第5話 捜索は、変身してから。
「さて、着いたはいいけど、ここからどこにどう行けばいいのかしら?」
すでに夜になって、辺りは真っ暗です。田舎なので、街灯もありません。
ポツポツと見えるのは、家の明かりのようでした。
この周辺の地図はないし、真っ暗なので、あの時、どこを歩いたのか、わかりません。
「来たはいいけど、今夜どうしよう……」
まさか、女子高生が野宿するわけにはいかない。
いくら、田舎とはいえ、それは危険すぎる。
どこかにホテルでもあればと思って見てみても、それらしいものはありません。
「ホントに野宿するの……」
私は、ポツリと呟きました。不安しかありません。それでも、とりあえず、明かりが見えるほうに歩いてみました。
麓の家らしい明かりが少しずつ見えてきました。とは言っても、いきなり、
見知らぬ女子が泊めてくれとも言えず途方に暮れていました。
駅前にも、交番もないし、コンビニもスーパーもありません。
「どうする、あたし……」
だんだん心細くなって、いったん、駅に戻ってみました。
でも、すでに電車は、終電を終えて、明日にならないと、電車は来ません。
ということは、もう、帰れないと言うことです。携帯の時計を見ると、夜の20時でした。
「お腹空いたなぁ……」
食べるものは、持ってきてない。お店もないので、買うことも出来ません。
自販機もないので、お茶も飲めません。なんだか、悲しくなってきました。
これで、慎一くんが見つからなかったら、どうしよう……
三日以内に見つけないと、私は、どうなっちゃうんだろう……
そう思うと、涙が出てきました。
「アンタ、そこで、なにをしてんだ?」
いきなり、声をかけられて、ビックリして、顔を上げると、そこには、白髪のおじいさんがいました。
「アンタ、どっから来たんだね? もう、電車は、ないぞ」
私は、そのおじいさんを見て、言葉が咄嗟に出ませんでした。
「あの、どこか、泊るところはありませんか?」
「お前さん、旅行でもしてるのかね? この辺には、ホテルも旅館もないぞ」
もう、絶望的でした。これで、野宿確定です。ガッカリして、うな垂れていると、おじいさんが言いました。
「泊るところがないんじゃ、わしのところにでも来るか」
「えっ!」
「あんた一人くらい、寝られる部屋はあるから心配しなさんな。もっとも、うちは狭いが、ばあさんと二人だから、お前さん一人くらい、何とかなるわな」
「あの、いいんですか」
「こんな夜に、いくら田舎とはいえ、アンタみたいな若い子を一人にさせておくわけにはいかんじゃろ。これでも、わしは、ここの村長じゃから、何かあったら、アンタの親御さんに顔向けできんじゃろ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
私は、立ち上がって、深々と頭を下げました。
おじいさんは、ニコニコ笑って、歩き出しので、その後をついていきました。
すると、駅からすぐそばの、まるで昭和時代にタイムスリップでもしたような藁葺き屋根の大きなウチに着きました。
全然、狭くないじゃん…… 私は、心の中でそう呟きました。
「おい、ばあさん、今帰ったぞ」
「おかえりなさい」
「それと、客人じゃ。隣の部屋に布団を敷いてやってくれ」
そう言うと、出てきたおばあさんが、私を見て、驚いていました。
「あの、すみません。今夜だけ、泊めさせてくれますか?」
すると、おばあさんもニコニコ笑いながら言いました。
「構わんよ。こんな田舎でもよければ、何日でもいなされ」
「ありがとうございます」
私は、何度も頭を下げました。
「遠慮せんと、上がりなさい」
おじいさんに言われて、私は、靴を脱いで上がりました。
中は、すごく広くて、部屋の中央に囲炉裏がありました。小さな炎の上に、吊るされた真っ黒に煤けたやかんがありました。
映画やテレビでしか見たことがない、田舎そのものの部屋でした。
