第7話 変身人間と変身人間。

 その晩、私は、また、夢を見ました。

夢に出てきたのは、あの雑貨屋さんの魔女の女性でした。

 寝ているのに、なぜか、宙に浮いて仰向けになったままふわふわしていました。

「起きなさい」

 私を呼ぶ声がしました。誰が呼んでいるのか、最初は、わかりませんでした。

でも、何度も呼ばれると、その声は、聞き覚えがありました。

「あたしを呼んでいるのは、誰?」

「美樹、目を開けるのです」

 私は、ゆっくり目を開けました。そんな私の目に映ったのは、白い雲が浮かんでいる、まるで、空の彼方のようでした。

なのに、私は、落ちることはありません。不思議な空間でした。

「こちらにいらっしゃい」

 仰向けに寝ている私にゆっくり近づいてきたのは、あの魔女です。

でも、着ている服装が、雑貨屋さんで見たような姿とは、まるで別人でした。

逆に、私は、パジャマ姿です。手を引かれて起き上がると、私の足は、裸足のまま雲の上を歩きました。

「ここは……」

「魔法の国です」

「魔法の国?」

「私の国です。あなたに話すことがあります」

 私は、意味がわからないまま、手を引かれて歩きました。

すると、目の前に大きな金色の門扉が現れました。

手も触れてないのに、自動的にそれが開きました。その先は、ずっと続く、長い階段でした。私は、ゆっくりとその階段を手を引かれて歩きました。

「御覧なさい。あなたを歓迎しています」

 そう言うと、私の目の前には、たくさんの人や動物たちがいました。

「なに、これ……」

 私は、感心していると、いつの間にか、隣にいた魔女は、消えていました。

「えっ? どこに行ったの……」

 そう思っていると、雲が晴れて、階段の上に、魔女はいました。

「五十嵐美樹さん、あなたは、よくがんばりましたね。約束通り、彼を見つけ出しました。また、心を入れ替えたこと私は、信じていました。そこで、もう一度、人形たちに聞いてみました。あなたを持ち主として認めるかを」

 いったい何の話だろう…… 一瞬、考えて、すぐに思い出しました。

夢の中で約束した、慎一くんを見つけ出すこと。そして、約束通り、見つけ出した。

その時、私は、心から反省して、もう、二度と変身人形を軽い気持ちで使わないこと。

 私は、それを思い出して、周りを取り囲むを人や動物たちを見ると、見覚えがありました。

それは、みんな、あの変身人形だったのです。人形が、大きくなった姿だったのです。

「あの、あなたは……」

「私は、この世界の女王、マジェリカの母です」

「えーっ!」

 私は、ビックリして、思わず声が上がりました。

「それじゃ、店長…… じゃなかった、マジェリカさんは……」

「私の後を継いで、女王になる娘です。そのために、人間界で修行させることにしました。あの店は、そのための場所です」

 そう言うことだったのか。お店が、あったりなかったりするのは、魔法の力だったのか。

「人形たちは、あなたを持ち主として認めました。なので、この者たちは、これまで通りあなたが使えます。マジェリカも、少しずつ人間界に慣れてきたとはいえ、まだまだ母として心配です。そこで、あなた方で手伝ってもらおうと

