第11話
俺が失った千六百八十円の思い出に浸っている間も、西川さんと麗華の会話は続いていた。
「それは、日頃のお礼をしようと思って招いただけ。あなたが考えているような事じゃないわ」
「へえ、アタイがどう考えてるっていうんだい? 委員長さま」
「それは……。不純な動機だって言いたいんでしょう? そんなことは私個人としても、委員長としてもありえないことだわ」
「ほうほう。委員長さまは男を連れ込んでも不純な動機などないと、こう言いたいわけ?」
「連れ込むという言い方にすでに悪意が含まれてると思うのだけど。まあそういうことね。不純な動機などないわ。仮に男性がそんな素振りを見せようものなら、私なら二度とそうしたいと思わない目にあわせることができるわ」
西川さんはそう言うとキッと俺をにらんだ。
ちょっ、西川さん?
麗華の口車に乗せられて俺を悪意のある男の一人だと思うのはやめて。
いや、まあ西川さんは少し無防備すぎるから少しくらい気を引き締めた方がいいと思うけどさ……。
俺って身勝手だな。自分が警戒されるとちょっと心が痛い。
さて、麗華に対する西川さんの反論は想定内だったらしい。
その証拠に、麗華は余裕の笑みを浮かべている。
時間が経つほどに、西川さんは額に汗を浮かべて追い詰められていく。
「ならさ。アタイが
「あれは……あなたが制服を着崩した格好で歩いていたから、それは気を付けるべきだと注意しただけ」
「ああ、そうだったそうだった、思い出したよ。わたしがスキだらけの格好だから変な男を引き寄せるって言ってくれたっけ」
「そうよ。下着まで見えるくらいボタンもはずして……」
「ああ、そりゃ悪かったわ。でもアタイだってあんなナンパ男はごめんさ。それに関しちゃ委員長さまと同意見でね。不純な動機ってやつで近づいてほしくないわけさ。アンタにもそう言ったよね?
「ん、ああ!?」
なんだ、いきなり。
大黒くん?
そんな呼び方、今までされたことないぞ。
「あ、ああ。たしかに言ってたな。チャラついた男にまとわりつかれたくないって」
俺の返事に満足した麗華が勝ち誇ったように西川さんを見る。
西川さんは目を見開いて俺を見た。驚いているようだ。
しまった。
これじゃ俺と麗華が共謀して西川さんを追い込んでるみたいじゃないか。
「いや、でもちょっと待ってくれ。その男ってのは――」
俺の言葉をさえぎって麗華が言った。
「ああ、でも、そこがちょっと疑問なんだけどさ。なんでアタイの件は不純な動機ってことでお叱りを受けて、委員長さまの方はただのお礼ってことになるんだい? アタイだって道を教えてくれたお礼にってことで男から誘いを受けたかもしれないだろ? 変だなあ、なんでアタイの方は不純な動機って決めつけられたのかなあ」
「それは……」
「簡単さ。委員長さまはアタイが男を誘惑して遊ぶような女だって差別してたんじゃない?」
「わ、私は差別なんかしてないわ。あなたが普段から校則を破るような服装をしているから――」
「けど服装の件と男の件は別じゃないかなあ。あ、いいよいいよ。アタイはそんなふうに見られるの慣れてるし、心が広いからさ。でも委員長さままでそんなふうに人を差別してるなんて知らなかったよ。みんなも気をつけなよー、委員長さまは偏見をお持ちだよ。エンザイでつかまっても、アタイじゃ助けられないかもしれないから」
麗華の取り巻きが最初に笑い、クラス中に低い笑い声が広がった。
まるで黒い津波に飲み込まれたみたいだ。
息苦しさで、俺は言葉がすぐに出てこなかった。
麗華は西川さんを個人としてだけじゃなく、委員長としての立場を含めて追い込んでいた。まじめで責任感の強い西川さんにとって、こうしたやり方が一番堪えるはずだ。
今さら男の正体が俺だったというオチをクラスの連中の前でさらしたところで、もはや何の意味もないだろう。
だからって傍観してるだけでいいのか?
なにか、なにか俺にできることは?
「なあ麗華、その話で一番問題なのはさ――」
「麗華!? ちょっといつからアンタ私のこと呼び捨てにするようになったの?」
「え?」俺、いま麗華って言ったのか? 「れいか、れ、か……あれ?」
「ちょっ、キモ。人の名前念じながら考え込まないでくれる?」
「いや、もうちょっとで思い出せそうなんだ」
「っ!? アンタはすっこんでなって。隣の席だからってしゃしゃり出てこなくていいんだって!」
麗華の取り巻きが俺の両側から腕を組んで連れ去ろうとする。
ちょっと待て、俺は連行される宇宙人じゃないぞ。まあ、俺の体がデカいせいでそうは見えないだろうけど。
「だって、そのやり方じゃ何も解決しないだろ?」
「うっざ。あんた正義の味方? それとも正論言いたいだけの解説者? そういうのお呼びじゃ――」
「だって、お前は変な奴に声をかけられたくないんだろ? それがイヤだって言ってたよな?」
「あ……?」
「だったらまずそれを解決しなくちゃ。それに西川さんが委員長になったのは多数決で決まったからだ。お前が率先して手を挙げたよな。それまでバラバラだった意見も、お前が手を挙げたことで全員一致みたいになっちまった」
「い、いまさら何さ。そんなの蒸し返したところでなんの意味も――」
「俺が委員長をやる」
「……は!?」
「あの時は立候補がなかったから多数決になっただけだ。だから俺が立候補する!」
クラス中がシンと静まり返る。
おかげで俺の声が教室中に響いた。
麗華が俺の顔を、続いて西川さんの顔を見た。
西川さんも驚いた顔で俺を見て、そして麗華と顔を見合わす。
おたがいこの状況に戸惑っているのはわかる。
いまさら委員長に立候補する奴が現れたんだからな。
だけどお前らがクラスで険悪なムードを作るのを、これ以上傍観してるわけにはいかないんだ。
西川さんは肩がコンクリートみたいに硬くなるまでがんばってるんだぞ。
麗華がしょっちゅうナンパされる問題だって、俺は解決してやりたいんだ。
正義の味方だろうが、委員長だろうが、俺はなってやるぜ。
俺の意気込みが伝わったのだろう。
西川さんと麗華が同時に言った。
「大黒君が委員長になるのは反対よ!」
「グロッちが委員長? ムリ!」
え~?
なんで二人が急に団結してるんだ?
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