第14話
女の子が目の前で服を脱いでいる。
こんなことは人生で初めてだし、美味しい食事を前にナイフとフォークの使い方がわからず慌てる男みたいに額から汗が噴き出していた。
落ち着け、落ち着け。
西川さんは『食べて(ハート)』などとは言っていない。
ナイフとフォークの使い方を知らなくても大丈夫だ。
ゆっくりと肩からブラウスが落ちて肩があらわになったとき、俺は慌てて目をそらした。
「これ、なんだけど」
西川さんの言葉で視線を戻すと、包帯で上半身をぐるぐる巻きにした西川さんが座っていた。
「なに、これ? お祭りとかで女の人が巻いてるヤツ?」
「そう、さらしっていうんだけど」
いや、俺が聞きたいのはそんなことじゃないはずだ。
さらしは、わきの下から腰のあたりまで全体を覆って巻かれていた。
こぼれた肉の盛り上がり方からして、かなりきつく巻いてあるんじゃないだろうか。
俺が聞きたいのは……。
「いつもこんなもの巻いてるの?」
「昔おばあちゃんに言われてから、外出のときはいつもね」
「いつもお弁当を残すのも、これのせい?」
「う、うん。これ巻いてると、あんまり食べられないから」
西川さんは脱いだブラウスにしがみつくようにして、顔を真っ赤にしている。
「こんなのずっと巻いてたら体に悪いんじゃないの? えっと」
「胸の発達に? いいの、これは、
「え?」
汚らわしい? どういうこと?
「でもそんなに縛りつけたままにするのは体によくないんじゃ……」
「そう、かしら?」
「わかんないけどさ……いや、でもやっぱり……」
「
「やっぱりよくないと思う。ねえ、ひとつ頼みがあるんだけど、いいかな?」
「えっと、どんなこと、かな? 委員長としてこたえられることなら、なんでもするつもりだけど」
「いや、一人の女の子としてこたえて欲しいんだ」
「え?」
「脱がせてもいいかな」
「え……ええ!?」
西川さんは助けを求めるようにブラウスにしがみついた。
「お、大黒君って……意外と大胆なのね……」
保健室の奥のドア近くにある死角で、
「なにが大胆って?」
「ちょっ、
「いいじゃん、ここ。
保健室の奥にあるドアは普段は施錠されているが非常に静かにスライドするようになっている。しかも室内からはパーティションでしきられているため死角になっていた。
「だ、黙りなさい。私はね、沙緒莉ちゃんが心配で見守ってるの。あの子のガードは硬くてなかなか心の内が覗けなかったんだけど、彼ならイケる気がするわ」
「彼? あ、あれグロっち?」
「西川さん、恥ずかしいところを見せるって言ったよね?」
「い、言ったけど……大黒くんの前でぜんぶ脱ぐなんて言ってないわ」
「いや、俺だって女の子を裸にしようなんて思ってないよ。だけど西川さんが、その、汚らわしいって言ったのが気になったんだ。そういうの、やっぱりよくないと思う。だから俺に見せてよ。汚らわしくないって、俺が証明するから!」
「大黒君……。あの子、自分で言ってることわかってるのかしら?」
「あちゃあ、久しぶりに見たわ。グロっちの変なスイッチ入っちゃってるとこ」
「どんなスイッチよ。麗華ちゃん、大黒君のこと知ってるの?」
「あれ、笑っちに言わなかったっけ? アタイとグロっちは
「他人を差別するなってのはみんな知ってるし、さっきだって麗華が口にしてたけど、それは自分自身にだって同じだろ? 自分を汚いとか醜いとか言うのもほっとけないよ」
「ま、また麗華って……。大黒くん、彼女とどういう関係なの? もしかして、そういう……」
「俺が見てるのは西川さん、キミだけだ!」
「え、はい!?」
「せ、先生としては、ね、生徒のやることを笑ったりしてはいけないのだけれど……く、くく。こ、これは、がまんできる気がしないわ」
「ぷっ、くくく。笑っちゃいないよ。アタイが許すからさ。だってグロっち、本気で言ってんだよ、アレ」
「君のおっぱいの名前は?」
「名前!?」
「この話をするのに必要だろ?」
「なんでよ。おっぱいはおっぱいでしょう?」
「いいや、ちゃんと名前をつけるんだ。そうしないと、おっぱいの気持ちがわからない。さあ、可愛がってるペットとかぬいぐるみにつけるような名前をつけて」
「え、えーっと、本気、なのよね? えーっと……。ぱ、ぱいあーる、
「ちょちょ、ちょっと
「あっ、それ知りたかったヤツ。笑っち、おっぱいの大きさ調べる公式知ってる?」
「知らないわよ! それより、大黒君の変なスイッチって何?」
「あれ? 笑っちはグロっちのナイシンショとか持ってないの? 小学っこのときさ、インシツないじめ? ってやつをグロっちが発見してさ。キオクソーシツ? になるくらい大騒ぎしたんだよ」
「大騒ぎって……」
「えと、グロっちが騒ぎ出してすぐ、全校生徒どころか近所の人にまでいじめの内容が知れわたった、って言ってた。ヤバくない? それからグロっちはGアラートとか呼ばれてたよ」
「瞬時警報システム……ってこと?」
「ま、グロっちは記憶飛んでたみたいだから事件のあとはケロッとしててさ。なんでクラスのみんなから怖がられるようになったかわかんなかったみたい」
「そう、そんなことが……。今は大騒ぎすることはなくなって記憶もなくさないけど、羞恥心はなくすみたいね……」
「あっ、うまい笑っち」
「よし、ならそのジョージくんに話しかけて、ごめんなさいって言おう」
「は、話しかける? それに謝るって……」
「西川さんが話しかければジョージはきっとこたえてくれるよ。謝るのは当然だろ? 汚いって言ったんだから」
「でも、その。私のおっ、ジョージはきっと何も感じてないわ。最初はしばりつけると痛かったけど、そのうち何も感じなくなった。ジョージはもう死んじゃってるの!」
「いいや、俺には助けを求める声が聞こえる。触れてほしいって言ってる声が」
「聞こえないわよ! ちょっ、大黒くん、何してるの?」
俺は西川さんのさらしをほどき始めた。
「ちょっ、待ってってば。大黒くんの言いたいことは分かったから。ここじゃダメよ。家に帰ってするから」
「わかった。なら家に帰るまでがまんするよ。俺が西川さんの部屋まで行ってすべて見届けるから」
「ええ!? 部屋までって。さっき
「麗華は関係ない」
「あるわよ! もう……もう! なんでこうなったの? 私、もう帰ります」
「なら家まで送って――」
「ついてこないで! ヘンタイ!」
「へ、へんたい? あの、それってどういう……」
西川さんがブラウスを着ている間、俺は言葉を失って立ち尽くしていた。
「二度と私にかかわらないで! それと、女の子に対する礼儀を勉強したほうがいいわ。大黒くんには……、やっぱりいい。それじゃ」
「ちょっと、俺はただジョージのことが心配で」
俺が言い終わる前に、西川さんは出て行ってしまった。
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