第4話 変身人形との別れ??
翌日、私は、学校に行っても、早く慎一くんに昨日のことを話したくて、
うずうずしてました。
でも、教室では、話せないので、早く夕方にならないかとばかり思っていたので、今日は、授業には身が入りませんでした。
時計を見ながら、放課後になるのをイライラしながら待つことしか出来なかったのです。
こうして、やっと、放課後になると、慎一くんを誘って、いつものスーパーに行きました。
今日の夕飯は、チャーハン、餃子、麻婆豆腐、中華風焼肉、中華サラダと、
中華料理のオンパレードです。
私も今日は、張り切って料理を作りました。
「なんだか、今日は、ずいぶん張り切ってるね」
慎一くんは、私が浮かれているのを見て、笑いながら言いました。
「ちょっと、楽しいことがあったの。ご飯を食べたら話すね」
わたしは、そう言って笑いました。私が変身して、空を飛んだり、川を泳いだりしたら、なんていうかしら?
笑ってくれるかな…… そんなことを考えながら、料理を作りました。
テーブルの上には、いつものように、大盛の料理が並びました。
慎一くんは、おいしそうにもりもり食べてくれました。
私も、少しだけいただきます。
「今日のご飯は、おいしいよ」
「ありがとう。慎一くんのおいしそうに食べるのを見るのが、好きなの」
そう言うと、真一くんは、少し顔を赤くして、チャーハンを口に入れました。
そして、食事も終わり、片づけを済ませて、私たちは食後のお茶を飲んでいました。
私は、ウワンちゃんを膝に抱きながら、哺乳瓶でミルクを飲ませています。
「あのさ、あたし、昨日、変身しちゃった」
「えぇーっ!」
私の思ったとおり、慎一くんは、ビックリしていました。
そして、私は、ウワンちゃんにミルクを飲ませながら、昨日のことを話しました。
でも、私の話を聞いているうちに、慎一くんの顔が少しずつ、曇ってきました。
「美樹ちゃん、その変身人形は、余り使わないほうがいいんじゃないかな?」
「えっ…… どうして?」
笑ってくれるのと思ったのに、なんだか真面目な顔をして話を始めました。
「その人形は、遊びで使うと、まずいんじゃないかな」
「それくらいは、わかってるわよ。でも、ちょっとくらいいいじゃない」
なんだか、雲行きが怪しくなってきました。おもしろい話だと思って、
話したのに……
「やはり、人間には、その人形は、早かったみたいだな」
ウワンちゃんが、自分で哺乳瓶を口から離して言いました。
「どういう意味よ?」
私は、ちょっとカチンときて、言い返しました。
すると、ウワンちゃんは、ふわふわと宙に浮くと、私の目線と同じ高さまで浮き上がりました。
「いいか、美樹、よく聞くんだ。その変身人形は、あの店の店員の魔女のものだ」
「それくらいわかってるわよ」
「キミという人間を信用して、譲ってもらったものだろう」
「そうよ。あたしが買ったのよ」
「キミは、そのときの事を忘れたのか? 自由に使えるとはいえ、それを気軽に使ってはいけない。それは、もしものときや困ったときに使うものだろ」
「そうだけど…… 試してみたかっただけでしょ」
私は、ウワンちゃんに言い返しました。
「だから、人間というのは、信用できないんだ」
「どういう意味よ?」
私は、わけがわからないので、聞いて見ました。
「人間というのは、自分にはない能力を持つと、使いたくなる。一度使うと、次も使いたくなる。気持ちはわかるが、そこが人間の浅はかさなのだよ。だから、神は人間には、特別な能力を持たせなかったといえる」
「だって、あたしも、慎一くんみたいに空を飛んでみたかったんだもん。自由に水の中を泳いでみたかったんだもん。せっかく、変身できるのに、その力を使わないのは、もったいないでしょ。それを使って、何が悪いのよ」
自然と、私の声も大きくなります。なんだか、私が一方的に悪いことをしたみたいに思われるのは、イヤでした。
「ぼくも慎一も、確かに特殊能力を持っている。でも、それは、望んだことではない。だから、慎一もやたらと能力を使ったりはしない」
「そんなことはわかってる。でも、あたしは、慎一くんみたいになりたかったのよ。空を飛んだり、水の中に入ったりいろんな人に変身したり、せっかく変身できるのに、それを使って何が悪いのよ」
