幼馴染の彼女を寝取られて絶望を満喫しようと思っていたのに、いつまで経っても寝取られないことに業を煮やした俺は、何故寝取られないのか彼女に相談したのだが、何故かドン引きされて冷静に論破されてしまってる件

くろねこどらごん

第1話

 寝取られが好きだ


 そう声を大にして言える。

 それくらい俺、杉原学すぎはらまなぶは寝取られが好きだった。

 きっと、俺という人間に刻まれた、魂の性癖だったのだろう。

 そのことに人生の序盤である十代前半のうちに気付けた俺は、相当幸運な人間であったに違いない。

 これはもはや、人生を寝取られに捧げろという、神のお告げだったのだろう。

 そう解釈した俺は深く神に感謝し、ますます寝取られ属性にのめり込んでいったのだ。


 寝取られは最高だ。

 さらに言えば、幼馴染の寝取られは最高中の最高だ。

 付き合いが長いほど絶望は深まり、より心が痛まり寝取られを心から堪能できるというのが俺の持論である。

 お気に入りの同人誌や漫画でもそういったシチュエーションを好み、収集して満足していたのだが、ある時俺はふと気付いてしまった。


「物足りない…」


 そう、物足りないのだ。

 中学も二年を迎えた頃には、俺は創作物では満足できない身体になっていた。

 俺自身が寝取られてみたいという欲求が膨らみ、抑えきれなくなっていたのだ。


 だが、寝取られてみたいと思うものの、当然問題が浮上する。

 俺には彼女がいないという、あまりにも致命的すぎる問題が。


 いない存在を寝取ってくれるやつなど、それこそ存在しないだろう。

 イマジナリー彼女を作るという手もあるにはあったが、自分以外に認識されない彼女を寝取られることなど不可能である。

 シュレティンガーの寝取られなど、ただの妄想と大差ないのだ。

 いくら手が早いチャラ男とはいえ、目に見えない存在には手そのものを出すことなどできるはずもない。

 なら、リアルで彼女を作るしかない。そう決意する俺だったが、幸いなことに、彼女というか告白できる対象に心当たりがあった。


 そいつの名前は音無燐子おとなしりんこ

 背中まで届く長い黒髪と、切れ長の瞳に人形のごとく整った容姿を持つ、うちの中学で一番の美少女と評判であり、かつ俺の幼馴染でもある女の子だ。

 表情の変化に乏しく、なにを考えているかもよく分からないところのあるやつだが、俺の性癖と好みに完全に一致する、まごうことなくストライクゾーンど真ん中にいる存在。

 彼女にするなら燐子がいいとは、以前から常々思っていたことだった。

 では何故これまで告白しなかったのかといえば、ハッキリ言って成功するとは思えなかったからである。

 燐子とは長い付き合いではあったものの、未だなにを考えているか分からないことが多いし、なにより彼女は圧倒的な美少女だ。


 対して俺の容姿は平凡そのもの。

 悪いわけじゃないがいいとも言えない。燐子に釣り合うとは到底思えなかった。

 そんな負い目と劣等感に似た感情が俺を躊躇させていたわけだが、彼女にできる相手に他に心当たりがないのもまた事実。

 どうしたものかと悩んで悩んで悩み続けて…俺は気付いた。


 あれ?容姿が平凡な方が、陽キャさんも寝取りやすいんじゃね?


 そのことに気付いてからは早かった。

 早速燐子を呼び出すと、俺は感情の赴くままに告白し、そしてあっさりと成功した。

 俺の告白に無表情のままコクリと頷く燐子を見て、半ば拍子抜けしながらも、俺は己の性癖が満たされる日が近いことを確信する。


 圧倒的な美少女と、どこにでもいる平凡な男子。

 そんな釣り合いの取れないカップルがいたら、陽キャは寝取りたくて仕方ないに違いない。いいや、必ず寝取ってくれるはず!