天井は高く、周りの壁も木で出来ています。ウチのようなマンションとは、全然違いました。
「ビックリしたじゃろ。こんなところにきたのは、初めてかね?」
「ハ、ハイ」
「今の若い子には、こんなところは、見たことないから、わからんだろうなぁ」
おじいさんは、そう言って、丸い藁で出来た座布団に座りました。
もちろん、テレビはあっても、私の知らないチャンネルしか映りません。
携帯も電波が届いてないのか、アンテナが立っていません。
まだ、日本にもこんなところがあるなんて、初めて知りました。
「向こうの部屋に布団を敷いてあるから、ゆっくり寝て構わんからね」
「ありがとうございます」
私は、おばあさんにお礼を言いました。すると、台所から、お茶を持ってきてくれました。
「こんな田舎じゃ、何もないけど、お茶くらい飲みなされ」
「すみません、いただきます」
実は、喉が渇いていました。おばあさんが入れてくれたお茶は、とても優しい味がしました。
「アンタ、腹は、減ってないか?」
「えっ、あっ、イヤ…… 大丈夫です」
と、言ったところで、お腹が盛大にグゥーと鳴りました。
私は、恥ずかしくなって、下を向くと、おじいさんが笑いながら言いました。
「ばあさん、なにか作ってやってくれんか?」
「夕飯の残りしかないけど、それで、いいかね」
「どうする、お前さん。残り物だが、それでもいいかね」
「ハ、ハイ、いただきます」
私は、反射的にそう言ってました。でも、夕飯の残り物って、どんなものなのか、見当もつきません。
こんな田舎だし、どんな料理なのか、想像もつきませんでした。
ところが、おばあさんが用意してくれた、食事は、ご馳走でした。
「田舎料理で、アンタのような若い子の口に合うかどうか……」
そういいながら私の目の前に置かれた料理は、おいしそうな白いご飯に、湯気が立ってる豆腐のお味噌汁、野菜の煮物、大きなホクホクの煮魚、お新香の盛り合わせでした。
なにが田舎料理なのよ。これじゃ、立派な一流旅館の夕飯じゃないの……
私は、圧倒されて、ただ見ていることしか出来ませんでした。
こんなおいしそうなものを、囲炉裏を囲んで食べるなんて、贅沢すぎる。
全然残り物というレベルじゃない。
「若いんだから、たくさん食べなさい」
そう言って、おじいさんとおばあさんは、お茶を啜っていました。
「あの、ありがとうございます。いただきます」
私は、そう言って、一口ご飯を口に入れました。
「おいしい!」
一口食べると、ご飯の甘さが口に広がって、こんなおいしいご飯は、食べたことがありませんでした。
お味噌汁も出汁が効いて、とてもおいしい。野菜の煮物は、柔らかくて苦手なにんじんもおいしく食べられました。
煮魚なんて、ウチでは、ママが作らないので、食べた事はなかったけど、箸で簡単にほぐれて、口に入れると、ほっこりした甘さと魚の味がしました。
お新香もぬか漬けなのか、よく漬かっていて、とてもおいしい。
私は、夢中で食べました。お腹が空いていたこともあって、ご飯をお代わりしてしまいました。
「ご馳走様でした。とてもおいしかったです」
私は、そう言って、何度もお礼を言いました。
「若い人は、それくらい食べないと、力が出ないからな」
「そうね。この前来た、男の子は、もっと食べたっけね」
「そうじゃったな。あの少年は、大食いだったなぁ」
私は、その会話を聞いて、目が飛び出るかと思うくらい驚きました。
「あ、あの、その…… だから、その……」
余りのことに、言葉が出てきません。
「どうしたんじゃ?」
「あの、その男の子って……」
「つい最近、アンタと同じように、駅でポツンと座っているところを見かけて、ウチに泊めてやったんじゃ」
「その男の子の名前は、わかりますか?」
「ばあさん、なんて言ったかの?」
「私は、聞いてないけど」
「そうか。名前を聞くのを忘れていたようじゃ」
でも、その子は、間違いなく、慎一くんです。私は、そう確信しました。
「あの、この子ですか?」
