第3話 変身ペンダントの謎?

 私たちは、しばらく崖が崩れ落ちるのを呆然と見ていました。

麓の人たちも音に驚いて外に出てきて、崩れ落ちる山を心配そうに見ています。

それでも、少しすると、音もやんで、静かになりました。

砂埃は舞っているので、目を覆わないといけない状況は続いたものの、やがて静けさが戻りました。

「さて、そろそろ帰ろうか」

 慎一くんは、笑顔で言いました。

こうして、私たちは、一仕事を終えて、ウチに帰ることにしました。

 無人駅まで歩きながら、話をしました。

「結構、怖かったわね」

「まぁね、でも、美樹ちゃん、すごいね」

「慎一くんのがすごいよ」

「それにしても、ウワンちゃんて、いろんなことが出来るのね」

「これでも、超能力者だからね」

 私の背中で寝ているウワンちゃんを見ながら感心します。

無人駅のホームのベンチで座って、次に来る電車を待ちます。

時刻表を見ると、まだ、一時間くらい来ません。

「それにしても、静かだね」

 慎一くんがポツリと言いました。耳を済ませば、車の音も人の話し声も聞こえません。

たまに鳥の鳴く声がする程度で、都心のような、雑音的なものは、何も聞こえませんでした。

「お腹すいたな」

「そうね。朝から、何も食べてないもの」

「帰ったら、夕飯だね」

「今夜は、何にする?」

「今日は、疲れたから、何も作る気が起きないよ」

「それもそうね」

 私たちの意見が一致しました。そうは言っても、なにか食べないとお腹は減ります。

「どうする? どっかで食べて帰る」

「う~ん、外食は、お金がかかるしなぁ……」

 そこも意見が一致しました。少しの間、私たちは、黙って考えます。

「ねぇ、それじゃ、今夜は、あたしのウチでご飯食べない? ママに作ってもらうから」

「イヤイヤ、それは悪いよ。ぼくは、たくさん食べるから……」

「だから、たくさん作ってもらうから」

「でも、普通の人のレベルじゃないんだよ。美樹ちゃんも知ってるでしょ」

 確かにそう言われると、ママには、なんて説明したらいいかわからない。

まさか、10人前の食事を作ってくれとは言えない。

「やっぱり、ウチに帰って、なんか作ろうか」

「それしかないかぁ……」

 結局、ウチで作ることになりました。帰りにスーパーに寄らないといけないわけですぐに帰るわけにはいかなくなりました。正直言って、私も疲れています。

慎一くんは、もっと疲れているはずです。なにか、いい考えがないか、私は頭をフル回転しました。でも、なかなかいい考えは浮かびません。

 二人で、いろいろ話し合っていると、急に慎一くんが言いました。

「そろそろ電車が来るよ」

 言われても、私の耳には電車の音は聞こえないし、目にも見えません。

慎一くんの耳は、ウサギだし、目はトンボだから、きっと、わかるのでしょう。

ちなみに、ウサギの名前は、ピョンちゃん。トンボは、ヤンマくんと名づけました。

 しばらくして、やっと一両のローカル線がホームに入ってきました。

車内に入っても、乗客は、数えるほどしか乗っていません。

それほど、田舎なのです。

 しばらく電車に揺られていると、私は、眠くなって、いつの間にか慎一くんの肩に寄りかかって寝てしまいました。

なんだか気持ちよくなって、ゆりかごに乗っているような気持ちでした。

「降りるよ」

 慎一くんに起こされて、目が覚めました。

「ご、ごめんなさい。あたし、寝ちゃった」

「いいよ。疲れたでしょ」

 私たちは、電車を降りて、今度は、特急電車に乗り換えて、東京に戻ります。

その中でも、私は、寝てしまいました。なんだか、私は、慎一くんに甘えっ放しです。

 やっとのことで、最寄り駅に降りると、私は、思わず大きく伸びをしました。

「ずっと、座りっ放しだったから、お尻が痛くなるね」

「そうだね」

「やっと帰って来たわ。それじゃ、チャチャッと買い物して帰りましょう」

 そう言って、私たちは、いつもの道を歩いて、スーパーに向かいました。

