第13話

 保健室に取り残された俺は途方に暮れていた。


 クラスの女子二人に否定されたからって女教師に慰めてもらおうなんて考え自体がカッコ悪いけどさ。

 えみ先生なら『さすがです! そんなの僕には思いつきませんでしたよ』なんて尊敬に値する助言をくれると思ったんだ。

 それが実際には軽蔑に値する妄想をするだけして逃げていってしまった。


 友達感覚といえば聞こえはいいけど、生徒が頼りたいと思ったときくらい頼られる存在であってほしい。


「ああ、もう! どうしたらいいんだよ! 西川さーん!」

「うわ、わ、ひゃい!? 私ですか!?」

「どわ! 西川さん!?」


 俺が先生みたいに考えてることそのまま叫んだら、期待してなかった返事がカーテンの向こうから聞こえてきた。


「そ、そこにいたの?」

「い、いえ、いません」

「いや、もう声出しちゃってるから。今さらいないフリしたってダメだから」

「……う、うん」


 ゆっくりゆっくりとカーテンを引いてこちらに姿を見せる西川さん。

 叱られた子供みたいにベッドの上で正座していた。


 まさかカーテンの向こうのベッドで西川さんが寝ているとは思わなかった。

 というか、先生も誰もいないって言ってたような。

 いや、待てよ。

『大黒くん。ここには君の立場を危うくするような人間も、口をはさむような人間もいないわ。だから安心して悩みを打ち明けてごらん』

 なんて妙な言い回しをしていたな。


「先生に黙ってるように言われたの?」

「う、ううん違う。でも先生が……」

「黙ってないといけない雰囲気だった?」

「そう、ね。あ、あの、ごめんなさい、勝手に」

「いや、いいんだよ。それならそれで、思ってること打ち明けられてすっきりしたっていうか」

「……」

「見られちゃったんだから、もう隠す必要ないっていうかさ」

「……」


 西川さんが黙っているものだから、俺は恥ずかしさを紛らわそうとしゃべり続けた。


「カッコ悪いよね。こそこそ先生に相談とか。あれ、西川さんは? 具合悪くて保健室に?」

「えっと、その。実は私も、なんだ」

「え?」

「こそこそ、相談」

「へ、へえ」

「カッコ悪い、かな?」

「えーっと……いや! そんなことないよ。俺がカッコ悪いっていったのは、俺が男だからで」

「……おとこ、だから? 男だからカッコ悪いっていうの!? 委員長だからスキを見せちゃいけないっていうの!?」

「に、西川さん?」

「私はただ、クラスのみんなが安心して、楽しく過ごせるようにしたかっただけ。別にルールで縛ろうなんて思ってない。なのに、いつの間にか私と委員長の仕事とルールをごっちゃにして!」

「……」


 西川さんは何かが吹っ切れたみたいにしゃべり続けた。

 口をはさむなんて野暮なこと、出来ないじゃないか。


「委員長になったのだって多数決で決まっただけ。私が立候補したわけじゃないわ。ううん、違う。私がいいたいのは……」

「……うん」


 西川さんはそれきり黙り込んでしまった。

 空気が少しずつ重くなる。


「ちょっと、こっちに来てくれない?」

「え? こっちって、そっち?」

「肩、もんでくれるんじゃなかったの?」 

「あ、ああそうか。もちろん、そんなのお安い御用だよ」



 西川さんの肩はあいかわらず硬かった。

 けど、今回はとことんやらせてもらうつもりだ。

 どうにかしてこの肩を攻略してやるんだ。


 しばらく揉んでいると、最初は緊張していた西川さんも少しずつリラックスしたのか足をくずして俺の腕に体をあずけた。


「私ね、角田つのださんとは同じ中学だったの」

「角田麗華れいかと!?」

「そんな驚くことじゃないわ。あなただって、同じ小学校でしょ?」

「……え、ええ!?」

「え!? 知らなかったの? さっきだって仲良さそうにしてたじゃない」

「いや、俺があいつとしゃべったのは昨日が初めてだぞ。小学校が一緒? たしかに聞き覚えがある名前だけど、それは……」

「はあ、ひとクラスしかないのよ。なんで覚えてないの?」

「い、いやあ……。目ざわりだった女子なら覚えてるんだけどー、おとなしいヤツとか目立たないヤツは覚えて……。ってことは、あいつ小学校の時はネコかぶってやがったのか!?」


「あなた小学生のとき女子をどういう目で見てたの? はあ、まあ男の子ってバカだからしかたないわよね」

「っな!? 委員長らしからぬ発言!」

「ふふっ、ふふふふ」


 俺は完全に忘れていたが、小学校のときの目ざわりでない女子、つまりおとなしい女子の一人が角田麗華だった。小学校卒業と同時に西川さんの学区に引っ越したらしい。


 そんな会話をしてるときにドアの外では笑先生が聞き耳を立てていて、安心したようにため息を吐いて去っていったのだが、俺も西川さんもそれには気付かなかった。


「あのさ、前にも思ったんだけど、やっぱり西川さん肩凝ってるよね?」

「え? そんなことないわ」

「いや、凝ってるよ。ガチガチに。自覚ないみたいだけどさ、たぶんかなり前から凝ってたんだと思う。委員長の仕事が大変だったから?」

「……。別にそうでもないわ」


 あれ?

 さっき委員長になったことを辛そうに話してたよね。

 なんでそんな何でもない事みたいに言うんだ?


 そのとき、開いた窓から風が流れてきた。

 西川さんの黒い髪が揺れて、せっけんかシャンプーか分からないけどいいにおいが鼻をくすぐる。

 その匂いではじめて、僕は女の子に触れてるって自覚した気がする。


 僕は肩甲骨にそって親指を動かしながら、硬さの原因がどこにあるのか探ろうとした。

 別に下着を確かめようとしたわけじゃないぞ。

 だけどなんというか、ブラウスの下に妙な感触がある。


「これ、何?」

「え?」

「そっか、これ包帯だよね? えっ!? ケガ、してるとか?」


 俺は慌てて手を引っ込めた。


「ケガじゃないわ。これは……。そっか……」

「西川、さん……え?」


 西川さんはブラウスのボタンをひとつずつゆっくりと外していた。


「恥ずかしいところ、見せたらスッキリするのよね?」

「え、いや。何するつもり?」

「男の子に見せるのは初めてだから」


 え? いや、だから何が?

 西川さんはゆっくりとブラウスを脱いでいった。

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