私は、スマホの写真を見せました。
「そうそう、この子じゃよ」
おばあさんもそれを見て、頷きました。
「あの、他に、なにか気になったこととか、覚えてますか?」
「そうそう、可愛い赤ちゃんを連れてたね」
やっぱり、慎一くんだ。その赤ちゃんは、ウワンちゃんのことに違いない。
「それで、その子は、今、どこにいますか?」
「さぁ…… 昨日の朝に出て行って、そのままじゃから、東京にでも帰ったんじゃないか」
いや、そんなはずはない。帰っていたならウチにいったときに、いるはずだ。
まだ、この村のどこかにいる。他に行くところはないはずだから……
「アンタは、その子の彼氏かなにかなの?」
「えっ! あっ、イヤ、その……友だちです」
私は、おばあさんに聞かれて、咄嗟にそう言いました。
彼氏というには、まだ、自信がありませんでした。
「でも、心配で、探しに来たんです」
「そうなのかい。それは、心配だねぇ」
「どこか、心当たりはありませんか?」
私の必死の思いが通じたのか、おじいさんもおばあさんも、しばらく考え込みました。
「この村は、住人は少ないし、年寄りばかりだから、アンタみたいな若い子がいれば、目立つからすぐわかると思うがね」
「見た人がいるかもしれないわね」
「そうじゃ、駐在所があるから、そこで聞いてみたらどうかね?」
「どこにあるんですか?」
「明日、案内してやるよ」
「ありがとうございます」
私は、畳に頭をつけてお礼を言いました。
「頭を上げなさい。わしらでよければ、協力するから」
「ホントに、ありがとうございます」
私は、心からお礼を言いました。
そして、その晩は、おばあさんが敷いてくれた布団に横になりました。
私は、明日のことを考えると、頭の中がグルグル回って、すぐには寝られませんでした。
それでも、知らない土地に一人でやってきたことと、親切なおじいさんに助けられて、ホッとしたのかいつしか眠ってしまいました。
翌朝、おばあさんに起こされて、おいしい朝食を食べて、とにかく早く慎一くんを探したくておじいさんに駐在所の場所を聞いて、出かけることにしました。
「あの、何から何までお世話になって、ホントにありがとうございました」
「気にせんでいいから。それより、その少年が見つかるといいな」
「ハイ、がんばって探します」
「困ったら、いつでもウチに来なさい。いつでも、泊めてあげるからね」
「ハイ、ホントに、ありがとうございました」
私は、何度も頭を下げて、お礼を言いました。
そして、駐在所に向かいます。場所は、すぐにわかりました。
昨日は、夜だったけど、今日は晴れて明るいので、街の景色がよく見えました。
周りは、緑と山に囲まれて、家は数えるくらいしかありませんでした。
私が住んでいる都会とは、まるで違う、ホントに田舎という感じがします。
この街のどこかに慎一くんはいるはずなのです。
私は、駐在所に向かいました。でも、そこで、足が止まりました。
私みたいな、よそ者の若い女子に、突然聞かれても、むしろこっちが怪しまれるかもしれない。
おじいさんも言ってた。年寄りばかりのこの街で、若い人は目立つと……
よし、変身人形の出番だ。私は、そう思うと、急いで草むらに潜むと、ポーチの中からある人形を取り出しました。
「持って来てよかったわ。これのが、説得力はあるものね」
私が手に取った人形は、テレビのアニメで有名な、あの名警部にそっくりの
人形です。
鼻を触って、変身すると、足元に転がる自分の人形をポーチにしまいました。
茶色のスーツにトレンチコートを着て、帽子を目深に被り、顔が長くて大きく、あごが割れているとても、イケメンには見えない風貌です。
これが、名警部とは、とても思えません。
でも、あの世界的に有名な、大泥棒一味と渡り合った、伝説の名警部なのです。
「それじゃ、行ってみようか」
私は、低いだみ声で言いました。そして、駐在所に入りました。
「すみません」
「ハイ、なにか御用ですか?」