「なんか、付き合せて悪かったね」

「いいのよ。あたしが好きで付き合ったんだもん」

 背中にウワンちゃんをおんぶして、高校生が手を繋いで歩いていると、道行く人たちが、珍しそうに見ました。でも、私は、それが好きでした。

なんとなく、優越感というか、幸福感を味わえたからです。

背中のウワンちゃんは、まったく起きる気配がありません。

「なんか、楽しいね」

「えっ?」

「だって、あたしたち、なんか、若いパパとママみたいじゃない」

「イヤ、まぁ……」

 慎一くんは、ハッとして、手を離そうとします。

「ダメ。手を離さないの。いいじゃない、見たい人には、見せつけてやればいいのよ」

 そう言って、慎一くんの手をギュッと握りました。

それでも、慎一くんは、少し恥ずかしそうにしました。

 そして、いつもの商店街を歩いて、スーパーに行こうとしたときです。

たまたま路地を通り過ぎようとしたとき、変身人形を譲ってもらったお店に気がつきました。

「慎一くん、待って!」

 私は、思わず足を止めて言いました。

「どうしたの?」

「見て、お店があるの」

「お店?」

「変身人形を買ったお店よ」

「でも、アソコには、何もなかったはずでしょ」

「それが、あるのよ。見てよ」

 そう言って、曲がり角の向こうを指差しました。

「まさか……」

「どういうことかしら?」

 とにかく、行ってみようと思って、慎一くんの手を引いて、そのお店まで行ってみました。

そこには、確かに見覚えがある、あの雑貨屋さんでした。

看板には『MAO堂』と書いてあります。

「見て、やっぱり、あれは、夢じゃなかったのよ。これで、信じてくれるわね」

「う、うん」

 私たちは、そのお店に入りました。

「いらっしゃいませ」

 あの時と同じ、若くてきれいな女性の店員さんが迎えてくれました。

「あの、あたしを覚えていますか?」

「ハイ、もちろん、覚えてますよ」

「変身人形を買ったんですけど」

「そうでしたね」

 私は、リュックの中から箱を出して、持っている人形を見せました。

隣で慎一くんは、黙って私たちのやり取りを見ています。

「これ、わかりますよね」

「ハイ」

 笑顔で接してくれる店員さんの言葉に、私は、少したじろぎました。

思い切って、お店の事を聞いて見ました。

「あの、失礼なことを聞きますけど、このお店って、昨日はありましたか?」

「ありませんよ」

 どんな返事が返ってくるかと思っていたのに、あっさりそれを認めたのだ。

「ないって……」

「ハイ、ありませんよ。あのときから、しばらく休業してましたから」

「休業ですか……」

 私は、もうなにがなんだかわからなくなって、言葉に詰まりました。

「キミは、人間じゃないね。キミの心が読めない」

 突然、眠っているはずのウワンちゃんが背中から言いました。

「アラ、可愛い赤ちゃん。あなたも人間じゃないでしょ」

 なんということか、この店員さんは、一目で、ウワンちゃんのことを見破ったのです。

「あの、ここは、どんなお店なんですか? 変身人形なんて、危ないものを売っていたり、ちょっと怪しくないですか」

 慎一くんが、私の前に一歩踏み出して言いました。

「そうですか。あなたも変わった人間なんですね」

 可愛い店員さんは、そう言うと、奥からもう一人、大人の女性が出てきました。

見た目は、三十代と思われる美人の女性です。でも、着ている服が、どう見ても、コスプレとしか見えない全身黒ずくめのマント姿でした。

「私が説明しましょう。ここは、特別な空間なのです。ここに入れるというのことは、あなたたちは、選ばれた人間ということになります」

「どういうことですか?」

「この店は、この世界で生きる人間たちの悩みを少しでも解消するために開いた、開運グッズを扱うお店です。でも、普通の人間には、見えません。だから、お店に入ることも出来ないわけです。しかし、あなたたちは、見えている。