 なんせ彼らは寝取りのプロであり、女に常に飢えている肉食獣なのだ。

 対して俺は弱々しい草食系男子。そんなやつが可愛い彼女とともにいるなど、神が許しても彼らは許してくれないに違いない。いや、絶対に許さないはずだ。最高かよ。


 そう確信し、俺は天にも昇る心地だった。

 きっとすぐに、俺はこの幼馴染を寝取られることだろう。

 その時こそ、今まで味わったことのない最高にして最悪の苦しみを味わうことができるに違いなかった。

 違いないを連呼しまくっているが、絶対にそうなるはずだからそこは容赦して欲しい。


 まぁそんなこんなで凸凹幼馴染同士で付き合い始めたわけだが、俺は彼女を陽キャさんに差し出すべく、敢えて公共の場で燐子とイチャつくことにした。

 学校ではなるべく一緒にいるようにしたし、仲の良さを散々見せつけるように努めた。

 登下校も一緒。時には手を繋いだり、彼女の部活が遅い時はこっちから迎えに行くなどして、とにかくアピールしまくったのだ。


 勿論これは牽制のためなどではない。

 むしろ逆。陽キャの皆さんの目に付くように動き、存分に寝取ってもらえるよう俺なりに配慮したのである。



 その結果、付き合って一年が過ぎた。

 中学三年生。俺はまだ、寝取られていない。


 …………まぁ、これは仕方ない。

 よく考えたら、中学生で寝取りに走るのは、いくら陽キャといえど、ちと早すぎるのかもしれない。

 最高学年ということもあって先輩もいないし、実行に移すにはハードルが高かったのもあるだろう。

 そもそも今の時期に寝取ったら勉強が疎かになって高校受験に失敗し、せっかく寝取った相手と通う高校が別々になるかもしれないしな。うん、仕方ない仕方ない。


 勝負は高校生になってからだ。俺は燐子と同じ高校に進むことを決め、寝取られる覚悟を改めて固めた。



 付き合って二年目。

 無事同じ高校に進学した俺達は、中学以上にイチャついた。

 登下校も昼休みも常に一緒。燐子はますます美少女になり、俺はますます普通の男になっていた。

 ますますもって不釣り合いが加速している。

 これならいつでも寝取られるだろうと意気込んでいたが、まだ寝取られていない。


 …………ま、まぁ、仕方ない。

 周りの皆も変化した環境に慣れておらず、まだ余裕がないのかもしれない。

 大丈夫。俺たちはまだ高校一年生だ。寝取られる時間はたっぷりある。

 ここからだ。ここからが勝負。二年に上がれば、きっと俺は幼馴染を寝取られることだろう。

 このタイミングで寝取りにかからないやつは陽キャじゃない。

 陽キャの8割、いや9割は、陰キャから女を寝取りたくて仕方ないのだ。

 そう自分を納得させ、来年こそ寝取られる覚悟を俺は決めた。



 付き合って三年。

 俺達は高校二年生になった。俺は未だ寝取られていない。

 さらにイチャイチャするように努め、アピールも万全だというのに。


 何故だ。分からない。分からないが、寝取られていないのは確かだ。

 訳が分からないまま、俺はとにかく燐子と更に仲良くすることにした。

 そろそろどこの大学に行くのかも視野に入れ始める時期だ。

 将来のことを一緒に話し合いながらも、寝取られれば別々の道を進まざるを得まい。

 燐子は間男さんと幸せな人生を歩み、寝取られた俺は落ちぶれて底辺を彷徨う未来のない毎日を送るのだ。最高かよ。

 そんな秒速で○センチメートルな日が来るのが、とにかく待ち遠しくて仕方なかった。

 もはや妄想にも相当磨きがかかってきたが、こうでもしないとやってられん。

 願い続ければきっと寝取られる日が来るはずだと、自分を納得させるしかなかったのだ。



 そして付き合って四年目に突入した。

 俺達は高校三年生になった。まだ俺は寝取られていない。



 何故、寝取られないんだ



 分からない。

 俺はもう、限界だった。




 ※




「なぁ燐子。どうしてお前は寝取られないんだ」


 とある休日。部屋に遊びに来た燐子に、我慢の限界を迎えていた俺はつい長年の疑問を尋ねてしまった。


「………?」


 いつものように俺のベッドに寝そべりながら漫画を読んでいた燐子は、俺の質問を受けてコテンと首を傾げていた。光沢を帯びた髪により、天使の輪ができている頭の上には、ハテナマークが浮かんでいる。