駐在所の中にいる、年配のお巡りさんに声をかけました。
「私は、こういう者だが、人を探しているんだが」
私は、そう言って、コートの内ポケットから、警察手帳というか、ICPOの身分証を見せた。
それを見た、駐在さんが、ビックリして、椅子から立ち上がると、敬礼をして背筋を伸ばしました。
「し、失礼しました。警部殿」
えっと、この人って、こんなに偉いのかしら? 私の方がビックリした。
「どなたをお探しですか?」
「この人です。見たことありませんか?」
私は、そう言って、スマホの写真を見せました。
駐在さんは、メガネをずらして、その写真を見ていました。
「その少年なら、一昨日見かけました」
「どこで見たんですか?」
「どこって、そこの駅です」
それじゃ、答えにならない。私は、さらに食い下がって見ました。
「で、そこの駅から、どこに行ったか覚えてますか?」
「さぁ、それはわかりません。あっちの方に行ったのは、確かです」
駐在さんは、そう言って、駅とは逆の方向を指差しました。
「それで、あっちには、何があるんですか?」
「定食屋とちょっとした雑貨屋、その先には、最近できた道の駅があるだけです」
「その少年について、なにか覚えていることはありませんか。どんな小さなことでもいいんです」
「そう言われても……」
駐在さんは、腕を組んで、首を捻っています。しかし、少しすると、なにかを思い出したように言いました。
「小さな赤ん坊を抱いてました。たぶん、腹が減っていたんじゃないかな。フラフラしてました」
「なるほど。では、その、定食屋というか、雑貨屋の場所を教えて下さい」
駐在さんは、丁寧に地図で説明してくれました。この警部は、かなり偉い人だったようです。
私は、駐在さんにお礼を言って、教えてもらったとおりに行ってみることにしました。
そして、定食屋さんの前に着きました。
「さて、今度は、誰に変身しようかしら」
私は、ポーチの中から、人形をいくつか出して見ました。
「うん、これでいこう」
私が選んだ人形は、スーツ姿のサラリーマン風の中年男性でした。
鼻を触って、変身します。その格好は、ブランド物のスーツに身を固めて、中肉中背の中年男性です。
オールバックにメガネをかけた、真面目そうな姿なので、第一印象的には、好印象を受ける。
私は、定食屋のドアを開けました。
「いらっしゃい」
迎えてくれたのは、定食屋のおばちゃんでした。でも、私を一目見て、目が点になるのがわかりました。
「あ、あの、いらっしゃいませ」
なんか、口篭って緊張している感じだ。
私は、開いている四人掛けのテーブルに座りました。私の他には、昼前なので、他にお客さんはいません。
「いらっしゃいませ」
そう言って、おばちゃんは、私の前に水を置きました。いらっしゃいませは、すでに三回目だ。私は、そのおばちゃんに、ニッコリ笑いかけます。
「ありがとう」
「い、いえ……あの、ご注文は?」
私が笑いかけると、ほんのり頬を赤らめる。かなり好印象を持たれたようだ。
「その前に、この少年をみたことありますか?」
私は、右の掌を出して、おばちゃんを制止させてから、スマホの写真を見せると、おばちゃんは、顔を近づけて、
その写真をまじまじと見てからこう言いました。
「ハイ、見たことあります」
「どこでですか?」
「どこって、この店に入ってきたんですよ」
「なにか、注文されたんですか?」
「ハイ、それが、すごいのなんのって、メニューを端から端までくれって」
「えっ?」
私は、テーブルに立てかけてあったメニュー表を見た。
ラーメンから始まって、タンメン、味噌ラーメンなどの中華料理から、きつねうどん、天ぷらそばなどの日本そば、さらに、カレーやナポリタンなどの洋風料理、そして、定食の類が何十種類と書かれています。
「どれくらい注文したんですか?」
「ラーメンと、カレーライスに、焼肉定食と餃子を二人前と、あと、何だっけ?」