だから、この店に入っているのよ」

「説明になってないが」

 ウワンちゃんが言いました。

「どうやら、話は、その赤ん坊とした方がいいようですね」

 そう言うと、その女性は、私の後ろに回って、ウワンちゃんに話を始めました。

「私たちは、いわゆる魔女なのだよ」

「魔女? まさか……」

「信じられないというのか。赤ん坊の姿をした、超能力者が言う台詞ではないと思うが」

 そう言われると、ウワンちゃんも黙ってしまう。

「さっきも言ったように、私は、人間たちの悩みを少しでも楽にするためにやってきて、この店を始めた。その娘は、魔力に引かれてきただけなのだろう。そして、変身人形を買った。それだけのことだよ」

「でも、昨日は、ここは、空き地になってたけど」

「昨日は、違う場所で、店をやっていたからな。開店する場所は、ちょくちょく変えているのでね」

 そう言って、店員さんは、ウワンちゃんの頭を優しく撫でた。

「それで、今日は、なにをお買い求めですか?」

 今度は、可愛い店員さんが私に言いました。

「イヤ、その…… お店が開いていたから、ちょっと入ってみようかなと思っただけで……」

「正直なお嬢さんですね」

 感心しながら、大人の女性が言いました。

「その変身人形は、役に立っていますか?」

 そう言われたら、言うしかありません。

「ハイ、とても、役に立ちました。ビックリしたけど、すごいものですね」

「そう…… 使いましたか。それじゃ、あなたに、これをあげましょう」

 そう言って見せてもらったのが、可愛いペンダントでした。

「これも、変身人形と同じことが出来ます。困ったときは、それを握って、なりたいものを強くイメージして下さい。そうすると、あなたの思った者に変身できます。ただし、本当に困ったときにしか使えませんからね。遊びのつもりで

気軽使おうとしても、それは、反応しないから、注意して下さいね」

 私は、店員さんにペンダントを首にかけてもらいました。

「あの、これ、ホントに……」

「ハイ、変身ペンダントですよ」

 そう言って、ニッコリ笑ったのです。

「どうする、慎一くん?」

 私は、聞いてみました。

「似合うよ」

 イヤ、そういう感想じゃなくて、このペンダントの怪しい能力の事を

聞いているんだけど……

「とても、お似合いですよ。いつか、それが役に立つときがくるでしょう。そのときを楽しみにしていて下さい」

 そう言って、魔女は、奥に入ってしまいました。残された私たちと、

可愛い店員さんの三人です。

「あの、これ、ホントに、変身できるんですか?」

「ハイ、できますよ。でも、ホントに困ったときしか、使えないので、正直、私も使いこなせないんですよ」

 可愛い店員さんは、声を小さくして言いました。

魔女の人も、イマイチ使いこなせないなら、人間の私じゃ、もっと使いこなせないだろう。

でも、見た目は、可愛いので、もらえるものなら、もらっておこうと、気持ちを切り替えました。

「それじゃ、ありがたく、いただきます」

「ハイ、ありがとうございました」

 そう言って、私たちは、そのお店を後にしました。

スーパーに行く途中だったので、私たちは、急いで買い物に向かいました。

「だけど、ホントに、これって、使えるのかなぁ……」

「さぁ、ホントに困ったときしか使えないってことは、普段は、使えないってことだろ。それじゃ、あんまり役に立たない気がするけどなぁ」

 確かにその通りだ。普段使いをすることはしないけど、ホントに困った

ときって、どんなときなのか、わからない。

これじゃ、使いようがない。便利なようで、不便なものに思えてきました。


 それから数日たっても、変身ペンダントを使うことはありませんでした。

例え変身しなくても、おしゃれなペンダントだから、これはこれでいいかなと思うようになりました。

 その日、私は、学校の帰りは、塾に行くために、慎一くんのウチには行けませんでした。

塾が終わり、時間は夜の21時を少し過ぎていました。早く帰ろうと近道しようと思ったけどウチは、駅を挟んだ向こう側なので、駅の改札口を通って帰ります。

時間が遅かったせいで、余り利用客もいなくて、閑散としていました。

 丁度、駅の構内にある、公衆トイレの前を通りかかったときでした。

その前に、小学一年生くらいの女の子が一人でいるのが目に入りました。

可愛い女の子なので、気がついただけです。でも、この時間に、こんな場所で

一人でいるのが不思議でした。

私は、その女の子の前を通り過ぎようとしたときでした。

「助けて……」

 小さな声が聞こえて、振り向くと、その女の子が、体の大きな男に腕を掴まれていました。

一瞬、何が起きたのかわかりません。でも、足が自然と止まっていました。

女の子は、少し泣いているように見えました。もしかして、誘拐?