思いました」

「ハイ、あたし、がんばります」

「そうですか。マジェリカを、いえ、娘をよろしく頼みます」

 そう言うと、いきなり、私に光が降り注ぎました。

眩しくて、目を閉じて、両手で顔を塞ぎました。そして、ハッとして、飛び起きました。

「夢…… まさか」

 でも、目が覚めると、すでに朝でした。カーテンの隙間から、明るい日差しが差し込んでいました。

ベッドから起きて、戸棚を開けると、人形たちがずらりと並んでいました。

「ありがとね、あたしを認めてくれて。あなたたちも大事に使うからね。また、よろしくね」

 私は、50人の人形たちに向けて言うと、静かに戸棚を閉じました。


 学校に行く道をぼんやり歩きながら、昨日の夢は、なんだったのか、思い出していました。

「おはよう」

 後ろから声をかけられて、振り返ると、慎一くんでした。

「おはよう。今日から、来るのね」

「うん。美樹ちゃんと約束したからね」

 ちょうどいいので、昨日の夢のことを話しました。

「それって、キミに幻覚を見せたんだよ」

「そうなの?」

「あの後、ウチに帰ったら、魔女がいきなり来て、話してくれたよ」

 慎一くんも、昨日のことを話してくれました。

魔女というか、女王様の名前は、マージョということ。

娘のマジェリカを修行のために人間界に寄越したことは、同じでした。

ただ、一つ違うことは、慎一くんが変身人間という、特殊能力を持っていたことと、超能力赤ちゃんのウワンちゃんが絡んだこと。

 マジェリカを助ける人間を探していたときに、出会ったのが私だったこと。

そこまでは、想定内だったけど、私の友だちに慎一くんとウワンちゃんがいたことは、想定外だったらしい。

「ウワンは、余りいい顔しなかったけど、美樹ちゃんとあの店を手伝うことは、喜んでたよ」

「それはいいけど、ウワンちゃんは、なんで反対したの?」

「相手が魔法使いだから見たいよ」

「ウワンちゃんは、超能力者だからね」

「マジェリカとうまくやっていけるか、心配だよ」

 慎一くんは、空を見ながら心配そうに言いました。

そんな話をしながら歩いていると、クラスの友だちが、慎一くんに気付きました。

「久しぶりじゃん」

「もう、大丈夫なのか?」

「元気そうじゃん」

 慎一くんも笑って、話しかけます。

そんな友達同士の会話を見て、私は、すごく久しぶりにうれしい気持ちになりました。

教室に入ると、女子たちも、慎一くんのことを心配していたのか、話しかけてきます。

私は、少し離れた席からその様子を見て、自然と頬が緩みました。

「ちょっと、なに、見てんの?」

 隣の席の女の子に言われて、ビクッとしました。

「べ、別に何も……」

「慎一くんのこと、気になるんでしょ?」

「そんなことないわよ」

「あんたたち、もう、カップルだもんね。誰も、邪魔しないから、安心したら」

「そんなことないって……」

「焼きもち焼かないの。美樹は、どっしりしてれば、慎一くんなら大丈夫だからさ」

 そう言って、私の肩をポンと叩くと、慎一くんの方に行ってしまいました。

別に心配とか、焼きもちとかじゃなくて、慎一くんが、また、学校に戻ってきたこと。

友だちと今まで通り話が出来るようになったのが、うれしかっただけなのです。

 慎一くんを独占しようとか、そんなつもりはありません。

もっとも、学校が終わったら、雑貨屋さんでいっしょにアルバイトをするし、その後は夕食作りを手伝うから独占しているといわれたら、そうかもしれないけど……

 そんなことがあって、以前のような楽しい学校生活が始まりました。

それも、ウワンちゃんの力なんだと思うと、やっぱり、すごい赤ちゃんだなと思いました。

あとで、ミルクをあげなきゃと思うと、つい、顔がほころんでしまいます。

 授業中も、慎一くんは、真面目に先生の話を聞いていました。

遅れた分は、取り返さないといけないのでしょう。それは、私も同じです。

 そして、お昼休みになって、給食の時間です。いつものように、慎一くんの

ドカ弁タイムです。友だちも、それが楽しみなのです。今は、恒例になっていました。

特に、女子たちは、慎一くんの大きなお弁当を見るのが楽しみらしく、自分の分を別けたりしています。

「相変わらず、お前の弁当は、でかいよな」

「いつ見ても、うまそうだけど、ホントに、自分で作ってるのかよ?」

「あたしの分、半分食べて」