それだけたくさん食べたということは、間違いなく慎一くんです。私は、確信しました。
「そんなに食べたんですか?」
「もう、ビックリしちゃって……」
「お金は、持っていたんですか?」
「私も、それが心配したんですよ。まさか、食い逃げなんてされたら大変ですからね。だけど、全額、ちゃんと現金で支払ってくれました」
「なるほど。お金は、持っていたんですね」
私は、慎一くんの逃亡資金について、心当たりはありました。
でも、そこまで用意していたということはいつか逃げるときのために準備していたということです。慎一くんにその気はなくても、もしものときのために
ウワンちゃんが用意していたのでしょう。
「それで、ほかに気がついたことはありませんか?」
「そうそう、可愛い赤ちゃんを抱いててね、ミルクをあげたいからって、お湯をあげたのよ」
それは、ウワンちゃん用のミルクのことです。
「それで、彼は、その後、どこに行ったかわかりませんか?」
「それは、わかりませんね」
「なにか話はしませんでしたか? どこから来たとか、これからどこに行くとか……」
「いえ、それは……」
「そうですか。いろいろ聞いて、すみませんでした。では、ナポリタンをお願いできますか?」
「ハイ、少々、お待ち下さい」
このおばちゃんに聞いても、これ以上は、話が聞けないと思って、切り上げることにしました。
大食いの慎一くんなら、それくらい食べても不思議はないけど、こんな街でそんなことをしたら、目立ってしまう。
事実、ここのおばちゃんには、かなり印象強くなっている。
「ハイ、お待たせしました」
ナポリタンが運ばれてきました。でも、パッと見てわかるくらい、大盛になっていました。
「えーと、これは、大盛ですか?」
「ハイ、サービスです」
おばちゃんは、嬉しそうに言って、奥に引っ込んでしまった。
こう見えても、中身は、ただの女子高生なのに、こんなに食べきれるかしら……
でも、親切にしてくれたし、話もしてくれたので、残すわけにはいかない。
私は、がんばって食べることにしました。ところが、おいしかったことと、普段から慎一くんと食事をする機会が多いので、釣られてたくさん食べるようになっていたようです。慣れって怖い。
「ご馳走様でした。とてもおいしかったですよ」
私は、そう言って、ニッコリ笑うと、おばちゃんは、恥ずかしそうにお辞儀を何度もしてます。
私は、少ない財布の中から、代金を払いました。
「その少年が、また、来るようなことがあったら、お家の人が心配しているから、早く帰るようにと、伝えて下さい」
「ハイ、必ず伝えます」
「それと、その少年が、行きそうな場所は、思い当たりませんか?」
「そうねぇ…… あんな若い子が遊ぶところなんてありませんよ。観光地でもないし、つい最近、山崩れがあって街の人たちも大変だったしね」
山崩れというのは、私と慎一くんがしたことだ。街の人たちは知らないけど、その山の中に秘密の研究所があってそこで、慎一くんは、体に植物の種を移植されたのだ。その研究所を破壊したのは、つい最近のことです。
私は、ズキンと心が痛みました。街の人たちに、心配をかけたことを反省しました。
「この街には、他にどんな施設が他にありますか?」
「何にもないよ。この先に、雑貨屋があるくらいだよ」
「道の駅ができたと聞きましたけど」
「そうね。確か、出来たね。でも、歩くとちょっと遠いよ。車なら近いけどね」
「他に、何かありますか? 例えば、ホテルとか旅館とか……」
「そんなのはないよ」
「子供たちが通う学校とかは?」
「あったけど、とっくに廃校になってるよ。子供たちは、バスで山の向こうまで通っているんだ」
「その廃校というのは、どこにあるんですか?」
「この先だよ。行けばわかるよ。近いからね」
「どうも、ありがとう」
私は、そう言って、おばちゃんの手を握った。お礼のつもりで軽い気持ちで握手してあげたのだ。すると、おばちゃんは、顔を真っ赤にしていた。