 交番は、駅の外のバスロータリーにあるので、助けを呼ぶには少し遠い。

男は、女の子の腕を引っ張っていました。嫌がっているように見えた私は、反射的に体を向き直ると女の子の方に近づくと、声を上げていました。

「ちょっと、離しなさいよ。嫌がってるじゃない」

 自分でも驚くくらいの行動でした。今までの私なら、きっと、みて見ぬ振りをしていました。でも、今の私は違います。勇気と度胸がありました。

「なんだ、お前?」

「その子をどうするつもり?」

「うるせぇ」

 そう言うと、私は、大きな手で胸を押されて、突き飛ばされました。

なんだか、悔しくて、腰を打った痛みなど、忘れていました。

こんなときに、慎一くんがいれば…… 力のない私では、助けることが出来ない。

でも、怯えている女の子を見捨てるわけにはいきません。

私は、立ち上がると、もう一度、その子を助けに行きます。

「離しなさいよ」

「怪我したくなかったら、どっか行け」

 そう怒鳴りつけました。閑散としていても、周りには、数人の大人たちがいます。なのに、誰一人助けようとはしません。私は、ここで、がんばらないと震える足に力をこめました。

「警察を呼ぶわよ。早く、その子を放して」

「さっきから、うるせぇよ」

 私は、その声にビビッて、声が出てきません。そんなとき、私は、胸の

ペンダントを知らないうちに握っていました。

自分が強い男の人だったら…… 私にもっと力があれば…… そう思いながら、男を睨みつけていると信じられないことが起きました。

 私の体が一瞬光ったのです。自分でも眩しいくらいの光に包まれ、思わず目を瞑りました。

そして、目を開けると、自分の体が、屈強なレスラーのような体に変わったいたのです。

「なにこれ……」

 私は、自分の太くなった両腕を見てビックリしました。

その場にいた男も女の子も、驚いて固まっています。

もしかして、私、変身したの…… でも、ビックリしている場合ではありません。

今は、女の子を助けないと。私は、その男の腕をつかんで女の子を助けます。

「いたた……」

「いい加減にしろ!」

 なんと、声も男の人のように太くて低い声です。姿形だけではなく、声まで

変わるのか?

