運命が微笑まない時

牛尾 仁成

運命が微笑まない時

 運命の女神はその命の出会いと別れを司る。

 

 何に出会い、何と別れるのか。


 そのすべてが彼女の思うがままである。


 そう、言われてきた。


 だが、彼女が他者の運命を操っているところを見た者はいない。何か呪文のようなことを言ったりだとか、光を放ってそれを他者に当てるということもない。


 彼女はただ微笑むだけだった。


 運命の女神は後ろ髪が無いと言われる。


 それも嘘だ。


 彼女は実った稲穂のような金色の髪を海原のようにうねらせた美しい女神だ。刈り上げたり、短かったりということは無い。


 噂など当てにはならない。


 興味を無くして帰ろうとする冒険者に、彼女はただ微笑むだけだった。


 あの冒険者は知らないのだ。


 彼女が言葉を発すれば、全てそのとおりになることを。


 女神が雨と言えば雨が降り、夜と言えば夜になる。


 女神が女と言えば女が現れ、男と言えば男が現れる。


 だから彼女は何も話さないのだ。


 それをどれほど彼女自身が疎んじているか、誰も知らない。


 それを知らない誰も彼もが憎いか、誰も知らない。


 だから彼女はただ微笑む。


 「私の力を見られなくて残念ね」

 「私の力を利用できなくて良い気味だわ」


 それが永遠に続くのだと思っていた。


「何だ、運命の女神っていうから後ろ髪が無いとばかり思っていた」


 彼に出会うまでは。


 初対面で女性に失礼なことをかましてきたその男は大柄で厳つい顔つきだというのに、何故か人好きのする印象だった。


 キョトキョトと神殿を見回す仕種が、小動物っぽさを連想させるからなのかもしれない。


「噂なんて何の信用にもならないわ。そんなに襟足の短い女が見たいなら剣闘士でも見に行けばいいじゃない」


 しまった、と言った後に彼女は深く後悔した。


 こうするとすぐにでも無数の刈り上げた女戦士たちが神殿内に飛び込んできてしまう。収集を付けるのが非常に手間だった。


「ああ、いやあいつら単純に血の気が多くておっかないだろ? 俺はああいう手合いは苦手でね」


 男は苦笑いをしながら、手をヒラヒラさせる。


 神殿はいつもの通り静かだった。たくさんの人が近づくような足音も聞こえない。


 異変と呼べない異変に動揺した彼女は、再び口を滑らせた。


「あれ? 何にも起きないわね。いつもなら槍が降るように女剣闘士が無数に召喚されるのに」


 失態を重ねる自分に彼女は顔を青くさせたが、槍も降らないし女剣闘士も登場しなかった。


 明らかに様子がおかしい女神に遠慮したのか、男は遠慮がちに辞去する旨を伝える。


「……あー、何か都合が悪いみたいだな。また、出直すわ。それじゃ」


 そそくさと出て行った男を、呆然と見つめる彼女の顔には当然微笑みなど無かった。


 彼女が人を見送る時に微笑んでいなかったのはこの時が初めてである。


 


 

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運命が微笑まない時 牛尾 仁成 @hitonariushio

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