 なにを言われているのか、よく分かっていないようだ。

 それも仕方ないだろう。聞き方があまりに唐突だったからな。分からないの無理はない。

 反省した俺は燐子にも分かるように、順を追って説明することにした。


「俺さ、寝取られが好きなんだ」


 言った直後、あまりにもストレートすぎるなと、自分でも思った。

 恋人同士なんだし、性癖を暴露すること自体はそうおかしなことでもないと思うが、前置きは必要だったかもしれない。

 そう思ったのだが、起き上がり姿勢を正した燐子は俺を見据えると、


「知ってた」


「え?」


 何故かコクリと頷きながら、そんなことをのたまった。

 知ってたってどういうこと?聞き返す前に、燐子の口が小さく開く。


「学が寝取られが好きだってこと、私知ってた。ベッドの下にある本、全部そういうのばっかりだったから」


「…………そ、そうなんだ」


「うん。寝取られものしかないのはどうかと思ったけど、幼馴染ものも多かったからそこは良かった。私もいつも幼馴染ものを愛用してる。私達、まさに相思相愛。相性抜群。運命の相手、だね」


 言い終えると同時に、ポッと頬を赤らめる燐子。

 どうやら俺の秘蔵品は、彼女にとっくに見つかっていたらしい。

 燐子はインドア派で、部屋デートもしょっちゅうしてたから、考えてみたらそこまでおかしな話でもない。

 隙を突いて捜索するタイミングはいくらでもあっただろうからな。単純に、俺が上手く隠せていなかっただけだ。


 それは仕方ない。うん仕方ない仕方ない。OK俺は冷静だ。えっちな本を見られたからって動じるほど、俺はヤワな男じゃないんだわ。

 とはいえ、気になるものは気になるので、恐る恐る聞いてみる。ヤワではないが、俺は繊細な男なのだ。


「え、えっと、見られたなら聞くんだけど、その、引いてない…?」


 寝取られたいとは思っているものの、それはそれとして彼女に引かれるとショックを受けるのもまた確か。

 ドキドキしながら返事を待つが、俺の問いかけに燐子はゆっくりと首を振ると、


「ううん、別に」


「え、マジで?」


「男の子って、そういうものだと友達も言ってたから。むしろ安心した。学、私に全然手を出してこないから、えっちなことに興味ないのかと思ってたし」


「そ、そっか…なら良かった」


 俺はホッと胸をなで下ろした。

 嫌われてしまったらどうしようかとヒヤヒヤしたが、燐子が理解ある彼女で助かった…

 俺が燐子に手を出していないのは、勿論未来の間男さんに配慮してのものだったが、それは言う必要はないだろう。話すべきことは他にあるのだ。俺は改めて燐子に向き直る。


「なぁ燐子、俺は寝取られが好きなんだ」


「うん。さっきも聞いた。ちなみに私はベッドの上で朝チュンしながら裸ワイシャツ姿でラブラブトークをする、純愛イチャイチャものが好き」


 何故か燐子からも性癖をカミングアウトされたが、それはスルーした。

 というか、あまりにも普通すぎるのでツッコミの入れようがない。


「そうか。それはそれとしてもう一度言うが、俺は寝取られが好きだ。いや、好きってレベルじゃない。好きで好きで仕方ないんだ。ぶっちゃけ、リアルでも寝取られたいと思ってるくらい大好きだ。というか寝取られてほしい!頼む燐子、俺はもう我慢の限界なんだ!」


「え。なにその暴露トーク。それは私もさすがに引く」


 燐子の顔はいつもの無表情ながらも、若干頬が引きつっていた。

 明らかにドン引きしているのが見て取れる。だが、ここまで本心を打ち明けてしまった以上、俺も引くわけにはいかない。さらにアクセルを踏み込んでいく。


「引かれても仕方ないとは思ってる。だけど、俺はもう限界なんだ。なぁ燐子、お前は可愛い。めっちゃ可愛い。すっげー可愛いと俺は思ってる。学校でもお前以上の美少女なんて絶対にいない。断言してもいい。うちの学校では、お前が一番可愛い女の子だ」