「キミには、慎一の気持ちは、わからないようだ。残念だよ」
なによ、わかったようなことを上から目線で言わないでよ。
私だって、この力を役立てたい。
慎一くんのお手伝いをしたい、協力したい、そう思っているだけなのに……
「美樹ちゃん。もう、変身人形とか、そのペンダントとか、使わないほうがいいんじゃないかな」
慎一くんまで、そんなことを言うとは思わなかったのでショックでした。
慎一くんなら、いっしょにやろうといってくれると思ってたのに……
だから、私は、腹が立って、頭に血が上って、つい強い口調で言ってしまいました。
「わかったわよ。もう、いいよ。あたしは、慎一くんが羨ましかった。だから、変身できてうれしかった。これで、慎一くんといっしょになれると思ったのに……」
「美樹ちゃん。変身人間なんて、ぼくだけでいいんだよ。キミは、普通の人間でいてくれていいんだ」
「そう…… あたしは、必要ないのね」
「そうじゃないよ」
「もう、いい。慎一くんなんて、大っ嫌い。ウワンちゃんも嫌いよ」
そう言うと、私は、立ち上がって、玄関まで走って行きました。
「美樹ちゃん……」
慎一くんの声も聞かずに、私は、靴をは履くと、乱暴に玄関から出て行きました。
気がつくと、涙が頬を伝っていました。そして、走るように逃げ出しました。
暗くなった道を走りました。少し走って、足を止めて、涙を拭きました。
振り向いても、慎一くんは、追ってきてくれませんでした。
なんか、裏切られた気がして、淋しくなって、ウチまで帰る道のりが重たく感じました。
なんで、こんなことになったんだろう……
そんなに私は、悪いことをしたのだろうか。
空を飛んでなにが悪いのか? 人魚になって泳いだことが、そんなに悪かったのか?
誰にだって、変身願望はある。それを、私は手に入れた。だから、この気持ちは、変身人間の慎一くんならわかってくれると思っていた。
ペンダントで変身したときも、女の子を助けるためです。
悪いことはしたとは思っていません。それなのに……
私は、泣きながら夜道をトボトボと歩きました。
そして、駅前の交差点に差し掛かりました。信号が赤なのに、それさえも気がつきませんでした。
「危ない!」
誰かの声がしました。その声にハッと気がついたときには、もう、横断歩道の半分まで来ていました。
向こうから車がクラクションを鳴らし、ブレーキ音をかけながら近づいてきました。
私は、あっと思ったときは、もう手遅れです。足が動きませんでした。
私は、瞬間的に目を覆っていました。車の大きな音がしました。
「大丈夫? 歩くときは、前を見ないと」
私の耳に聞こえたのは、慎一くんの声でした。
目を開けると、私の前に慎一くんがいました。左右の腕は、ゴリラと熊に変身していました。
そして、胸からライオンが飛び出し、車の前に噛み付いています。
「慎一くん……」
「ウワンが、様子を見て来いっていうからさ。見に来てよかったよ」
その時、私は、慎一くんと初めて会ったときのことを思い出しました。
あの時も、今と同じです。それが、鮮明に頭に思い浮かびました。
「どうした?」
「学生が、車を止めたぞ」
「なんだ、あの腕?」
気がついて周りを見ると、たくさんの人が見ていました。
慎一くんは、ゆっくり車を下ろすと、私のほうに振り向いて、いつもの笑顔で言いました。
「ケガはない?」
私は、頷くしかできませんでした。
「それなら、よかった。騒ぎになるから、帰ったほうがいいよ」
そう言うと、背中から翼を出すと、あっという間に夜空に飛び立っていったのです。
「なんだ、アレ!」
「人間が空を飛んでいるぞ」
私は、大騒ぎになって、人が集まってくるのも、他人事のように見ながら立ち尽くしていました。
その後、私は、大騒ぎになっている人混みの中から、逃げるように帰りました。どこをどうやって帰ったのか、覚えていませんでした。
ウチに帰ると、親も弟も帰っていました。
「お前、大丈夫だったのか?」
「美樹ちゃん、今、すごい事故があったのよ」
パパとママに言われて、それが自分だったことも、なんとなく覚えているだけで、何も返事が出来ません。
「そう…… 疲れたから、もう、寝る」
