第12話

「まあ、二人の意見ももっともかもしれないわね」

「な!? えみ先生まで! そこは励ますとか勇気づける方向じゃないんですか?」


 俺は一世一代の委員長への立候補を否定されたショックで、放課後保健室の篠崎しのざきえみ先生に話を聞いてもらっていた。


「ないわ。まあ普通は相手の言葉を否定しないで肯定する傾聴から入るのが基本なんだけど」

「それですよ! 僕だって、がんばったねー、つらかったねーって慰めてもらいたいときだってありますよ」


「あら? 大黒くん意外とカワイイとこあるのね。高校生にしては精神の発達に遅れがみられる……のかしら。幼いころの家庭環境に問題があったのかもしれないわ。そのうち、膝枕してー、って私に言ってくるかも。ど、どうしましょう。高校生に体を求められるなんてシチュエーションは先生として回避すべきだわ。いくら生徒が幼児退行中でも、誰かに見られたらその状況は……。いえ、新しい扉が開いてしまうかもしれないわ。ま、まあ! どうしましょう」

「あの、カウンセラーの所見なのか個人的な妄想か知りませんけど、そういうのは心の中だけでやってもらえますか? あと僕は幼児退行なんてしてないんで」


「え? どうして私が『幼児退行』って考えたのがわかったの? やっぱり! 大黒くんにはそういう特殊能力があったのね」

「と、特殊能力!? いや、先生さっき声に出してましたよね?」


「大黒くん! 君には女の子の胸元に手を突っ込んでマッサージするような才能があるはずよ!」

「いや、そんな才能もってないし、なんか犯罪めいてるし」


「いいえ、西川さんや篠崎さんの件もそうだけど、私にはできないことがあなたには出来てる気がするわ。これからもその調子でお願いね。そうだ、励ましてほしかったのよね。大丈夫、あなたは犯罪めいてないわ!」

「全然励まされてる気がしません! なに言ってんすか!? 先生、どこへ?」


「ちょっと席を外します。留守番、お願いね!」

「あ、ちょっと!」


 笑先生は乱暴にドアを開け閉めして逃げるように去っていった。



 篠崎笑は閉めたドアに寄りかかって深呼吸してつぶやいた。


「やっ、ちゃっ、たー。学校ではまともな女を演じるって決めたのにー。いいえ、まだ大丈夫よ笑。あの子たちをしっかりフォローして信頼を勝ち取る! そうすれば変な妄想してたこととか忘れてくれるわ。たぶん。大丈夫、大丈夫。私は大丈夫」


「アファメーション、ですかな?」

「あ、あふぁ!? あ、山本先生。いえ、これは……」

「いや、大変ですな。こんな時間まで生徒のケアですかな。自己暗示で自分を励ますなんて、さすが養護教諭の篠崎先生ですな」

「あっいえ、そんなたいしたことじゃ。実際しょうもないことですし……」

「はい?」

「い、いえ、なんでもっ。せ、生徒たちのケアはやりがいもありますし、たとえ微力でも私が役に立てればうれしいですから。山本先生も今まで生徒の質問に答えていたんですか? 数学の山本先生は時間外でも丁寧に教えてくれるって評判ですよ」

「いやはや、そうなふうに評価してもらえるほどのことはしておらんのですがね。いや、そうですか。生徒がそんなふうに? 篠崎先生のところまでそんな噂が伝わってると思うと、実にこそばゆいですな、ははははは」

「あは、あははは」

「職員室に?」

「いえ、まだ仕事が残っておりますので」

「ではお先に」

「はい。お疲れ様です」


 篠崎笑は精一杯の外向けの笑顔で老齢の数学教師を見送った。

 こんな呪文を唱えながら。

「口にチャック、口にチャック、口にチャック……」

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