「やだ。学、面と向かって言われると、照れる…」


 俺の言葉に顔を赤らめる燐子。

 彼氏としての贔屓目抜きに、本当に可愛いと思う。

 それだけに解せないのだ。


「だから寝取りにかかる男がいないのはおかしいと、俺は思うんだよ。お前のことを俺から寝取りたいと思う男は絶対にいるはずだ。いや、いないとおかしい!」


 そう、これだけ可愛い女の子を寝取ろうとしないなどと、そんなの陽キャ失格だ!

 ずっと抱いていた疑問だったが、燐子は何故かキリッとした表情で俺を真っ直ぐ見つめ、


「大丈夫。私は学一筋だから。確かに告白されたことは何度もあるけど、私は全部ちゃんと断ってる」


 とても聞き捨てならない言葉を言い放ち、俺は思わず待ったをかけていた。


「おい、待て。お前、今なんていった」


「告白されることはたくさんあるけど、全部断ってるって言った」


「お前なにしてんの!?なんで告白断ってんの!!??」


「私が好きなのは学だけ。他の男と付き合うつもりはないし、浮気するほど私は軽い女じゃない。なにより、彼女として当たり前のこと」


 何故かドヤ顔で胸を張る燐子だったが、到底納得できる言い分ではない。

 義憤に駆られ、つい声に力が入ってしまう。


「いや、しろよ!!!受けろよ!!!なんで断ってんだよ!!!浮気しまくってくれよ!!!俺なんてもういらないと言い放つんだ!そして寝取られてくれ!!!」


「え、なんで私怒られてるの。浮気しなかったから怒られるとか、私聞いたことがない」


 燐子はまたもや引いていたが、こっちはそれどころじゃない。

 なんてことだ。間男さんはとっくに燐子に粉をかけていたというのに、それを断っていたなんて…!

 恋人のあまりに無礼すぎるカミングアウトに、俺は憤りを隠せずにいた。


「当然だろ!告白されたら受け入れるのが礼儀ってもんだろ!間男さんに失礼じゃないか!」


「…言っておくけど、向こうは私に彼氏がいるって知ってた。その上で『俺のほうがイイ男だぜ?あんな冴えないやつなんかと別れて、俺と付き合えよ。たくさん気持ちよくしてやっから!』って言われた。しかもすごいゲスな顔で。ほんと最低」


 なんだそれ、最高かよ。

 理想のクズムーブキメてるじゃん。間男の鑑やんけ。

 燐子とは逆に、まだ見ぬ間男さんへの好感度が急上昇しているんだが。


「普通、こんな風に自慢の最高の彼氏を自分と比較して馬鹿にしてくるような相手と、付き合う女の子がいると思う?」


「思うよ!なんだそれ神かよその人!めっちゃいい人じゃん!今からでも遅くない!その人と付き合うべきだ!むしろ付き合え!」


「……その人、先輩だったから去年卒業してる。今はもうどっか行ってると思う」


「ガッデム!!!なんてこった!!!」


 俺は思わず天を仰いでいた。

 せっかく見つけたと思った逸材が、とっくに手元から離れていたとは…悔やんでも悔やみきれない気持ちだ。

 己の愚かさを嘆いていると、俺の様子をじっと眺めていた燐子が話しかけてくる。


「……学、ちょっといい?」


「ん?なんだ燐子、寝取られてくれるのか?」


「違う。私は寝取られるつもりはない。というか、寝取られとか現実ではまず有り得ない。さすがに私もかなり引いているし、学は現実を見たほうがいい」


 なんてことを言い出すんだこの子は。

 言っていい冗談と悪い冗談があると知らないのか。


「いや、なに言ってんだよ燐子。寝取られは有り得るに決まってるだろ?陰キャの8割、いや9割は彼女を寝取られたいと思ってるし、陽キャの10割は陰キャから彼女を寝取りたいと思ってるんだよ。それが世界の真理なンだわ」