私は、そう言って、自分の部屋に行きました。
ベッドに横になると、私は、いつの間にか寝てしまいました。
精神的に疲れたのかもしれません。慎一くんに助けてもらったのに、お礼も言えないまま、別れた自分が情けなくて、悔しくて、押しつぶされそうでした。
しかも、慎一くんとウワンちゃんに、ひどいことを言った。
そんな自分が許せないのです。なのに、慎一くんは、自分を省みず、また私を助けてくれた。
しかも、今度は、大勢の人のいる前で、変身したのだ。私は、取り返しがつかないことをしたのを初めて自覚しました。
そのまま寝てしまった私は、夢を見ました。夢の中に出てきたのは、あの店員と魔女でした。
『あなたは、私との約束を忘れたのですか? あなたのしたことで、あの変身人間は、大変なことになることでしょう。その罪をあなたは償わなければなりません。今後、一切、変身することはなりません。変身人形とペンダントは
返してもらいます。やはり、人間には、使いこなせなかったようですね。残念です』
目が覚めて起きると、すでに朝になっていました。
私は、飛び起きて、戸棚を開けると、そこにあったはずの50体に人形がきれいに消えていました。
そして、人形代の3000円が、置いてありました。
慌てて胸に手をやると、首にかけてあった変身ペンダントもありませんでした。
「ウソ……」
私は、独り言のように呟くと、階段を駆け下ります。
「いつまで寝てんだ、遅刻するぞ」
「髪くらい、ちゃんととかしなさい。ご飯できてるわよ」
パパとママに言われて、昨日は、あのまま寝てしまったことに気が付きました。
急いで制服に着替えて、髪をとかして、ダイニングに座りました。
「姉ちゃん、昨日、すごかったんだぜ。知らないの? ほら、テレビでもやってるぜ」
弟がテレビをつけて言いました。私は、パンを食べながら、テレビを見ると、レポーターがなにか言ってました。
『現場にやってきました。目撃者の話では、車に引かれそうになった少女を、助けた学生は、突然、獣のようなものに変身して、車を止めたということです。少女には、ケガはなかったようですが、その子に関しては、不明です」
私は、思わず、パンを落としてしまいました。それって、私のことです。
そして、慎一くんのことです。
『一瞬の出来事なので、写真や録画はありませんが、目撃者は、皆さん、口々に両手が黒い物に変わって車を止めたというのです。信じられません。とても、人間には出来ません。その学生は、いったい何者なのでしょうか……』
私は、頭が真っ白になりました。パニック状態と言ってもいいです。
「美樹、どうしたんだ。顔が真っ青だぞ」
パパが顔を覗き込んで言いました。
「あたし、学校に行ってきます」
私は、夢遊病者のように、歩いて家を出ました。
「ちょっと、美樹ちゃん。どうしたのよ」
ママが後を追いかけてきても、私は、何も言葉が出ませんでした。
「おはよう」
通り過ぎるクラスの友だちから声をかけられても、私は、返事が出来ませんでした。
まるで、歩いているという感覚がありませんでした。
教室に行くと、クラスの友だちは、昨日の事件のことで盛り上がっていました。
写真に撮られていないので、それが慎一くんだということも、助けられた少女というのが、私だということもみんなは知りません。それだけが、救いでした。
しかし、事は、もっと深刻になっていたのです。
教室に入ってきた先生は、授業に入る前に、いきなりこんなことを言いました。
「授業の前に、みんなにお知らせがある。中村慎一くんは、転校することになりました。突然のことで、みんなにお別れが出来なくて、残念だということだ」
私は、頭を殴られたような気がして、目眩がしました。目に入る景色が、歪んで見えました。
「何だよ、いきなり、転校って?」
「どういうことですか?」
「いや、先生もよくわからないんだが、昨日の夜に、校長先生に連絡が来たという話だ」
「もしかして、昨日の事件と関係があるんじゃないかしら?」
「そうだよ。だから、姿を消したんだよ」
「まさか」
「いや、きっとそうだよ。学生って、あいつのことじゃないかな?」
「そうかもしれないわね」
「ほらほら、静かにして、授業を始めるぞ」