私は、女の子を自分の後ろに隠すと、男の腕をさらに捻り上げました。

「わかった、やめろ」

 男の苦しそうな声が聞こえました。そこに、騒ぎを聞きつけて、交番から

おまわりさんが駆けつけてきました。

「大丈夫か? 怖かったな。もう、大丈夫だぞ」

 私は、男になりきって、その場にしゃがむと、その子の頭を撫でてあげました。

女の子は、泣いていましたが、ホッとしたのか、小さく笑うようになりました。

 そこに、トイレから母親らしい人が慌てて出てきました。

「お母さん!」

 女の子は、母親に抱きつきました。これで一安心です。

男は、警官に連行されていきました。母親は、私に、何度も頭を下げてお礼をします。

私は、なんだか照れくさくなりました。そのとき、私は、塾でもらったお菓子を思い出してカバンの中からそれを取り出して、女の子に渡しました。

「偉かったな。これは、ご褒美だ」

 そう言って、小さな女の子の手に握らせました。

「ありがとう」

 女の子の声を聞いて、私は、その場を後にしました。

「あの、お礼を……」

「名乗るほどのものではありませんので」

 決まった。一度、言ってみたかった台詞を、初めて言った。

姿は、自分じゃないけど……

私は、悠々と歩いて駅を後にしました。さて、この姿は、どうすれば、元に戻るのか? こんな筋肉マンの姿で帰ったら、ママは腰を抜かすだろう。

変身する方法は、わかったけど、元に戻す方法は聞いてなかった。

「どうしたらいいのかしら?」

 と、思っていたら、勝手に体が元に戻ってしまいました。

駅から一分も歩いていません。それなのに、あっという間に、元に戻ったのです。

「よかった。元に戻れてホッとしたわ。用事が終わると、勝手に戻るのね」

 ホッとしている私のそばを、さっきの親子が通り過ぎていきました。

どうやら、私を探しているようでした。でも、あの姿の正体が、実は、女子高生だなんて絶対わかるはずがありません。

なんだか、おかしくなって、笑みがこみ上げてきました。


 翌日、私は、いつものように、放課後になって、慎一くんのウチに夕食の

お手伝いにいきました。

そして、食事をしながら、昨日のことを話して聞かせました。

「ホントに変身できたんだね」

「そうなのよ。ビックリしちゃった」

 慎一くんは、笑って聞いてくれました。

「しかし、昨日は、たまたまうまくいっただけで、次もうまくいくとは限らないから、余りそのペンダントは使わないほうがいいと思うぞ」

「そうかしら?」

「あの店員も言ってただろ。頻繁に使いすぎないようにって」

 ウワンちゃんは、真面目な顔をして言いました。

「わかってる。遊びじゃないんだから、そんなに使ったりしないわよ」

 私は、そう言って、ご飯を口に入れました。今日の献立は、混ぜご飯でした。

「でもさ、せっかく、変身できるようになったんだから、あたしも慎一くんみたいに、もっと活躍したいな」

「別に、慎一は、活躍なんてしていない」

「人を助けたりしたじゃない。あたしもしたいなぁ」

 私は、さり気なく言いました。でも、ウワンちゃんは、相変わらず厳しい言葉をかけます。

「気持ちはわかるが、調子に乗ると、そのウチ、痛い目にあうから、やめた方がいいな」

 そう言われると、私もちょっとムキになります。

「だって、変身できるのよ。あたしにだって、なにか出来ることあると思うけどな」

 それに対してウワンちゃんは、何も言い返しませんでした。

「それじゃさ、例えば、美樹ちゃんは、どんなことがしたいの?」

 慎一くんは、焼肉を飲み込むと言いました。

「そう言われると、すぐにはわからないけど…… なにか出来ると思うのよ」

「よく考えてみるといいんじゃないかな」

 慎一くんは、そう言って、ご飯を大きな口を開けて食べます。

私は、その日の夜、人形とペンダントを見ながら、なにが出来るのか、じっくり考えました。

「う~ん、なんかないかなぁ……」

 いくら考えても、いいアイディアが出ません。

「あぁ~、ダメだ。よし、気分転換でもしよう」

 私は、ベッドから起き上がると、棚の中から、ツバメの人形を取り出しました。

そして、くちばしの部分をチョンと触って、ツバメに変身しました。

 足元に転がる自分の人形をくちばしで摘んで、ベッドに上がると、枕の下に隠すと、窓際まで飛び上がると羽を何度かバサバサ羽ばたくと、夜空に向かって、飛び立ちました。

 一気に空高く飛び上がると、眼下には、きれいな街並みが見えました。

車のライト、ビルの明かり、街の光が転々と見えて、夜の街も空から見ると、

きれいでした。空を見上げれば、きれいな月が丸く光っています。

「いい夜だな」

 なんだかしんみりしてきました。月明かりに照らされて、一人で空を飛んでいるのが、楽しくなりました。

まさか、自分が鳥になって、空を飛ぶなんて、考えもしないことでした。