「それは偏見が入りすぎてる。というか、実際そんな世の中だったら人類はとっくに絶滅してると思う。その支離滅裂な言動こそ、まさに現実が見えていない証拠。馬鹿なこと言ってないで、いい加減正気に戻って欲しい」


 心配そうな目で俺を見つめてくる燐子。

 全く何を言い出すかと思えば。俺はやれやれと首を振った。

 どうやらこの幼馴染は、この世界の真理について、なにもわかってないらしい。


「皆恥ずかしがって口に出さないだけなんだよ。だから実行に移すやつが少ないんだ。全く嘆かわしいことだと思わないか?皆もっと積極的に寝取りにかかっても、なにも問題ないのにさぁ。陰キャは全員本心では、それを望んでいるってのにな」


「……ダメだこいつ。脳が完全に寝取られにやられている。今の学は正気じゃない。私達の未来のためにも、彼女である私がなんとかいつもの学に戻してあげないと」


 ため息をつく俺を見て、何故か燐子は冷や汗を流しながらなにやらぶつぶつ呟いていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。

 その目にはなにやら決意のようなものが揺らめいており、なにか覚悟を決めたような顔をしていた。


「よく聞いて学。学は今、頭がおかしくなってるの。寝取られなんて現実でされることはほとんどない。そのことを、これから説明してあげる。今の私はNTR殺しネトラレブレイカー。学の寝取られに関する幻想をぶっ壊して、いつもの優しい学に戻ってもらう。それが恋人しての、私の努めだと思うから」


 N○Kをぶっ壊すみたいなことを言うやつだな。そもそも、俺は至って正気なんだが。


「いや、恋人の努めというなら寝取られてほしいんだけど。それに俺はいつも通りだぞ。いつも寝取られのことを考えていたが、付き合って4年も寝取られていない現実に、いい加減耐えられなくなっただけだ」


「黙って聞いて。もう一度言うけど、今の学は頭がおかしい。そもそも私と学が中学の頃から付き合っていることは周知の事実。私達がラブラブカップルであることは、学校中に知れ渡っている。まずこれが話の前提。ここまでは理解できる?」


 俺の言い分はあっさりシャットアウトされてしまった。

 おまけになんかさっきから失礼なことを言われまくっている気がするが、とりあえず頷いておく。


「ああ。そうなるようにしていたからな。その方が陽キャさんの目に入って、寝取られやすくなると踏んでのことだ」


 途端、燐子の頬がピクついたような気がしたのは、きっと気のせいだろう。

 事実、コホンと小さく咳払いをし、話を続けようとしているし。


「……今のは聞かなかったことにしておくとして。ちょっと質問。私に学という彼氏がいることを知っていながら、手を出してこようとする男がまともだと思う?」


「ああ。とても漢らしいと思う。俺みたいな陰キャより、自分の方が燐子に相応しいと思っての行動だろうからな。そんな男の中の男に恋人を寝取られるなら、本望極まりないよ。むしろ誇らしいまであるな」


「聞いた私が馬鹿だった。質問した相手がそもそもまともじゃないことを失念していた。悪びれもなく頭おかしいこと言われて、私の頭の方がすごく痛い」


 自分で質問しておいて頭を抱える燐子だったが、気持ちを切り替えたのか、頭を振って話を続ける。


「もう分かった。方向性を変えて、常識の話をする。まずまともな女の子は、そんな男子はスルーする。信用できないし、評判も良くないタイプが多い。私に告白してきた先輩も、女癖が悪いことで女子の間で噂になってた人だった」


「む…それは良くないな…」


 燐子の話を聞いて、さすがに俺も顔をしかめた。

 寝取られるのはウェルカムだが、俺は寝取ったからには間男さんには彼女のことを大事にして欲しいタイプだからだ。

 俺の反応に気をよくしたらしく、燐子は満足そうにニッコリと微笑むと、


「でしょ?そんな人と付き合ったら、いいように遊ばれて捨てられるか、他の女の子に浮気するのは目に見えてる。遊び気分で手を出してきた相手なんて、その子のことを真剣に大切にしようなんて思わない。ちょっと考えたら分かること。分からず引っかかるのは股が緩いか、頭が足りてない子くらいしかいない。私はそのどちらでもないから、寝取られるのは有り得ない。QED。証明完了」


