くんと知り合って、長く付き合うようになるうちに、
なにかもっと自分に出来ることはないか考えて生物学を学ぶことにしました。
少しでも、慎一くんの助けになればと思ったからです。
慎一くんは、大学進学はしないで、なんと、MAO堂の店長になりました。
店長だったマジェリカが魔法の国の女王になるために、帰ってしまいました。
評判がよかったMAO堂は、閉店するにはもったいないという判断で慎一くんを
店長にすることで話がついて、そのまま就職という形になりました。
私は、大学の勉強で、レポートや実験など、なかなかバイトには行けない日もあるけど時間があれば、お店に顔を出すようにしました。
「慎一くん、お疲れ様」
「美樹ちゃん、丁度いいところに……」
「どうしたの?」
「ウワンが、大変なんだよ」
「アラアラ、まったく、どうしたのよ……」
私は、お店の奥に入りました。すると、ゆりかごの中で、ウワンちゃんが眠っていました。
「ちょっと、ウワンちゃん、起きて。まだ、睡眠時間じゃないでしょ」
私は、ゆりかごを動かしてウワンちゃんを起こします。
「ぼくは、赤ん坊なんだ。寝るのが仕事で、バイトは慎一の仕事で、ぼくの仕事じゃない」
「だけど、慎一くん一人じゃ、大変でしょ。ウワンちゃんだって、お給料をもらってるんだから、働かないとダメでしょ」
「だいたい、こんな小さな赤ん坊を働かせるなんて非常識だぞ」
「何を言ってるのよ。ウワンちゃんは、ただの赤ちゃんじゃないでしょ。ちゃんと、働かないとダメよ」
私は、エプロンをつけながら言いました。
主に表で接客担当なのが慎一くんで、裏で商品を作ったり、梱包するのは、
ウワンちゃんの担当です。超能力を使えば、簡単に出来ることばかりです。
「早くやらないと、今日中に終わらないわよ」
「赤ん坊虐待で、訴えるぞ」
「そんなこと言ってないで、手を動かしてよ」
商品は、すべて魔法の国から送られてきます。それを、ビニールに入れて、可愛く梱包して値札を付けたり、ポップを書いたりするのが、裏方の仕事なのです。
ウワンちゃんは、手を動かさなくても、意識をすれば、超能力で私がやるより早く正確にできるのです。
文句を言いながらも、ウワンちゃんもどんどん商品を作っていきました。
「美樹ちゃん、ちょっと、手伝って」
「は~い」
私は、お店に出ると、中学生らしい制服姿の女の子たちが、たくさんいました。
手には、小さなハンカチやお守りやキーホルダーなどを手にしてレジに並んでいます。
慎一くんだけじゃ、裁ききれないので、私も手伝いました。
「いらっしゃいませ。これですね。ありがとうございます」
私は、笑顔で接客します。みんな可愛いお客さんたちです。
魔法の国のお守りは、効果があるということで、若い女の子に大人気でした。
一時間ほどで、お店も落ち着いてきました。
「ありがとう、美樹ちゃん。助かったよ」
「いいえ、どういたしまして。でも、最近の慎一くんも、店長らしくなったよね」
「そうかな?」
「そうよ。売り上げもいいし、マジェリカも喜んでたじゃない」
私は、お店の看板を片付けて、電気を消して、閉店準備をします。
お店の奥に入って、慎一くんとお茶を飲むことにしました。
ウワンちゃんは、疲れたのか、ゆりかごの中でぐっすり寝ていました。
「ハイ、慎一くん。お疲れ様でした」
「ありがとう。今日は、特に忙しかったよ」
「余り、お店を手伝えなくて、ごめんね」
「いいって、美樹ちゃんは、勉強をがんばってくれればいいんだから」
そう言って、慎一くんは、明るく笑ってくれます。
「誰か、もう一人くらい、手伝ってくれる人がいればいいんだけどね」
「でも、誰でもいいってわけにはいかないからね」
確かに、このお店には、秘密がたくさんありすぎる。
普通にバイトを募集しても、採用するわけにはいかないのだ。
こんなときに、マジェリカとか、助けてくれないかなと思います。
私に魔法が使えたらとか、ときどき思うこともあります。
「こんなときに、自分がもう一人いたら便利なんだけどなぁ~」
「できるわよ」
何気なく言った私に、誰かが言いました。
「えっ? なに、なんか言った……」
「ぼくは、言ってないけど」
お茶を飲みながら、慎一くんが言いました。
「それじゃ、誰が…… きっと、気のせいね」
「違うわよ」
今度は、はっきり聞こえました。
「誰? 誰なの……」
「ちょっと、失礼じゃないかしら? 私の声を、もう忘れたの」
