第16話

「林間学校のときみたいだ。山の中のコテージって感じ」


 俺と麗華れいかは西川さん宅のリビングに通された。

 大きな窓から外を眺めるとまるで森の中で、思わず思ったままの感想が漏れてしまった。


「掘りごたつに座るともっと外がよく見えるわよ」


 リビングの手前には大きなテーブルとソファがあって、その奥の窓際に畳と掘りごたつのスペースがあった。窓の近くで視線も低くなるのだから、木々の間で空を見上げるような形になるのだろう。


「おお!」


「えっと……グロっち、これどうやって座んの?」


 家に通されてずっと黙っていた麗華がここにきて口を開いた。


「どうやってって、普通に。あっ、もしかして掘りごたつ初めてか?」


 スカートの裾をおさえてモジモジしている麗華。


「普通に座ったらパンツ見えちゃうじゃん」

「なんだ、そんなことか。なら目をつぶってるからじゃんじゃん見せればいい。どうせ家じゃご両親に見せてるだろ?」

「子供じゃないんだから! パパやママに見せるわけないじゃん! だいたい家じゃスカートのたけ戻してるし……」

「そうか。ご両親の前じゃいい子なんだな。パパとママによろしく」

「……く、ぐ、ぐぐ」

「大丈夫か? 顔が真っ赤だぞ。のどになんか詰まったのか?」


 麗華が意固地になって座ろうとしない理由が俺にはわからないが、見かねた西川さんがゆっくりと歩いてきて言った。


「畳に座るときはね、こうやって膝をそろえて」


 西川さんが着物美人みたいなキレイなしぐさで畳に正座すると、さっきまで下を向いていた麗華が感嘆の声をあげた。

 俺も見とれた。


「ここから足を崩してこたつに入ればいいわ。私、お茶を入れてくるわね」


 そういうと、温泉の仲居さんみたいに立ち上がってリビングを出て行った。


「ねえグロっち。委員長ってさ、普段は着物で生活してるんじゃね?」

「いや、まさか」


 とはいったものの、実際ありえない話じゃないよな。

 あんなさらしまで巻いてるくらいだから。


「それより、これからどうすんのさ」

「あ? なにが」

「アタイ達は不法侵入したうえに、これから高級ようかんをごちそうになるんだよ。もう委員長に頭があがらない体にされちゃうよ」

「いや、不法侵入を提案したのはお前だし。それになんで高級ようかんが出てくると思った?」

「だってここってばあちゃんの座るとこだろ?」


 ああ、なるほど。こたつと言えばおばあちゃんだよな。おばあちゃんといえばようかん……。


「じいちゃんだって座るぞ!」

「ぷっ。グロっちなにムキになってんの。ウケるんだけど」


 いや、ウケてる場合ではないぞ、麗華。

 さっき外で西川さんのおばあちゃんに会ったからな。戻ってきたとき、俺らがおばあちゃんの憩いのスペースを占領してたら気まずい雰囲気になるじゃないか。

 さっさと移動しようと思っていたら、西川さんがおぼんを持って戻ってきた。


 例の美しい所作で西川さんがお茶を並べている間、俺たちは背筋を伸ばして緊張していた。俺は西川さんの指先をキレイだと思った。麗華は菓子受けにのってるのが高級ようかんじゃないことに驚いているようだった。

 なんでそこにこだわる?


「ようかんに包丁を入れようとしたのだけど……」


 麗華がギクりとして背筋を伸ばした。


「お好みではなかったみたいだから。買い置きで申し訳ないけれど」


 西川さんがそう言って出した皿には、近所のスーパーでは買えないであろう、高級そうな包装の菓子が種類ごとに2つずつ乗っていた。



「それで、ふたりは何の用があってうちに来たのかしら?」

「いや、俺は帰ろうとしたんだけどさ、後ろからこいつに押されたっていうか。ふたりで一緒に来たわけじゃ――」

「なに言ってんのグロっち。えみっちに頼まれたの忘れたの?」

「その件は断ったぞ。だいたい家庭訪問に俺らが同席するっておかしいだろ」

「どうして篠崎先生が今日来るって知ってるの?」

「い、いや、それは……」


 こら、麗華。お前がいらんことペラペラしゃべるから俺が追い詰められていくじゃないか。

 同じ菓子の2つ目に手を出すんじゃない。そいつは俺が目をつけていたヤツだ。


「ごめん、俺、あのままにしとくのは気まずくてさ。喧嘩したらほとぼりが冷めるまで待って仲直りするなんて出来ないんだ。その、その間ずっとやきもきして眠れない夜を過ごすことになるだろ?」

「ぶっ、グロっちが眠れない夜、ぷっ、ぷぷ、オトメ?」

「こ、言葉のあやだ……って、! こぼれてる、食べながらしゃべるな」


「そうね、私も大人げなかったわ。ごめんなさい」

「え?」

「私もあんなふうに怒るべきではなかったって言ってるの。その……二度と近づかないで、なんて……。とにかく! ごめんなさい! これで満足かしら?」

「あ、いや、謝るのはむしろ俺のほうで」

「いいえ、大黒くんはまず私の謝罪を受け入れるべきだわ」

「いや、だから俺もごめんって」

「だから、それじゃお互いに一方通行になっちゃうでしょ?」


「何をこだわってんのか知らないけどさ、二人が謝ればそれで解決ってことにすんのが普通じゃん?」


 麗華が横から口を出してきた。

 お前みたいな能天気なキャラが正論を言うと、俺たちマジメな人間はなんとも居心地が悪いのだが。俺がうんざりした目で麗華を見ると、西川さんは居心地悪そうにしながらも子供の成長を喜ぶような目で麗華を見た。


「な、なにさ。アタイ、変なこと言った?」

「いや、助かったよ。そうだよな、ありがとう麗華」

「角田さん、あなた成長したのね」

「な、なんなのよ! パパとママみたいな目でワタシを見るなー!」



 そんなファミリードラマみたいな幸せな時間は笑先生からの電話で中断された。


「はい、大黒です。先生?」

「あっ、大黒くん? 今駅に着いたとこなんだけどさ、ちょっと手芸屋さんに寄っていくから、悪いけどひとつ頼まれてくれる?」


 なんだろう。生徒の携帯に電話しているにしてはやけに気安いな。麗華といい笑先生といい、サクッと人の間合いに入るのが得意なのだろうか。


「はい、まあ。自分にできることなら」

「きゃあ!」

「せんせ?」

「ねえ、今のもう一回! 不器用ですから、って付けて言って!」

「意味わかりませんよ。いったいなんなんすか? 用がないなら切りますよ」

「ああ、もう! せっかちなんだからっ! あのね、私が行くまでに沙緒莉さおりちゃんのさらし脱がしといて」

「は? 脱がす!?」

「変わりに着るもの持ってくから。バスタオル巻いて待っててもらってもいいわ。あっ、もうエレベーター来ちゃった。それじゃ、お願いね」

「あっ、ちょっ……」


 電話はぶちっと切れた。

 不安げに俺を見つめる西川さんと、何かを期待する目を遠慮なく向けてくる麗華。俺はのどを潤そうと、西川さんがいれてくれた茶をひとくち飲んだ。

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