「いやいやいや!ちょっと待て!そんな浮気性のやつはともかく、女の子を大事にする間男さんだっているに決まってる!そういうタイプなら問題ないだろ!?」


 燐子は論破してやったみたいな雰囲気を出していたが、俺はちっとも納得してない。

 女の子を大事にしないタイプがいるのは確かだが、そんなやつはごく一部だ。

 大抵の間男さんは紳士で野獣に決まってる!そう思っての待っただったが…


「…………ほんとにそう思う?」


「え?」


「女の子を大事にするタイプの男子が、ラブラブカップルから彼女を寝取ると、そう思う?」


「う…そ、それは…」


「有り得ない。そういうタイプは、人の彼女に手を出さない。まして協調性のあるタイプの陽キャなら尚更。そういう人は周りを見ているから、空気を読む力に長けている。寝取った後のことだって想像がつく。そんなことをしたら、自分が批判されることも。そんなリスクを冒してまで、人の彼女を奪うメリットが彼らにはない。そんなことするくらいなら、ナンパでもして関わりのない女の子を相手にしたほうがよっぽど気楽」


 燐子の声は冷静だった。

 区切るように問いかけてくる言葉の端々から、確かな自信がにじみ出ている。


「そんな…!寝取った後のことを考える陽キャなんていないだろ!?アイツ等は瞬間瞬間今を生きているんだぞ!?先のことを考えてビビってるようなのが、陽キャのはずがないだろうが!!??そんなヘタレ野郎は陽キャじゃねぇ!!!」


「学の中で陽キャはどうなってるの…?頭カラッポな獣かなんかなの?」


 当たり前だろ。陽キャは己の性欲に忠実な肉食獣だ。

 それが人の皮を被ってるだけで、彼らはより優れた雌を自分のモノにしようと、常日頃から虎視眈々と狙っているのだ。

 それを熱意たっぷりに説明してあげたのだが、聞き終えた燐子の目元は何故かピクピク痙攣していた。

 心なしか後ずさりしているように見えるのは気のせいだろうか。謎だ。


「……学の中の陽キャ像は後で正すとして。今度は仮に私が寝取られた場合の話をする」


「ほう!」


 それは興味をそそられる話だった。

 燐子が実際寝取られた時のことは、これまで幾度となく想像してきたのだ。


 そのパターンとシチュエーションは様々だったが、特にお気に入りなのは電話越しに、「あっ♡学♡私、もうダメなの♡あんっ♡私、もうこの人のモノになっちゃった♡ごめんね、もう学とは一緒にいられない♡ああんっ♡私、もうこの人がいればそれでいい♡この人が言うから、学のことも捨てるね♡あっ♡もうダメ♡いいます♡いいますから♡学みたいなヘタレ、ずっと彼氏にしていたのは私の間違いでした♡人生の汚点です♡こんなクズを好きだった過去、貴方で上書きしてください♡さよなら、学っ♡学は一生童貞がお似合い♡私に手を出さなかったヘタレ野郎♡私、この人の赤ちゃん産むからね♡」と、ハートマークまみれの寝取られ報告をしてくれるやつである。


 これには何度もお世話になったものだ。

 幾度脳が破壊されかけたことか。最高かよ。

 だが今、燐子の口から直接寝取られ報告を聞ける絶好の機会を俺は得ている。

 一字一句聞き逃すまいと、耳に意識を集中されてしまうのも、仕方ないことだろう。俺は燐子が口を開くのを静かに待ち、そしてその時はきた。


「私が寝取られた場合。学はきっと大いに周りから同情される。そして私は、周りから間違いなく批判される。友達は皆、私から離れていくのは確定。親からも冷たい目で見られるだろうし、もしかしたらもう口を聞いてくれないかもしれない。味方のいなくなった私は孤立するし、寝取った間男も同様の事態に陥ると思う。そうなったら、私は間男のストレスのはけ口として暴力を振るわれたり、最悪無理矢理乱暴にされて警察沙汰に…」