どこからか聞こえるその声は、魔女のマジェリカです。でも、姿が見えません。
「マジェリカ! マジェリカでしょ。どこにいるの?」
「ここよ」
その声は、明日から新商品として売るはずの、小さな魔女の人形からでした。
「マジェリカ?」
私は、小さな人形を手に取りました。
すると、その人形が、煙のように消えると、目の前に等身大のマジェリカが現れました。
「マジェリカ、どうしたの? 魔法の国に帰ったんじゃないの?」
「帰ったわよ。ただいま、絶賛修行中よ。もうすぐ、戴冠式があるのよ。そのときは、あなたたちも呼んであげるからね」
「ありがとう」
「って、そうじゃないわよ」
マジェリカは、全身黒ずくめの衣装で現れたと思ったら、いきなり私たちにお説教を始めました。
「お店の方がどうなってるか、心配して見にきたら、繁盛してて安心したわよ」
「そうでしょ。それも、慎一くんのおかげよ」
「そうね。確かに、あなたを店長にしたのは、正解だったわね」
「それは、どうも、ありがとうございます」
慎一くんが、照れ臭そうに頭を下げました。
「でもね、あなた一人じゃ、とても手に追えないことが、今日見てわかったわ」
「すみません。あたしも、学校があるから、毎日手伝えなくて……」
「それはいいのよ。あなたにもあなたの事情があるんだから」
そう言うと、マジェリカは、改めて私たちの方に向くと、腰に手をやると、胸を張って言いました。
「そこで、あなたに、有能なアルバイトを紹介するわ。これよ」
マジェリカは、ポケットの中から、小さな白い人形を取り出して見せました。
掌に乗るほどの小さなサイズの人形でした。しかも、真っ白だけで、目も口もありません。
「これが、なんなの?」
私も慎一くんも、意味がわからず、掌に置かれた人形を見ました。
「これは、コピー人形よ。この人形の鼻を触ると、もう一人の自分が現れるってわけ。ただし、起動時間は、3時間限定。それを過ぎると、自動的に元の人形に戻るのよ。それと、一度使ったら、24時間は、エネルギーのチャージ時間が
必要だから使えません。それでも、忙しいときには、使えるでしょ」
私も慎一くんも、その話を聞きながら、掌の小さな人形を見て、イマイチ信用できませんでした。
「なに、その顔? 信用できないって顔してるわね。だったら、やって見せてあげるわよ」
そう言うと、マジェリカは、私の右手を握ると、人差し指を摘んで、その白い人形の鼻に触らせました。
すると、その人形がムクムクと動き出したかと思うと、あっという間に、等身大の私に変身したのです。
「な、なにこれ…… あたしがもう一人……」
「そうよ、だって、これは、コピー人形だもん。それに、さっき、もう一人自分がいればって言ったじゃない」
確かに言った。でも、まさか、ホントにもう一人、自分が出てくるなんて、思わなかった。
「初めまして、よろしくお願いします。あたしは、五十嵐美樹です」
「いや、本物は、あたしだから。あなたは、コピーでしょ」
「でも、あたしは、あなただから」
なんだか、自分がもう一人いるのって、複雑な気分です。
「これで、信じたでしょ」
「すごいですね。さすがです」
慎一くんは、目を丸くして驚きながらも、うれしそうだった。
「元に戻すときは、また、鼻を触ればいいのよ」
そういわれて、また、私の人差し指を掴むと、人形の鼻を触りました。
そして、元のコピー人形に戻ると、私の掌に乗りました。
「これを、貸してあげるわ。どうしても、人手が欲しいときに使いなさい」
「でもさ、同じ人が二人いたら、おかしくない?」
「まったく、キミは、応用が効かないわね」
マジェリカは、そう言って、慎一くんに言いました。
「もう一人の方は、メガネをかけさせるとか、髪形を変えるとか、服装を変えれば、別人になるでしょ。店員をそんなにジロジロ見る人なんて、そういないから大丈夫よ」
「なるほど、そうですね。マジェリカさん、ありがとうございます。これで、このお店もやっていけそうです」
「感謝しなさいね」
「ハイ、感謝してます」
得意満面のマジェリカに、うれしそうにペコペコしてる慎一くんを見て、
ちょっと悔しくなりました。
私のポジションをコピー人形に取れたような気がしました。
その間も、注意事項を真面目に聞いている慎一くんを横目に、イラッとしました。
コピー人形になにを焼きもちを焼いているんだろう?