慎一くんは、空が飛べるので、それが羨ましかったというのも正直な気持ちです。

それが、今は、自分一人でも出来るのです。少し、追いついた気がしました。

 空を飛ぶというのがこんなに気持ちがいいとは思いませんでした。

風を切って、夜空の下を飛ぶなんて、なんて素晴らしいことなんだろう……

私は、ホントに鳥になったような気分になりました。

 そして、しばらく空の散歩を楽しんで、自分の部屋に戻りました。

「あぁ~、楽しかった」

 私は、ホントの自分に戻って、そう言うと思い切り伸びをしました。

「気持ちよかったし、今度は、なにに変身しようかしら」

 そう思って、棚を開けて、いろんな人形を見て見ました。

「空を飛んだから、今度は、水の中よね」

 そう思って、魚の人形を探して見ます。可愛らしい金魚とか、巨大マグロとか、そんな魚の人形ばかりでした。

それでも、探していると、ある人形を見つけました。

「あった。これ、いいじゃない。可愛いし、水の中は、大丈夫よね」

 それは、人魚の人形でした。上半身が人間で、下半身が魚で、テレビアニメで見たような、可愛らしい人魚です。

「さて、これはこれとして、どこで泳ぐかよね」

 私の住んでいる地域は、海沿いではありません。また、川もありません。

かと言って、小学校のプールで泳いでも、おもしろくありません。

見つかったときに、大騒ぎになるので、それは出来ません。

少し考えたとき、多摩川に行ってみようと思いつきました。

ウチからは、離れているけど、さっきのツバメの人形を使えば、ひとっ飛びです。

 そう思ったら、善は急げです。数分前に変身したばかりのツバメに変身して、自分の人形は、枕の下に隠し小さなポーチに人魚の人形を入れると、再び、夜空に飛び出しました。

 方向はわかります。鳥になると、水のニオイがわかるのです。

街の明かりを下に見ながら飛ぶこと数分。真っ暗な川が見えてきました。

川の上の鉄橋には、電車が走っています。回りを一回り飛んで様子を見ても、人の気配はしません。

 私は、川の傍に下りると、回りを気にしながら、ポーチから人魚の人形を出します。

くちばしで人形を出すのは、ちょっと苦労したけど、何とか取り出します。

 そして、くちばしで人魚の鼻を触ります。あっという間に、私は、人魚に変身しました。

その時、鉄橋を走る電車の明かりで、自分の姿を確認しました。

 下半身は魚。上半身は、人間の女の子です。ただし、裸です。

野外で上半身だけとはいえ、裸になるのは恥ずかしいけど、人魚だからと

割り切って、そのまま川に向かって這って、そのまま川に飛び込みました。

川の水は、冷たかったけど、気持ちよくもありました。

 思い切って、川の中に潜っても、決して苦しくありません。

もちろん、息継ぎのために、ときどき顔は水面に上げないと

息が出来ないけど、人間でいるときよりも、長く潜っていられました。

アニメの人魚姫をイメージするように、下半身を上下にくねらせると、大きな尾ひれが動いて水を掻きます。

すると、スムーズに水の中を進めるようになりました。

 私は、人魚姫になりきって、水の中を優雅に泳ぎました。真っ暗なのが、残念だけど、それでも、満足でした。

晴れた海の中で泳いだら、もっと気持ちいいかもしれません。

 私は、調子に乗って、どんどん泳ぎました。気が付くと、電車の鉄橋が、

はるか向こうに小さく見えました。

「こんなに遠くまで、泳いだんだ。こんなの初めてだわ」

 私は、水面から顔を出して、鉄橋の上を走る小さな電車を見ました。

その後、私は、鉄橋まで泳いで戻りました。川原の近くまで泳ぐと、岩に上がって、腰を下ろします。

大きな尾ひれを水の中で、ピチャピチャ遊びながら、濡れた髪を風に吹かれて、ホントに気持ちよかったのです。

「人魚になると、胸も大きくなるのね」

 私は、裸の胸を自分で触ると、高校生とは思えない、大人の膨らみがわかりました。

その時、川原を降りてくる足音と小さな明かりに気がついて、慌てて水の中に入りました。

近所の人のパトロールか、見回りのようです。私は、水の中から、顔を半分だけ出して、周りを見回します。

 その明かりが少しずつ遠くなっていくと、ホッと息をついて、水から上がりました。

「そろそろ帰ろうかな」

 私は、そう言って、首にかけているポーチからツバメの人形を出して、人魚から変身しました。

空を飛ぶという気持ちよさと、人魚になって、水の中を自由に泳げる楽しさと、

同時に二度も味わったことで、心から楽しむことが出来ました。

 ウチに帰って、自分に戻ると、パジャマに着替えてベッドにもぐりこみました。

「今日は、楽しかったなぁ…… 明日は、なにに変身しようかしら」

 そんなことを考えて、その日の夜は、ぐっすり眠ることが出来ました。

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