「あたしも、あたしも……」

 慎一くんは、人気が出てきて、友だちとの会話も楽しそうでした。

この様子をウワンちゃんに見せてあげたい。

 無事に授業も終わって、お待ちかねの放課後です。

「お待たせ」

「それじゃ、行こうか」

 私たちは、校門で待ち合わせて、いっしょに、雑貨屋さんに行きました。

商店街を抜けて、路地を一本曲がると、そのお店はありました。

「いらっしゃいませ」

「こんにちは」

 私たちは、ドアを開けると、店長に挨拶しました。

「来てくれたのね。待ってたわよ」

「今日から、よろしくお願いします」

「そんな、緊張しなくていいわよ」

 慎一くんは、少し硬くなっていました。

お客さんがいない間に、私たちは、店の奥に案内されて、お揃いのエプロンを借りました。ざっと、説明を受けて、売り場に戻ります。

 商品の説明は私が、レジは、慎一くんが担当することになりました。

店長のマジェリカは、奥でポップを書いたり、商品を作ったりしています。

 少しすると、制服姿の女子高生や中学生たちがやってきました。

ワイワイ言いながら、商品を見て回ります。

私の目から見ても、どれも可愛くて、欲しいものばかりです。

今の若い女の子たちなら、目移りするでしょう。値段も、学生でも買えるくらいなので、親切です。

 ハンカチやハンドタオル、缶バッチなどなど、魔法グッズで溢れているけど、一番人気は、お守りでした。

それぞれ恋愛や健康、学業などがあります。もちろん、人気があるのは、恋愛運のお守りです。

それも、全部、店長のマジェリカが、魔法の国から持ってきたものに、開運の魔法をかけて売ってます。一つくらい、私も欲しいかもしれない……

 慎一くんは、緊張しながらも、間違えないように注意しながら、レジをしています。

お客さんの大半が女の子ばかりの中で、唯一の男性店員が、慎一くんなので、

お客さんの女の子たちもときどき視線を向けていました。なんとなく、モヤモヤするけど、私は、顔に出さないように、笑顔で接客します。

「慎一くん、あんまりニヤニヤしないでよ」

「してないよ」

「なにを言ってるのよ。さっきから、可愛い女の子の方ばかり、見てるじゃない」

「そんなことないよ」

 そう言いながらも、視線をずらしたり、顔を赤くなったりするので、彼女第一候補と言うか一番のファンを自認する私としては、ちょっとイジワルしたくなります。

「ハイハイ、そこの二人、イチャイチャするのは、ウチでやってくれる」

 どこで見ていたのか、店長のマジェリカに注意されました。

「す、すみません」

「まぁ、仲がいいのは、いいことだけどね」

 なんとなく、上から目線で冷やかされて恥ずかしくなりました。

慎一くんは、さっきから、何も聴いてない素振りで、商品の棚を整理しています。

「ねぇ、店長」

「マジェリカでいいわよ」

「それじゃ、マジェリカさん、昨日、夢の中に、あなたのお母さんが出てきたんだけど」

「聞いてるわよ。あなたには、ちゃんと話をした方がいいって、言ってたからね」

「マジェリカさんて、ホントに、女王様になるの?」

「そのウチね。今は、修行中だから」

「てことは、今は、王女様ってこと?」

「そうよ。あたし、こう見えて、お姫様だから」

 思いっきり、ドヤ顔で返されると、私は返事が出来ませんでした。

「ちなみに、お父さんて、王様?」

「そうよ。すっごく、偉いの。でも、魔法は、全然使えないのよ」

「なんで? だって、魔法の国の王様でしょ」

「しょうがないでしょ。人間なんだもん」

「ハァ?」

 私は、思いもかけない返事に、口が開いたままでした。

「そんなに驚くことじゃないでしょ」

「なにを言ってるのよ。ビックリするに決まってるじゃない。なんで、女王様のダンナ様が、人間なのよ?」

「しょうがないでしょ。ママが、好きになっちゃったんだもん」

 またしても、衝撃的な言葉に、私の頭は破裂しそうでした。

私は、口をパクパクするだけで、言葉が出てきません。

「ママが、あたしみたいに若い頃に、人間界に修行に来て、知り合って、愛し合って、結婚したの。それで、生まれたのがあたしなのよ」

「てことは、国際結婚?」

「もっと、すごいけどね。結婚するとき、大変だったらしいわよ。王様だった、おじいちゃんと大喧嘩して、結婚を認めないなら魔法の国を出て行って、人間界でパパと暮らすって、言い切ったのよ」