「ちょっと待ってくれ」


 俺は思わず待ったをかけていた。


「なに?」


「俺が聞きたいのはそういうのじゃなくてさ。寝取られ報告とか、間男くん最高!学なんてもういらない!みたいな。罵声混じりに俺のことを捨ててくれるとか、そんな興奮できるシチュエーションなんだけど…」


 燐子の話は望んでいた内容とは程遠く、あまりにも現実的というか、夢も救いもなさすぎる。

 俺が望んだのと、まるで違う話だったのだ。


「そんなの一瞬の快楽で、脳がアッパラパーになった、頭の悪い言動に過ぎない。ちょっと時間が経てば、すぐに現実が押し寄せてくる。そうなれば、熱だって嫌でも冷める。一瞬の一コマを切り取るより、全体の流れのほうがずっと大事。寝取られた後は、こうなる未来が確実に待っている」


 夢が、夢がない…

 燐子の話には、寝取られのロマンがどこにもなかった。

 俺はガックリと膝をついた。ただただ非情な現実の話だけをされて、俺の脳は違う意味で破壊されてしまいそうになる。


「分かった、学?リアルでの寝取られは、なにもいいことがない。お互いが不幸になるだけ。私は理解のある彼女だから、学の性癖に口を出すつもりはない。妄想かその手の本を読むなりで、欲望は満たせばいいと思う。学の脳内で私が寝取られるシチュエーションを妄想するのも、ちょっと癪だけど許容する。私、本当に出来た女。学、現実で寝取られたいだなんて考えは間違ってる。こんな彼女を手放すなんて有り得ない。私と一生添い遂げて、そして幸せになろう」


 それこそが、正しい道なんだから。

 そう告げてくる燐子の声は、優しかった。

 顔にも柔らかい笑みが浮かんでいる。

 まるで悪いことをした子供を許すような、慈愛の笑みだ。


「………い」


 それを見て、俺は自分が間違っていたことが分かってしまった。

 燐子が俺のことを考えてくれているのはよくわかった。

 恋人を労わってくれているのが伝わってくる。

 本当に俺のことを理解しようとしてくれて、受け入れてくれようとしていることも、理解する。


「…じゃない」


 きっと、燐子の言うことが正しいんだろう。

 燐子の言うとおり、寝取られなんて現実的じゃない。

 妄想の中だけに留めて、現実を受け入れ、普通に生きていくべきなんだ。

 それも理解できる。そう、全部燐子の言うとおりだ。

 おかしいのは俺で、世界は寝取られに優しくなんてない。


「…んかじゃない」


「学?」


 でも、それでも。

 それでも、俺は…俺は…!


「間違いなんかじゃない…!」


 俺は…寝取られたいんだ!!!


「燐子の言うことのほうが正しいことくらい分かってる!それでも俺は自分に、嘘はつけない!!!ずっと昔、俺は寝取られたいって憧れた!寝取られたら最高だって思った、この気持ちだけは!決して…間違いなんかじゃ、ないんだから…!」


 細かい理屈なんてどうでもいい!燐子の言ってることがいくら正しかろうと、この性癖は覆せねぇ!!!

 寝取られたくて寝取られたくて、たまんねぇんだよ!!!!!


「寝取られてくれ、燐子!この通りだ!もう寝取られてくれないと、俺の心は耐えられないんだ!!!」


 もはや男の意地もクソもない。俺は全力の土下座をかまし、恋人に精一杯懇願した。


「え、本気?学、そこまで終わってたの…?」


「ああ、俺は終わってる!人として最低なことを言ってるのも分かってる!俺は彼氏失格のクズで、救いようのないド変態だ!こんな最高…いや、最低の男には、燐子もきっと幻滅したと思う!だから、他のもっといい男と付き合って欲しい!後生だ!彼氏の一生の頼みを、どうか聞いてくれ!頼む!!!」