店の外まで見送ってくれたので、私は、手を振って歩いていった。
「気をつけてね。さようなら、また、来てよ」
私が小さくなるまで、見送ってくれた。おばちゃん、ありがとう。
今度は、慎一くんと二人できます。私は、心の中でそう誓った。
私は、定食屋を出て、道なりに歩くと、すっかり朽ち果てた建物が見えてきた。
アレが、廃校だと気がつくのに、時間がかかりました。
それくらい、ボロボロでした。
学校というより、オバケ屋敷と言った方がいいかもしれません。
夜だったら、一人じゃ怖くて中に入れない。それくらい荒れ果てていました。
「これが、元学校だとは、とても思えないけど、隠れるには、絶好の場所よね」
私は、この中に隠れていると思いました。
人間の姿では目立つので、今度は犬に変身しました。鼻が利くので、もしかしたら、ニオイで慎一くんを見つけられると思ったのだ。
犬になれば、慎一くんのニオイはすぐにわかる。とりあえず、中に入ってみました。
鼻を地面に近づけて、ニオイを嗅ぎながらアチコチ歩き回ってみることにしました。
でも、人がいた気配がない。隠れてなにかしていたらなら、食べた後とか飲み物なら、空き缶とかあるはずです。
「何もないわね」
私は、犬なのに、二本足で立ったまま、前足を腕のように組んで首をかしげます。
「ここには、来なかったのかしら?」
それでも、諦めずに、もう一度探してみました。でも、慎一くんのニオイは、ありませんでした。
「どうしようかしら……」
私は、困り果てて、その場に立ち竦みました。
こうなったら、雑貨屋さんと道の駅に行ってみようと思い立ちました。
廃校から出ると、犬の姿のまま雑貨屋まで走りました。
そこは、小さな個人営業のスーパーみたいなお店でした。食材や飲み物などから、日用品まで売っている小さなお店でした。
私は、ポーチの中から、自分の人形を取り出し変身して、ドアを開けて中に入りました。
「いらっしゃい」
レジの奥から、中年の男の声が聞こえました。
私は、狭い店内を一回りしてから、お茶のペットボトルを手にして、レジに行きました。
「これをください」
「ハイ、100円だよ」
私は、財布から、お金を出して払います。
「ありがとうございました」
男の人がそう言い終わらないうちに、私は、聞いてみました。
「この男の子が来ませんでしたか?」
私は、スマホの写真を見せました。
「来たよ」
あっさり、男の人は言いました。
「いつ来たんですか?」
「昨日の朝だったかな」
「何を買ったんですか?」
「あんたが持ってるのと同じものだよ」
私は、手にしているお茶を見ました。
「それで、他に、この少年に気づいたことはありませんか?」
「さぁねぇ……」
「どこに行ったかわかりませんか?」
「それは、わからないけど、その子は、見かけない子だったから、歩いていれば、すぐにわかると思うよ」
「そうですか。ありがとうございました」
私は、お礼を言って、お店を後にしました。
確かに、私のように、地元の人間じゃなければ、人目に付いて目立つはずです。
だから、慎一くんもいろんなところで、目撃されているに違いない。
私は、そう思って、慎一くんが飲んだと思う、お茶を一口飲んで、気持ちを切り替えました。
次は、道の駅に行ってみよう。でも、歩きじゃ遠いと言っていたのを思い出して、ポーチからツバメの人形を取り出して
変身しました。空を飛べば、すぐに着くと思ったからです。
羽を広げて、何度か羽ばたくと、体が軽いツバメなので、すぐに空に舞い上がれました。
一気に空高くまで飛び上がって下を見ます。下には、街の様子が見えました。
点々とする家の屋根。その少なさがわかりました。廃校も見えました。
屋根も穴だらけで、これでは雨漏りがするはずです。
この街は、緑と山に囲まれていることがわかりました。
すると、突然、真新しい施設が見えました。どうやら、そこが道の駅らしい。
他の家やお店は、古いのに、そこだけ立てたばかりで新しいのです。