「それで、それで」

「そこまで言われたら、認めるしかないでしょ。だって、ママは、次期女王なんだもん」

「それは、そうよね」

「でも、大変だったのは、パパの方よ。ママと結婚するってことは、魔法の国の王様になるってことだからね。魔法は使えないし、どうしたらいいのかって、毎日、悩んでいたらしいわよ」

「それで、どうなったの?」

「ママが、いろいろと助けたらしいわよ。でもね、パパのすごいところは、魔法の国を改革したの」

「改革?」

 コイバナから、難しい話になってきた。改革なんて、歴史の教科書でしか聞いたことがない。

「あたしが生まれる前の話だから、よくわからないけど、魔法の国って、昔は、融通が利かない、つまんない国だったらしいわよ。今は、違うけどね。それをしたのが、パパだったって聞いたときは、娘のあたしもビックリしたけどね」

「ふぅ~ン、そんなことがあったの」

 私は、心から感心しました。人には、いろいろあるんだなと思いました。

魔法の国の魔女と人間界の普通の人と、愛し合うなんて、すごく素晴らしいと思いました。なんとなく、憧れます。私も、そんな恋をして見たい。

 私は、女王様の話を聞いて、うっとりしていると、マジェリカに肩を叩かれました。

「あなたもがんばってね」

「えっ?」

「慎一くんを離しちゃダメよ」

「あっ、イヤ、それは……」

「わかってる、わかってる。だいたい、男の子って、奥手で鈍感だから、女のあなたがもっと、積極的に押さないと、誰かに取られちゃうわよ」

 そう言って、マジェリカは、奥に入っていきました。

慎一くんを見ると、私たちの会話は、聞こえてないのか、商品を整理しています。

確かに、慎一くんは、異性にはイマイチ興味がないというか、女子に対して免疫がないのか、積極性に欠けます。

ケンカは弱いし、口下手だし、でも、真面目だし、何かあっても強いし、何より、私の事を守ってくれる。そんなところが、私は、大好きなのです。

 夜の20時でお店は閉店です。私たちが放課後からバイトに来ても、3時間くらいしか働けません。

土日は、お昼からバイトするけど、私は、塾がある日は、お休みするので、その日は、慎一くん一人です。

そんなときは、マジェリカが売り場に入って、代わりに、ウワンちゃんが奥で仕事をすることになりました。

 ウワンちゃんがいるとはいえ、慎一くんとマジェリカを二人にするのは、なんとなく気になります。

だからと言って、塾をやめるわけにはいかないので、仕方がありません。

「ハイ、お疲れ様でした。今日は、初日だったから、緊張したと思うけど、どうだった?」

 看板をしまって、外の電気を消して、閉店してから、マジェリカがエプロンを外しながら言いました。

「接客は、緊張しました。お客さんが、女の子ばかりだから……」

「そうね。慎一くんは、男子だから、少し緊張するかもね。でも、そのウチ、慣れるから大丈夫よ」

 慣れたら、慣れたで、それはそれで、私的にちょっと心配なんだけど……

「美樹ちゃんは、どうだった?」

「最初は、緊張したけど、少しは慣れたわ」

「明日もお願いね。そのウチ、いろいろ他の仕事も教えるから」

「ハイ、よろしくお願いします」

 そう言って、私たちは、お店を後にしました。

「さぁ、お腹空いたでしょ。今夜は、何にする?」

「もう、遅いから、今夜は、自分で作るよ」

「ダメよ。今夜は、あたしも作るから、いっしょに食べよう」

「でも、時間が……」

「大丈夫よ。慎一くんといっしょって言ってあるから、心配しないで」

「えっ?」

「あたしのパパとママはね、慎一くんのこと、気に入ってるみたいなのよ。バイトのこともそうだけど、慎一くんといっしょって言ったら、それなら心配ないわって、言うのよ。あたしより、慎一くんのが信用があるみたいなのよね」

