第17話
不安げに俺を見つめる西川さんに俺は告げた。
「よく、わかんないんだけどさ。あと少ししたら笑先生が着るものを持ってくるって。それでさ、その、妙なことを頼まれたんだけど、別に俺がしなくてもいいと思うんだ。だだ、だから、その……」
保健室では積極的に脱がそうとしたくせに、何をいまさらドギマギしてるのかって? ガーっと盛り上がった勢いで告白しちゃうのと、心の準備もないのに友達にけしかけられて告白するのとでは同じハードルでも緊張感が全然違うだろ? いわば助走なしで高跳びするようなものだ。だから俺は……。
「話の内容は聞こえてたから、だいたい分かってる……。いいわ、部屋に来て。
「え……え?」
なぜかブラウスのボタンに手をかけて顔を赤らめている西川さん。俺が立ち上がるのを待っている。
麗華のヤツも赤い顔をしているが、こっちは若いカップルをあたたかく見守るおばちゃんみたいな表情だ。手旗信号みたいな合図を送ってくるが全然意味がわからない。
「え、ちょっと待ってよ、俺が笑先生に頼まれたのは……」
「グロっちさあ。女の子が覚悟を決めたってのに言い訳とか、男らしくなくない?」
「いや、そういう話じゃなくてだな」
俺が抗議しようと勢いよく立ち上がると、西川さんが俺の手を引いて言った。
「そうね、恥ずかしいからあんまり……ね?」
「……」
「角田さん、篠崎先生が来たら通してあげてくれる?」
「おっけー。まかせといて」
「あの、
やたらキュンキュンした表情で両手で口をおさえている麗華に見送られ、震える手で俺のシャツの袖をつかんでいる西川さんに連れ添って部屋へと向かう。
こ、この状況って、もしかしてマンガとかに出てくるあのシチュエーションか?
両親のいない彼女の家、彼女のベッドに腰かける二人。うるんだ瞳とピンク色の唇。さんざんもったいつけてコマを使い、最後は見つめあってこう叫ぶんだ。
『今夜は寝かせない!』
『ええ、朝まで楽しみましょ!』
そして二人は対戦ゲームに興じるという……。
しまった。俺は少年誌しか読んでないから、こういう肩透かし展開しか知らないのだ。実際に今から起こることは西川さんしか知らない? いや、それじゃダメだ。男の俺がリードしないと。
二人が部屋に消えて数十分後、西川家のインターホンが来客を告げた。
ピンピンポロローン。
「はいはーい。えっ、あ、なあにこれ。委員長の家ってインターホンもカラー? あっは。
「家庭訪問でうかがった篠崎です。
「あっ、笑っち、入っていいよ」
「麗華ちゃん? あの、迎えに来てくれる? 門の開け方わからないから」
「そっか、笑っち先生だからフホーシンニュウのやり方知らないよね。おっけ、すぐ行くー」
「ふーん、それで沙緒莉ちゃんを大黒くんと二人っきりにしたのね?」
「そっ。あれ? もしかしてマズかった感じ?」
「そうねえ、まあ私が大黒君に頼んだんだけど。でもまさか着替えの付き添いに男の子を選ぶとは思わなかったわ。麗華ちゃんもいたわけだし――」
「あっ、委員長がアタイに頼むなんてありえないよ。だって、アタイが西川断捨離会議を開いたんだし」
篠崎笑の厳しい目が角田麗華に向けられる。
「な、なによそれ!?」
「あ、えっとー……。い、いじめとかじゃないよ。笑っち、そんな怖い顔似合わないって! その、ただ委員長を角に座らせて、グロっちで視界をふさぐっていう……」
「つまり、それで沙緒莉ちゃんを黙らせたわけね」
「だ、黙らせるとか、そんな」
「沙緒莉ちゃんはね、あなたが率先して委員長に推薦してくれたからがんばってたのよ」
「え?」
篠崎先生は持ってきた紙袋から服を取り出した。
「まあいいわ。三人に持ってきた服があるの。麗華ちゃんのは、これね。サイズはピッタリだと思うわ」
「って、待って笑っち。アタイが推薦したからがんばったって、どういうこと?」
「言葉通りの意味だけど」
「え、だって。あんときは委員長が誰かに決まんないと帰れそうになかったってだけで。別に……」
「それでも、沙緒莉ちゃんはアナタに気付いてもらえたのがうれしかったのよ」
「気付く? 気付くって何が……」
「ま、そういうのは自分で確かめなさい。ほら、制服脱ぎなさい。着替えは手伝ってあげるわ」
「え、ああ、これね……って、ちょっ、何この服!?」
西川さんの部屋と言って案内された場所は、暗い色の木目家具がたくさんある落ち着いた部屋で、とても女の子の部屋には見えなかった。
「ここ、ほんとに西川さんの部屋? お父さんの部屋とかじゃなくて?」
「父と母の部屋は奥にあるわ。その間に書斎があって、勉強したり本を読んだりするのはそこね」
「書斎!? 壁中が本棚になってて、真ん中にどーんと大きい机が置いてあるような、アレ?」
俺はダンディーなおっさんが難しい顔で座っていそうな書斎をイメージしたけど、実際には廊下の途中にドアのない広い空間があって、そこに作り付けの本棚やL字型のカウンターテーブルが読書カフェみたいな感じに並んでいた。
「へえ、ここは窓から外の光が入ってきて気持ちよさそうだね」
「そうね、私の部屋よりこっちの方がいいわ。今、お茶入れてくるわね」
「いや、お茶はもういいよ。それより……」
「そう、ね。ならお願いしようかしら」
「わかった」
それから俺は西川さんの肩を揉んでは一枚、また一枚と服を脱がしていった。といってもブラウスとキャミソールを脱がせたら、あとはさらしだけになっていたけれど。
書斎のカウンターテーブルに座った西川さんにそういうサービスをしていると、なんだか床屋の理髪師にでもなった気分だった。
やっぱり西川さんの部屋じゃなくてよかった。
部屋でこんなことしてたら、脱がした後にキスして押し倒すような場面を想像して緊張しただろうから。
どうして西川さんが付き合ってもいない俺にそんな役をやらせようとするのか、最初はわからなかった。
そもそも、ただ服を脱ぐだけなら自分でできるじゃないか。
だけど、服を脱ぐたびに西川さんが安堵したようにため息をつくのを見て、だんだん俺にもわかってきた。たぶん、これは何かの儀式なんだ。自分一人の力だけじゃ捨て去れない、呪縛から解き放たれるための儀式。男の俺を選んだのも、異性でないといけない意味があるのかもしれない。
だとすれば、俺も変な想像をしたり照れたりしてる場合じゃない。
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