騒がしくなった教室を静めるように先生が言うと、授業が始まりました。
「せ、先生、気分が悪いので、早退していいですか?」
「どうした? とりあえず、保健室に行ってこい」
私は、教室を出て、保健室に行きました。でも、たまたま先生がいなかったので、私は、そのまま早退しました。
その足で、私は、慎一くんの家に行きました。でも留守でした。表札もなくなっていました。
いくらチャイムを鳴らして、慎一くんを呼んでも、誰も出てきません。
「慎一くん、慎一くん」
何度も呼びました。でも、返事はありません。
その時、たまたま、向かいの家の人が出てきました。
「そこの人なら、昨日の夜に引っ越したわよ」
「えっ!」
「急に引っ越すことになったって、言ってたけど」
「あの、どこに行ったかわかりませんか?」
「さぁ、そこまで、わからないわ」
慎一くんとウワンちゃんは、この街から消えた。正体がばれる前に、どこかに逃げたんだ。
それもこれも、全部、私のせい。そう思うと、いたたまれませんでした。
このときになって、初めて、自分のしでかした事の重大さに気がつきました。
でも、もう、どうすることも出来ません。今の自分では、何も出来ないのです。
そう思うと、私は、消えてなくなりたくなりました。
私は、どうしたらいいんだろう…… 慎一くんを助けなきゃ。
私にできることは、それしかない。
そして、ちゃんと謝らなきゃいけない。私のために、慎一くんは、学校からも、この街からも消えるしかなかった。
私は、なんてことをしたんだろう……
取り返しがつかないことをしたんだろう。
しばらく固まったまま、体が動きませんでした。
「そうだ。あのお店に行ってみよう」
変身人形を買ったあのお店に行ってみればと思って、行ってみることにしました。自然と足は速くなって、気がつけば走っていました。
昨日の事件の近くを通ると、まだ、マスコミの人たちやテレビ局の車がたくさんいました。
私は、目立たないようにして、商店街の中に入ると、路地を曲がりました。
ところが、そこにあったはずの、あのお店は、ありませんでした。
きれいに、皿地になっていたのです。
「まさか、そんな……」
私は、それを目前にして、途方に暮れてしまいました。
これで、慎一くんを探す手がかりはなくなりました。
私は、足取りも重いまま、どこをどう歩いたのかわかりませんが、気がつけば、商店街の中にある、小さな公園のブランコに座っていました。
今日は、平日で、まだ昼間なので、ウチにも帰れません。
慎一くんは、今頃、どこでどうしているのか、そればかり考えていました。
全部、私のせいなの。私が悪いの。私が、軽々しく変身なんてしたから、こんなことになった。後悔しても、後悔しきれません。
しかも、慎一くんのことを嫌いだなんて、思ってもいないことを言って傷つけてしまった。
それなのに、私の事を助けてくれた。自分の正体を見られてしまうのに、変身して助けてくれた。それを思うと、私は、涙が溢れてきました。
「お姉ちゃん、どうしたの? 泣いているの」
いきなり声をかけられて、顔を上げると、私の目の前に、小さな男の子がいました。私の顔を覗き込むようにみると、こう言いました。
「お姉ちゃん、何があったの?」
「なんでもないの。ちょっと、悲しいだけ」
「なんで、悲しいの?」
「大事な友だちをなくしたからよ」
「それは、悲しいね」
そう言って、その男の子は、空いている隣のブランコに座りました。
そして、ゆっくり漕ぎながら言いました。
「お姉ちゃんは、どうしたいの?」
「その友だちに謝りたいの。でも、もう、いなくなっちゃった……」
そう言うと、私は、また、涙が流れました。
「お姉ちゃん、そんなに謝りたいなら、探せばいいじゃん」
「だって、どこにいるかわからないのよ」
「そんなの簡単じゃん。お姉ちゃんは、変身できるんでしょ。心から反省して、彼のことを思うなら、なにが何でも
探し出して、謝ればいいんじゃないかな。きっと、許してくれると思うよ」
男の子は、ニッコリ笑いながら言いました。
私は、その言葉を聞いて、体に雷が落ちたと思いました。
「今、なんて言ったの?」
「だから、変身人形を使って、探せばいいじゃん。ホントにやる気があるなら、きっと見つかるよ」