「そうなんだ……」

「だから、大丈夫なの」

「それなら、なおさら、暗くならないうちに帰らないと……」

「そのときは、送って行ってくれるでしょ。空を飛んでね」

 そう言って、笑いかけると、慎一くんは、頭を掻きながら困った顔をしながらも、最後は笑って言いました。

「それじゃ、早く帰って、食べようか」

「うん」

 そんなわけで、私たちは、いつものスーパーに行きました。

久しぶりなので、私は、張り切って夕食を作ろうと思っていました。

「なにが食べたい?」

「う~ん……ウチで食べるのも久しぶりだから、焼肉とかどうかな?」

「いいわね。それじゃ、たくさん買わなきゃね」

「でも、ウワンが……」

「いいじゃない。あたしたちは、バイトしてるんだから、お給料もらえるでしょ」

 私は、そう言って、かごに肉や野菜を詰められるだけ詰めました。

慎一くんのウチに戻ると、早速、調理に取り掛かります。

いっしょに食事を作るのも久しぶりな気がして、私は、うれしくなりました。

大きなホットプレートに肉を焼きながら、おいしそうに食べる慎一くんを見るのが、好きでした。

「美樹ちゃんも食べてよ」

「うん」

 私も箸を伸ばして、いっしょに食べました。やっぱり、二人で食べる夕食は、おいしいです。

私は、食べながら慎一くんに聞いてみました。実は、ずっと聞きたかったことがあるのです。

「あのさ、食べながらでいいから、教えてくれない?」

「なに?」

 慎一くんは、大きなカルビを口に頬張りながら言いました。

「あたしと再会したとこ、覚えてるよね?」

「もちろん。あの田舎の村でしょ」

「そうそう。でもさ、どうして、慎一くんは、アソコにいたの?」

 そう言うと、慎一くんは、口の中のお肉をお茶で飲み込むと、少し考えてから口を開きました。

そして、チラッと、ウワンちゃんの方を見ました。ウワンちゃんは、ゆりかごの中で、すやすや寝ています。

「ぼくもウワンも、日本じゃ、こことあの研究所があった田舎しか知らないだろ。だから、ここを出ても、いくところがアソコしかなかったんだよ」

 やっぱり、そうなのね。私は、心の中で納得しました。

「最初は、村長さんのところにいたんでしょ?」

「うん、ぼくが駅で座ってたら、声をかけてくれて、一晩泊めてもらったんだ」

 その時の話は、私のときと同じでした。あの村長さんには、改めて感謝しました。

「村長さんのウチを出てからは、どうしたの?」

「いつまでもいるわけに行かないから、いろいろ探してみたけど、ホテルも旅館もなくて、廃校にいたよ」

 私は、あの廃校になった小学校のことを思い出しました。

「でも、あたしも行ったけど、人がいた気配はなかったわよ」

「屋上にいたんだよ」

 そうか、そうだったのね。私は、オバケが出そうで怖かったから、屋上までは行かなかった。

もし、あの時、屋上まで行ってたら、慎一くんに会えたかもしれない。

「その後は?」

「お腹が空いたから、定食屋さんを見つけて、そこに入ったよ」

「あの、おばちゃんね」

 私は、定食屋のおばちゃんのことを思い出しました。私が、イケメンの男性の人形に変身していろいろ聞き込みをしたときのことを思い出しました。

「その後は、ただ歩くだけだったよ。気が着いたら、道の駅に着いて、そこで食べ物を買ったよ」

「うんうん」

 私は、道の駅で聞き込みをしたときのことも思い出します。

「大きな道路に出たけど、どっちに行ったらいいかわからなくて、少し歩いてから、結局、空から行くことにしたんだ」

 私の推理は、当たっていたのね。途中から、ニオイがなくなったのは、変身して空を飛んだからなのね。

慎一くんは、ロース肉を口に入れると、それを飲み込んでから、話の続きをしました。

「ぼくは、もう、どこに逃げてもいいって思ってたんだ。どうせ、行く宛てなんてないからね」

 慎一くんは、そのときのことを思い出しながら言いました。

「でも、どこも行くとこがないから、結局、あの廃校に戻ってきたんだ」

「そうだったのね」

「だけど、ウワンが、美樹ちゃんが探しに来るかもしれないから、ここにいろって……」

「えっ? ウワンちゃんが……」

「ぼくは、美樹ちゃんに迷惑をかけたくないから、もう、会う気はなかったんだよ。そうしたら、ウワンがさ、もし、見つかったら、逃げずに帰れって。だから、村長さんのウチに行ってみたんだ」