「……学、さり気なく自分に酔ってない?あと、寝取られるように頼んでいるけど、その時点でもう寝取られじゃなく寝取らs「頼む!!!!!」」


 そこから先を言わせる気はなかった。

 俺が寝取られと言ったら寝取られなのだ。

 断じて寝取らせではない。ないったらない。


「……そんなに私を寝取られたいの?」


「ああ!!!俺は本気だ!!!」


 真っ直ぐに燐子の瞳を見据えて、俺は吼える。

 もはや恥も外聞もない。この魂の訴えこそが俺の全てだ。

 燐子を寝取られたい。その想いだけが、俺を突き動かしている。

 燐子は俺の瞳をしばし眺めた後、やがてはぁっと、小さくため息をついた。


「……わかった。私の負け。ここまで学が頭の悪いとは思わなかった。完全に私の大誤算。これはもう、私の手に負えそうにない」


「燐子…?」


「わかったから、寝取られてあげる。そうしないと学が満足できないというなら…もう、仕方ない」


 燐子の声は呆れていたが、どこか清々しさがあった。

 それは手のかかる子供に対するそれに、少し似ていたかもしれない。


「本当にいいのか…?寝取られてくれるのか!?」


「感謝して欲しい。私ってば、本当にいい女なんだから」


 苦笑する顔も呆れてるのが見て取れる。

 だけど、それはとても魅力的な笑みで、


「ありがとう、燐子!!!」


 俺は最高の彼女に、お礼の言葉を述べるのだった。











「それで、寝取られごっこはいつまで続ければいいの?」


「へ?」


「私、できれば次の日には別れたい。寝取られた事実があれば、学は満足。ならさっさと付き合い直すのが筋。受験もあるし、一緒の大学に行くためには一緒に勉強しないとダメ。いつも通りイチャイチャしながら、二人三脚で頑張らないと」


 Why?なに言ってんだこの子は。


「え、付き合い直すつもりなんてないけど」


「え」


「寝取られで寝取り直すとか、そんなの御法度だろ。解釈違いも甚だしいし、有り得ないわ。俺はお前を寝取られたら、付き合い直すつもりなんてない。一生寝取られの記憶を恋人として、これからひとりで生きていくつもりだ。燐子は寝取り相手の彼氏とヨロシクやってくれたら言うことなしだな!」


 そう言って俺は胸を張った。

 そこには希望が詰まっている。

 俺のプランでは、燐子を寝取られたことで大学受験に失敗し一年浪人。

 その後地方の底辺大学に進み、これまた就職に失敗し、冴えないフリーター人生を歩むのだ。

 家賃4万の安アパートを安住の地とし、年中安酒を煽って寝取られた過去を愚痴愚痴と振り返りながら悔み続ける情けない最高の未来が俺を待っている。最高かよ。

 そんなことを考えていると、何故か燐子はプルプルと震え、


「…ない」


「ん?どうした燐子?トイレか?」


「ぜっっったい寝取られない…!寝取られてたまるか。私は学と結婚し、一生添い遂げる…これは確定事項。私は、私の未来を、全力で死守する…!」


「なっ!?」


 なにを言ってるんだ、コイツ!?


「待て!約束が違うだろ!お前、寝取られてくれるって言っただろうが!」


「うるさい。学は自分勝手が過ぎる。許してあげようと思ったけど、私もいい加減、堪忍袋の尾が切れた。こうなったら、体に分からせる。貴方は私のモノ。それを体に刻んでやる…!」


「え、ちょっ、おま―――!」


「私が寝取られから学を寝取る…!」


 未だ土下座の体勢を取っていた俺は、襲い来る幼馴染の魔の手から逃げることは不可能だった。





 ……その後のことは語りたくない。

 ただ、迎えた翌朝で朝チュンを達成できた燐子はひたすら上機嫌でテンションが高く、俺は裸ワイシャツ姿でさめざめと泣くことになった。

 その後ももう寝取られとか考えることが出来ないくらい、がんじがらめに人生を固められてしまったとだけ言っておく。

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幼馴染の彼女を寝取られて絶望を満喫しようと思っていたのに、いつまで経っても寝取られないことに業を煮やした俺は、何故寝取られないのか彼女に相談したのだが、何故かドン引きされて冷静に論破されてしまってる件 くろねこどらごん @dragon1250

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