第18話

「じゃあ、これもはずすね」

「ええ」


 俺はゆっくりとさらしをほどいていった。

 美容師みたいだなんて言ったけど、壁に鏡があるわけじゃないから、全部脱がせたとしても俺にはおっぱいが見えたりしない。大丈夫だ。全然、緊張することなんかない。


「西川さんの家だから、かな。今は学校で触れた時より肩が凝ってないみたいだ」

「そう? まなぶくんのおかげかしら」

「え……。あの」


 俺は下の名前で呼ばれたことに驚いたけど、西川さんは気にしていないみたいだった。


「学くんにはね、保健室のときだけじゃなくて、何度もマッサージされた気がするの。変よね? ついこの間までほとんど話したこともないのに。あっ、はあ」

「……」


 さらしをほどいていくたびに、西川さんが気持ちよさげなため息をつく。


「肩だけじゃなくて、おっぱいもね。ずっと締め付けて、隠してきたものが、ここにあるだろ? って、言われた気がしたわ。男の子におっぱい触れられた想像するなんて。すごく恥ずかしかったわ」


 お、おう。西川さん、頼むからそんなこと言わないで。どう反応していいか分からないじゃないか。


「べ、べつに想像したのはエッチな場面じゃないわよ! そうじゃなくって、おっぱいに名前をつけろって言われた時みたいな。私の中にある大切なところに触れられた感じ、だったの」


 西川さんはそう言いながら、落ち着きなく太ももをもぞもぞさせた。


「だからね。学くんは私にとって神様みたいな存在なの。一人の男の子じゃなくて、私を助けてくれる天使みたいな」


 か、神様!? いつから俺はそんな神聖なものになったんだ?

 それに、一人の男の子じゃない、ってのも気になるな。俺なんか男として認めてないから、服を脱がされてもなんとも思わないってことか!?


「だから、ね。先に言わせて、ありがとう」

「えっ?」


 俺はさらしをほどく手を止めた。


「私に触れてくれて、手を差し伸べてくれて、ありがとう」

「んあっ……いや、正直、身に覚えのないことで感謝されても困るっていうか。手を差し伸べる? そんな大した事してないし……」俺はおばあさんに沙緒莉さおりを頼むといわれたことを思い出した。「まだ」


「まだ? じゃあ、これから何かしてくれるの?」

「えっと、それは……。まだわかんないけど」

「ふふ、やっぱり、まだ、なんだ。でも、そうね。私も、かな。これからどうしていいか、まだわからないわ。おばあちゃんの言いつけを破ったりして」

「おばあちゃんはもう、西川さんを締め付けたりしないよ」

「え?」

「俺がおばあちゃんに頼まれたから。西川さんを頼むって」


「何言ってるの。おばあちゃんはもう……。ふぅ、まあいいわ。学くんを信じてあげる。あなたが新しいルールを決めて」

「ルールって?」

「うーん、首輪をして、お座りさせるとか?」

「そ、そんなことするか! ルールなんかなくていいじゃないか」

「それだと私が落ち着かないわ」

「なら、友達になってよ」

「友達? 今でもクラスメイトでしょ?」

「クラスメイトなんて、1年間まったく口きかなくたってクラスメイトじゃんか。そういうんじゃなくて、友達ってのは……こう、学校以外でもしゃべったり、一緒に買い物したり……」

「それ、男女でやるとデートみたいね」

「ででで、デート!? いや、そういうんじゃないんだよ、俺が言いたいのは」

「ふふ、まあいいわ。友達になりましょ。あっ、私やってみたいことがあったの。『今何してる?』とか意味のないメールのやりとりしたり、電話で無駄話したりとか」

「えっと、まさか一度もそういうことしたことないの?」

「ないわ。私、ネクラボッチ? だから」



 麗華れいかは顔を赤くして戸惑っていた。

 えみ先生が持ってきた衣装は薄桃色のメイド服だったが、特に胸を強調したようなデザインで、乳袋のところが二つのマシュマロのようにふくらみ、チョコレートソースをかけてどうぞお召し上がりください、と言ってるみたいなデザインだった。


「もうすぐ学園祭でしょう? 麗華ちゃんのクラスでメイドカフェやってくれたらいいんだけど」

「いやいやいや、メイドカフェのメイド服ってこんなに責めてないっしょ? もっとダブっとしてモコーってしたダッサい感じの――」

「こらこら。メイド服にそんな言い方したらダメよ。そりゃあ一枚一枚採寸して作ってるわけじゃないでしょうからね。でも私が作ったのはバッチリでしょ? あなたの体のラインにピッタリ合わせてあるから」

「え、笑っち、いつアタイの体をサイスンしたのさ?」

「そりゃ……身体測定のときとか?」

「あ、あん時やたらべたべた触ってたのって……。ヤッバ、笑っちのセクハラ疑惑ってホントだったんだ」

「失礼ね。女子全員にそんなことしてるわけじゃないわ。脱いだときに私がキューンってした可愛い子だけ」

「その表現がもう普通じゃないよ、笑っち。早くジシュしてアシ洗ってきなよ」


 篠崎しのざき笑は自分の嗜好をこれまで完璧に隠し通してきていたが、普段から口が悪く適当なことしか言わない麗華の前でなら油断しても大丈夫と思ったのか、このとき職業上の倫理観はすっかり抜け落ちていた。


「さ、次は沙緒莉ちゃんの番ね。もうそろそろ準備は整ったかしら」

「まさか笑っち。委員長の体もサイスンしたの?」

「ふふん、もちろんよ。沙緒莉ちゃんは特に恥ずかしがりやさんだったのよ? 身体測定の日は必ずお休みしちゃうしね。でもそのおかげで、私は沙緒莉ちゃんと二人っきりで濃密な時間を過ごすことができたわ」

「……」


「自分の体にコンプレックスを持つ女の子は多いけどね、普通は自分の理想の体系と違うっていう悩みよ。でも沙緒莉ちゃんの場合はね、自分の女らしさを全否定してたわ」

「全否定?」

「そう。教師として萌えずにはいられないでしょう? 沙緒莉ちゃんに女の喜びを教える機会が持てるんだから!」

「笑っち……目がヤバいよ」

「ふふ、ふふふふふふふ」


「ああ、どうしよ、グロっち。テレビで教師の犯罪とか見ても他人事だと思ってたけど、身近にこんなヤバい先生がいたよ」

「さ! そろそろ沙緒莉ちゃんを迎えにいきましょ。大黒おおぐろくんの手でいい感じになってる頃だわ」


 篠崎先生は麗華の手を力強く引いて二階への階段に向かった。


「あ、アタイはここで待ってるからー。笑っちのキョーハンシャになんかならないからー!」

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