「な、なんで、キミは、変身人形のことを……」
私は、思わず立ち上がって、男の子の前に立つと、揺れるブランコの鎖を握り締めて聞いていました。
でも、男の子は、微笑みながら顔を上げていったのです。
「だって、ぼくは、魔女の変身した姿だもん」
私は、もう、言葉が出ませんでした。余りのショックで、その場に崩れ落ちそうになりました。
それを私は、必死で耐えて、立っていました。
「お姉ちゃん、ホントに反省した?」
私は、何度も首を縦に振ります。
「ホントにホント?」
「ホントです。あたしが悪かったんです。もう、二度と、軽々しく変身しません」
「それじゃ、もう一度だけ、お姉ちゃんを信用してみるね。今日から三日以内に、変身人形とペンダントを使って、彼を探し出して。そうしたら、許してあげる。人形もペンダントも返してあげる」
「でも……」
「お姉ちゃん、帰ったほうがいいんじゃない? 時間がないよ」
私は、男の子に言われて、公園から走り出しました。息が切れるのも関係ありません。
全力で走って、帰宅しました。鍵を開けてドアを開けるのももどかしく、靴も脱ぎ捨てて、階段を駆け上がり、部屋に入って、戸棚を開けました。
そこには、50体の人形がすべて揃っていました。
そして、机の上に、あのペンダントもありました。
「こんなことって……」
私は、信じられない思いで、その場に膝から崩れ落ちました。
とても信じられません。奇跡が起きたとしか思えません。
でも、私は、あの男の子が言ったことが、ホントなら、これが現実です。
私は、自分に気合を入れるために、一度一階に降りて、冷たい水で顔を洗いました。
濡れた顔を鏡で見ながら、泣いている場合じゃないことを自分に言い聞かせました。
部屋に戻ると、動きやすい服に着替えると、ペンダントを首にかけました。
戸棚から、人形を取り出して、使えそうな人形をいくつか選びました。
それをポーチに入れると、家を出ました。途中で、ママに電話して、友だちの家に泊りに行くとウソをついて三日間の家出をしました。
こうなったら、なにが何でも、慎一くんを探し出してやる。
それまで、家にも学校にも帰らない。
自分がどう処分されても、親に怒られても、その覚悟が決まりました。
まず、私は、慎一くんの家に行きました。もちろん、鍵はしまって、窓も開いていません。
無理に鍵を開けるなんてことは、私にはできないし、そんなことをして、怪しまれて警察を呼ばれたら元も子もありません。
私は、ポーチの中から、ネズミの人形を取り出すと、鼻を軽く触りました。
あっという間に、小さなネズミに変身すると、小さくなった自分の人形と
ポーチを咥えて家の隙間を探します。
私は、アチコチ探して、ちょっとくさいけど、下水道から忍び込んでみました。
暗くて細いトンネルのようなところを走ると、キッチンの流しに出ることが出来ました。
小さくなったポーチから自分の人形を取り出して、元に戻ります。
いつも見る、慎一くんのキッチンでした。いつも、ここでいっしょに夕飯を作っていたのを思い出します。
「そんなこと、考えている場合じゃないんだ」
私は、思い直して、ポーチの中から、ある人形を取り出して変身しました。
それは、あの有名な、名探偵にそっくりの人形です。鼻を触ると、あっという間に変身です。
羽織袴に下駄を履いて、ボサボサ頭の長髪に、三角の帽子を被った、
小説や映画で有名な名探偵です。
「いけない、部屋の中だから、下駄は脱がなきゃ」
私は、下駄を脱いで、それを羽織の懐に入れました。
まずは、キッチンの中を見渡します。男の子の一人暮らしなのに、きれいに整理整頓されています。
ちょっと失礼して、冷蔵庫を開けてみても、飲み物しか入っていません。
鍋やフライパンもきれいに片付けられていて、ゴミ箱もきれいでした。
「慎一くんて、きれい好きなのかしら?」
私は、独り言のように呟きながら、部屋の中を歩き回って、なにか手がかりを探しました。
今は、女子高生ではなく、名探偵だから、なにかいいアイディアはないか考えます。
まずは、基本に帰って、慎一くんの部屋に行ってみました。
「失礼します」
誰もいないのをわかっていても、他人の部屋に黙って入るのには、ちょっと悪い気がして、声をかけてみました。