私がいないときに、便利なバイトが出来たというのに……
「よかったね、美樹ちゃん」
「えっ?」
私は、思わず聞き返してしまいました。
「これで、美樹ちゃんがいなくても、やっていけるよ。だから、美樹ちゃんは、安心して、大学で勉強していいよ」
なに、その言い方…… あたしが邪魔みたいな言い方。あたしの場所なのに、コピー人形なんかに取られて笑ってなんていられない。
「そう、よかったわね。慎一くん」
私は、精一杯の笑顔で言ってやりました。もちろん、イヤミのつもりなのに、慎一くんには通じません。すると、マジェリカが私にそっと言いました。
「フフフ…… あなたの彼って、ホントに鈍感ね。それに、美樹も、わかりやすいわよ。人形に焼きもち焼くなんて」
今の自分の気持ちを当てられて、私は、顔が真っ赤になりました。
「ち、違うわよ」
「気にしない、気にしない。相手は人形だし、その相手は、彼自身なのよ」
「そうだけど……」
「別に、これで、あなたが用なしだなんて、言ってないでしょ」
そういわれると、私は返す言葉が見つからない。慎一くんは、その人形を見ながらニコニコ笑っている。
「まぁ、いいわ。これで、あたしもお店のことを気にしないで、大学に集中できるから」
私は、精一杯の強がりを言ってみました。でも、マジェリカは、意味深な笑みを浮かべて私を見ています。
「ちなみに、あなたが持ってる変身人形でも、コピー人形は、使えるのよ」
「えっ? だって、アレも人形よ」
「バカね、人形同士で使ってどうするのよ。あなたには特別に、これをあげるわ。もしものときのために、女王様にお願いして、作ってもらったのよ」
そう言って見せたのは、私の人形でした。
「これ、あたしの人形?」
「そうよ。ちょっと面倒かもしれないけど、使い方を教えてあげるからね」
そう言って、マジェリカは、私に耳打ちしてくれました。
方法は簡単でした。まずは、コピー人形と私の変身人形を並べて、一度に二体の人形の鼻を触る。
すると、コピー人形と変身人形の等身大の私が二人現れる。
そして、変身人形の私は、人形と化した私の鼻をもう一度触る。
そうして、改めて本当の自分に戻る。
「わかった?」
「なるほど。わかったわ」
「そうすれば、彼とお店でバイトできるでしょ。もちろん、本物の方は、ちゃんと大学に行かなきゃダメよ」
「わかってるわよ。でも、考えて見れば、コピー人形って、いろいろ応用できそうね」
「でしょ。きっと、美樹なら、わかってくれると思ったわ」
「ありがとう、マジェリカ」
「どういたしまして。それじゃ、あたしも忙しいから、お店の方は頼むわね。
二人で仲良くやるのよ」
「ハイ、がんばります」
「今度、来るときは、女王様になってるのよ」
マジェリカは、笑って、手を振りながら帰って行きました。
「さて、慎一くん、明日から、もう一人の自分とがんばってね」
「う~ん、どうせなら、もう一人の美樹ちゃんのほうがいいんだけどな」
慎一くんも、少しは空気が読めるようになってきたようでした。
「しょうがないわね。それじゃ、大学に行く前によって、あたしをコピーするから」
「ありがとう、美樹ちゃん」
ちょっと複雑な気分だけど、コピーとはいえ、自分ならいいかと気持ちを切り替えた。
さて、明日から、また、忙しくなりそうだ。私も慎一くんも、明るい未来に向かってがんばらなきゃ。
慎一くんは、変身人間で、私も変身人間です。変身人間同士、私たちは、仲間であり、友だちであり恋人同士で、信頼できるこの世で二人だけの秘密です。
これからも、うまくやっていけると思います。私たちの前途が揚々と明るく見える気がしました。
「さて、お店も終わったし、買い物して、帰ろうか。お腹がペコペコだよ」
「そうね。今夜は、なににしようかしら?」
そう言って、ウワンちゃんをベビーカーに乗せる慎一くんを見て、自分の将来を想像しました。
私の隣には、愛するダンナ様。そして、私たちの可愛い赤ちゃん。
私は、そんなことを妄想しながらうっとりしていました。
「どうしたの、美樹ちゃん? 」
「なんでもないわ」
私は、そう言って後を追いました。そして、慎一くんの腕にそっと自分の腕を絡ませました。
「こうして見ると、親子に見えない?」
「そうだね。美樹ちゃんが、ぼくの奥さんだったら、うれしいなぁ……」
「あたしも、慎一くんがダンナ様だったら、うれしいわ」
「ぼくは、ごめんだね。慎一や美樹の子供なんて、勘弁して欲しいね」
せっかく、私たちがいいムードになってきているところに、ウワンちゃんが水をかけるようなことを言いました。
でも、全然悪い気はしませんでした。それどころか、私は、慎一くんと顔を見合わせると思わず笑ってしまいました。
空を見上げると、きれいな星が見えました。
「あたしだって、ウワンちゃんみたいな、スーパー赤ちゃんのお母さんなんて、ごめんだわ」
そう言い返すと、ウワンちゃんは、何も言わずにベビーカーに横になりました。
「さぁ、慎一くん、行きましょう」
私は、いつものように慎一くんの腕を取って、いつもの道を歩きました。
爽やかな風が頬を撫でました。そんな気持ちのいい風を受けながら、
今夜の献立を考える私でした。
終わり
私も、変身人間。 山本田口 @cmllaaa
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