食材を買うには、ここが一番らしいこともわかります。駐車場もあるので、車で来ている人が大半でした。
私は、道の駅の施設の陰に下りると、すばやく元に戻りました。
中に入ってみると、エアコンが効いていて、丁度いい感じがしました。
肉も魚も野菜も、たくさん売っているし、地元の食材が目立ちました。
とりあえず、わたしは、店員らしい人に、スマホの写真を見せて、聞いて歩いてみました。
でも、誰一人、心当たりがある人はいませんでした。ここには、来なかったのかもしれない……
ここは、街外れにあるので、定食屋さんや村長さんなど、地元の人たちは、使わないのかもしれません。
ここよりも、やはり、地元の街の方で聞き込みをした方がいいかもしれません。
私は、道の駅を出て、戻ろうとしました。
「お譲ちゃん」
声をかけられて、振り向くと、ハチマキ姿のおじさんが私を追いかけてきました。
私は、足を止めて体を向き直ると、そのおじさんは言いました。
「さっきの写真を、もう一度、見せてくれないか」
「ハイ」
私は、スマホを操作して、画像を出して見せました。
「そうだよ。まちがいない。やっぱり、その子だよ」
「えっ! 見たことあるんですか?」
「あるもないも、ちょっと前に、ウチでラーメンを食べてった子だよ。似てるけど、確かに顔は同じだ。たぶん、同じ奴だろう」
「それって、いつのことですか?」
「いつって、だから、ついさっきだよ」
「さっきって、今日ですか?」
「そうだよ」
「何時ごろですか?」
おじさんは、自分の腕時計を見ると、こう言いました。
「今、丁度12時だから、11時ごろだったぞ」
「間違いないですか?」
「ないよ。仕込みをして、開店したばかりだったから」
「それで、その子は、その後、どこに行ったかわかりますか?」
「そこまで、わからないけど」
「一人だったんですか?」
「いや、赤ん坊を抱いてた。あんな男の子が、赤ちゃんを抱いているから、おかしいと思ったんだ」
「他に、大人の人とかいませんでしたか?」
「それもいなかったと思うな。車じゃなきゃ、ここには来られないから、てっきり親がいっしょだと思ったんだけどそんな感じがしなかったな」
ということは、歩いてきたと言うしか考えられない。いくら慎一くんでも、
車は運転できないはずだ。
ただ、変身すれば、ここまで飛んでくることは簡単です。
「他になにか、気になった事はありませんか?」
「う~ん、見た感じ、なんか淋しそうにしてたな」
「淋しそうですか……」
「一人旅って感じでもないし、たまたま立ち寄ったという感じだったな。でも、子供ひとりで来る場所じゃないしな」
確かにその通りだ。こんな場所は、家族で車で来るところだ。
たまたま立ち寄ったとしても、子供がくるところではない。
「でも、歩いてきたとするなら、そんなに遠くまで行ってないと思うけどな」
「しかし、もう、一時間も前なら、かなり遠くまで歩いていると思いますけど……」
「そうだけど、ここは、山の中だし、一本道だから、一時間歩いても、探してるなら、追いかければ見つかるかもしれないぞ」
私は、おじさんに、歩いてくる場合の道を教えてもらいました。
私は、お礼を言って、別れると、すぐに犬に変身しました。
一時間前なら、まだ、慎一くんのニオイは、かすかでも残っているはず。
私は、それを祈って、犬になると、鼻を地面に擦り付けるようにして、必死にニオイを嗅ぎまわりました。
確かに道の駅から道路に出たところまで、ニオイはありました。
道路に出てから、右に歩いて行ったようでした。私は、ニオイを嗅ぎながら歩き続けます。
でも、10分ほど行ったところで、ニオイは消えていました。回りを嗅いでみても、そこから先にニオイはありません。
「どうしてないのよ?」
私は、少し考えると、閃きました。
「空を飛んだのよ。だから、ここでニオイが消えているのね」
そうとわかれば、すぐにツバメに変身して、空から追うことにしました。