 そんなことがあったのね。わたしは、なんか、うれしくなりました。私の願いが通じたことを知りました。

これは、偶然なんかじゃない。必然だったと思いました。見えないなにかが、導いてくれたのだと思いました。

それは、もしかしたら、ウワンちゃんなのかもしれないけど……

「それで、美樹ちゃんは、どうして、アソコに来たの?」

 慎一くんは、やきそばを焼きながら言いました。

「慎一くんと同じよ。こことアソコしか、慎一くんが行くとこはないと思ったの。だから、アソコに行けば、慎一くんに必ず会えると思ったのよ。でも、結構、探し回ったんだけどね。何度も諦めかけたわよ」

「ごめん。なんか、微妙にすれ違ってたみたいだね」

「いいのよ。結局、会えたんだもん。仲直りも出来たしね」

「そうだね」

 慎一くんは、そう言って、いつもの笑顔を見せてくれました。

やきそばにソースをかけると、ジューという大きな音がして、そのニオイと混ざって、食欲がわきます。

私も慎一くんも、おいしそうなやきそばを頬張りました。

「でも、会えてよかった。会えなかったら、どうしようと思ったもん」

「ぼくも、まさか、村長さんのウチで、美樹ちゃんと会えるとは、思わなかったよ」

「今度の休みに、あの村にもう一度行ってみない? お世話になった、村長さんとおばあさん、駐在さんと定食屋のおばちゃんとか、もう一度、お礼に行きたいの」

「そうだね。ぼくたちが、再会できたのは、あの人たちのおかげだからね」

「そうよ」

 私は、自信を持って言いました。

「でも、まさか、ウワンちゃんの超能力ってことも、ありえるかも…… 

それとか、あの魔女の魔法とか」

 私は、否定するつもりでも、不安だったので、言ってみました。

「いや、それは、違うよ、美樹。ぼくの力でも、魔法でもない。それは、キミたちの運命というものだ」

 いつの間にか起きていたウワンちゃんが言いました。

「ウワン、それ、ホントかよ?」

「ホントだ。ウソではない。超能力者や魔法使いは、特殊能力は使えても、神ではない。人の運命まで変えるようなことは出来ない」

 私は、それを聞いて、自分が少しでも疑ったことが、恥ずかしくなりました。

「慎一と美樹は、お互いに再会する運命だったんだ。それは、人間としての目に見えない何かに引かれたとしかいえない」

「ほら、やっぱり、そうだったのよ。慎一くんとあたしは、何か運命的なものがあったのよ。そうじゃなかったら、私が変身できるようになるわけないんだもの」

「それは、美樹の考えすぎな気がするけどな」

 ウワンちゃんがすぐに私の話を否定したので、ちょっとガッカリしたけど、今は、こうして、元の生活に戻ったことで結果オーライということにしました。

 食後のデザートに、私は、りんごを剥いてあげました。

慎一くんは、丸ごと齧っているけど、私は、女子なので小さく切って食べます。

「慎一くん、ウワンちゃん、あたし、これからも変身するからね。でも、遊びでは使わないから。あのお店でバイトもするし、これからもいっしょにやっていこうね」

「もちろん」

「ありがと。あたし、慎一くんのこと、ますます好きになったわ」

「あっ…… いや、その、ありがとう」

 慎一くんは、照れて顔を真っ赤になりました。やっぱり、私がもっと積極的にならないと慎一くんは、私の方を見てくれません。

マジェリカがいったことの意味がわかりました。

「それじゃ、もう、遅いから、送っていくよ」

「ありがとう。歩いて行く、それとも、飛んで行く?」

 慎一くんは、答えに迷って、ウワンちゃんを見ました。でも、ウワンちゃんは、眠っているのか、返事をしません。

「それじゃ、空から行こうか」

 慎一くんは、そう言うと、背中が開いたシャツに着替えて外に出ました。

「ちゃんと掴まっててね」