ドアを開けても、もちろん、誰もいません。初めて入る、慎一くんの部屋は、
男の子の割りにきれいなっています。
ベッドに机に本棚とクローゼットくらいしかありません。
本棚も、教科書や図鑑と辞書や参考書くらいで、マンガもありませんでした。
当然、エッチな本など、どこにも隠していません。
「ホントに、きれい好きなのね」
私は、感心しながら、まずは、机の引き出しを開けてみました。
なんとなく、盗み見をしている気がしたけど、ここは、グッと堪えて開けてみます。
中には、ペンとかノートが入っていました。日記とかあったら、どうしようとか思いながら中を探してみました。
すると、一冊の小さなノートがありました。しかも、かなり新しい感じがしました。
かなり勇気がいったけど、見て見ました。心の中で、慎一くんにごめんといいながら手に取ります。
ページを開くと、まだ、ほとんど書いてありませんでした。
でも、ページをパラパラ捲っていると、走り書きのようなメモを見つけました。
そこには、かなり衝撃的なことが書いてありました。
『美樹ちゃんに失礼なことを言ってしまった。ごめん』
『何も言わずに逃げてしまって、ごめんなさい。もう一度、美樹ちゃんに会いたい』
私は、それを読んで、熱いものがこみ上げてきました。
慎一くんのホントの気持ちがわかって、あのときのことが思い浮かびます。
「謝るのは、私の方よ……」
私は、そう呟くことしかできませんでした。こうなったら、なにが何でも、
慎一くんを見つけ出さなきゃ。
決意を新たにノートを閉じると、ポーチに入れました。
再び、部屋の中や家中を見て回りました。でも、ゴミ一つありませんでした。
「いったい、どこに行ったのよ……」
私は、そう言いながら部屋の中をグルグル歩き回りました。
慎一くんが行きそうな場所。知ってる場所を思い出します。
この家、この街、学校の他に、慎一くんが行きそうな場所を考えます。
「あー、もう、いったい、どこよ……」
私は、帽子を脱ぐと、頭をガリガリ掻き毟りました。
すると、ボサボサの髪から、フケがポロポロ落ちてきます。
「なによ、汚い」
自分のことなのに、なんか腹が立ちました。
その時、なにかを思いつきました。
「そうだ。慎一くんが知ってる場所は、もう一つあった」
私は、棚から地理の教科書を取り出し、日本地図を広げました。
慎一くんが知ってる場所は、もう一つあります。それは、以前、私と行った、
秘密基地のような場所。
確か、田舎の山奥だった。電車で2時間くらいかかったはずです。
それは、どこだったか、思い出しながら、地図を探しました。
すると、地図のある場所に、赤い丸が印してありました。
「ここだ。そうよ。ここよ。ここしかないわ」
そこは、長野県の奥地の山岳地帯でした。私は、必死に、あのときのことを思い出しました。
どうやって行ったのか? 電車をいくつか乗り換えた。それを思い出しました。
だんだんとあのときのことを鮮明に思い出してきます。
「よし、行ってみよう。行くしかない」
私は、そう思うと、すぐに行動に移しました。
まずは、探偵の人形から、ネズミに変身して、慎一くんの家を出ます。
そして、ウチに一度戻りました。
幸い、まだ、ウチには、誰も帰っていませんでした。
私は、リュックに着替えだけを詰めて、貯金箱を壊して、ありったけのお金を
財布に詰めました。
「待ってて、慎一くん。必ず、見つけて見せるから」
私は、誰に言うでもなく、自分に言い聞かせて、ウチを出ました。
あのときのことを思い出しながら、電車に飛び乗り、いくつか電車を乗り換えました。
単線のローカル線に乗って、あの時降りた無人駅に着いたのは、もう夜になっていました。
私は、家に電話をして、しばらく帰らないことを伝えました。
電話に出たのは、弟だったので、友だちの家に泊まると、適当に誤魔化しました。
帰ったら、親に怒られることは、覚悟の上でした。でも、慎一くんを見つけるまでは、帰る気はありませんでした。
慎一くんが見つかったら、いくらでも怒られてあげる。それくらいの気持ちでした。
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