でも、慎一くんは、鷲の羽なので、ツバメでは、追いつけません。
それでも、私は、必死に後を追いました。空高く飛びながら周りを見渡します。
しかし、慎一くんの姿はどこにもありませんでした。見えるのは、山と緑だけでした。
「もう、どこに行ったのよ……」
私は、ぶつぶつ言いながら飛び回って探してみても、全然見つかりません。
疲れてきたので、一度地上に降りました。
「ああぁ、もう、飛ぶのも以外に疲れるものね」
私は、自分に戻って、たまたまそこにあったベンチに座りました。
残された時間は、明日の夜までです。なんとしても、今日一日で、見つけ出したい。
でも、どこを捜せばいいのか、まるで見当もつきません。
「どうしたらいいんだろう……」
私は、途方に暮れました。お昼も過ぎて、お腹も空いてきました。
私は、さっきの食堂で、なにか食べようと思って、重い腰を上げました。
そして、さっきは、サラリーマンの男性で行った食堂に入りました。
「いらっしゃいませ」
さっきと同じおばちゃんが明るく迎えてくれました。
私の他にも、数人のお客さんがいました。私は、開いている席に座ると、一番安いラーメンを注文しました。
私は、ラーメンができるまで、何気なくスマホを開いて、慎一くんの写真を眺めることにしました。
「もう、どこ行っちゃったのかなぁ……」
私は、独り言のように呟くと、ラーメンを持ってきたおばちゃんが言いました。
「あら、その写真の子」
「知ってるんですか?」
「さっき、ウチに来たお客さんが探してましたよ」
「どんな人でしたか?」
もちろん、それは、変身した私自身です。でも、一応、聞いてみました。
「カッコいい男性でしたよ」
だから、それは、変身した私なんです。でも、そんなことは、言えません。
「そうですか。それで、この男の子は、見ませんでしたか? 私も探しているんです」
「今日は、見てないよ」
「そうですか」
私は、そう言って、話を区切って、ラーメンを食べることにしました。
田舎の食堂でも、おいしかったので、あっという間に、スープまで完食してしまいました。
「おいしかったです。ご馳走様でした」
「どういたしまして。それにしても、早く見つかるといいねぇ」
私は、おばちゃんにまで、心配されていることに、感謝しました。
代金を払って、お店の外に出ます。なんとなく、元気が戻ったような気がしました。
「さて、もう一回り、探してみようか」
私は、張り切って、もう一度探してみることにしました。
さっきの道の駅からかなり時間がたっているので、空を飛んでここまで戻ってきたとしか思えません。
どこかで隠れていると思って、とにかく、探すしかないのです。
私は、もう一度、犬になって、ニオイを嗅ぎながら探しました。
それでもダメなら、ツバメになって、空から探してみました。
でも、夕方になってもちっとも見つかりません。
太陽が沈んで、また、夜がやってきました。
私は、駅のベンチに疲れて座り込んでいました。
「慎一くん、どこにいるの……」
今夜は、どこに泊まろうか、それを考えることにしました。
また、村長さんのところに行くか、犬になって、どこかで野宿するか、私は、かなり悩んだけど、なんとなく気が引けたので、犬に変身して、どこかで野宿することにしました。
その前に、ご飯を食べないと、お腹が空いて寝られません。
私は、財布の中を見て、少ないお金の中から、雑貨屋さんでおにぎりを二つ買いました。
暗くなると、いくら田舎と言っても、女の子の姿では危険なので、食べ終わると、すぐに犬に変身しました。
そして、街中をトボトボ歩きながら、今夜のねぐらを探しました。
犬の姿とはいえ、道路で寝るわけにはいきません。探しているうちに、暗くなってきました。
街灯が少ない街なので、夜になると、真っ暗です。
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