 そう言うと、私をお姫様抱っこすると、そのまま背中から飛び出した大きな羽で、夜空に向かって飛び上がりました。

私は、飛んでいる途中に、ポケットからメモを取り出しました。

「これ、なんだ」

「あっ! それ……」

 驚いた慎一くんは、思わず私から手を離しそうになりました。

「ちょ、ちょっと……」

 一瞬、私の体が宙に浮きました。すぐに私を抱き上げなかったら、地上に真っ逆さまに落ちるとこです。

「ご、ごめん……」

「もう、ビックリさせないでよ。落ちたら死んじゃうよ」

「だって、美樹ちゃんが、ビックリさせるから……」

 私は、髪を指で救い上げながら、慎一くんを見ながら言いました。

「もしかして、中を見た……」

「見ちゃった。だから、慎一くんのこと、探しに行ったんだよ。少しの間だったけど、慎一くんに会えなくて、淋しかったし二度と会えないなんて、イヤだったからね」

「それ、返してくれない?」

「ダメ。これは、あたしの宝物にするんだから」

「えっ!」

「慎一くんのホントの気持ちが書いてあるんだもん。大切にするから、あたしにちょうだい」

「う~ん、しょうがないなぁ……」

「ありがと。でもね、あたしも同じ気持ちだよ。もう一度会いたかったもの」

 慎一くんは、真っ直ぐ前を見ながら飛び続けました。

「慎一くんが、あたしのことを嫌いでも、あたしは、大好きだよ。慎一くんだけじゃなくて、ウワンちゃんも体の中にいる動物たち、みんな大好き。レオくん、ゴリちゃん、ベアくん、キリンさん、ヤンマくん、みんな好きよ」

 私は、慎一くんの体の中の動物たちにも話しかけました。

すると、私を抱いている慎一くんの腕が、ゴリラと熊の大きな腕に変わりました。

そして、急に私の体が持ち上がったのです。

「なになに、ちょっと、慎一くん……」

「見てごらん」

 私は、なにか、大きなものに下から体が持ち上がっていました。

それは、ライオンの鼻面でした。

「レオくん!」

 慎一くんの胸から飛び出したライオンの大きな顔が、私の体を支えていたのです。

大きな鬣が風になびいて顔にかかりました。

 そして、自宅マンションの屋上に着きました。大きなゴリラと熊の手に優しく抱えられて降り立ちました。

しかも、慎一くんの胸から、大きな顔のライオンが飛び出して低いうなり声を上げています。

初めて間近で見るライオンの大きな顔が、迫力ありすぎて、腰が抜けそうでした。でも、よく見ると、迫力あるけど、可愛いです。

「レオくん、初めまして。じゃないか。でも、こうして、近くで見たのは、初めてよね」

 私は、そう言って、ライオンの鼻先を撫でてあげました。すると、ネコのように喉を鳴らして、

大きな舌でホッペを舐められました。ザラザラした舌で、頬の肉がこそげ落ちそうです。

ライオンに舐められる女子高生って、きっと、世界でも私しかいないと思います。

「ゴリちゃん、ベアくんも、ありがとね」

 私は、毛むくじゃらの大きな両手を摩ってあげました。

声はしないけど、喜んでいるようにも感じました。

「それじゃ、また、明日学校でね」

「送ってくれて、ありがとう」

「さよなら」

「バイバイ」

 私は、そう言って、手を振ります。慎一くんは、羽をバサバサと羽ばたきながら、飛んで行きます。

「あっ、ちょっと待って」

 飛び立とうとする慎一くんに声をかけました。

「どうしたの?」

 振り向く慎一くんに近寄ると、私は、慎一くんの肩を掴むと、少しだけ背伸びをして、右のホッペにキスしました。

「慎一くん、好きよ。またね」

 私は、そう言って、出口に走って行きました。

慎一くんは、しばらく、屋上で立ち尽くしていました。

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