第9話
てか、まるで俺がどう反応するかわかってて誘導したみたいだったけど、俺ってそんなにわかりやすいか?
腹が立って仕方がなかったので、店員に向かって麗華がいろいろ言ってたのを聞き逃してしまった。
運ばれてきたパフェはアンコールワットを思わせる世界遺産級の建築物みたいだった。
「なんか、そっちのだけ変なもの刺さってないか?」
俺は麗華のパフェを指さして言った。
「そこ気になっちゃう? あっ、お願いしまーす」
麗華がそう告げると、店員がライターで麗華のパフェに刺さっていた線香花火に火をつける。パチパチという火花に合わせてなんと店員がバースデーソングを歌い始めた。
「お、お前何して……」
「何って見ればわかるっしょ? ほら、あんたも歌って」
俺がただ単に恥ずかしがってると思った店員が俺に笑いかけ、一緒に手拍子しましょう歌いましょうと誘ってくる。なんという同調圧力。何が楽しくて高校生にもなって店員にハッピーバースデーを歌ってもらってるんだこの女は。
「おめでとう!」
くそっ、歌ってしまった。
おまけに笑顔でおめでとうと言ってしまったじゃないか。
周囲の目というものがあるからな。他の客までお祝いムードで手拍子してくれてるというのに、前に座っている俺が何もしなかったら薄情な奴だと思われるじゃないか。
「やっと終わった、のか……」
「何疲れた顔してんの。楽しまなきゃ損っしょ。いったーっきまーす」
「い、いただきます」
「このパフェどうやってグラスの上に浮いてんの? ヤバ、薄めのゴーフルの上に乗ってんじゃん」
「ゴーフルは普通薄いだろ。お、おい、そんな持ち上げたら落ちるって」
「平気っしょ? 食べる前に観察しなきゃもったいないじゃん」
「それならまず写真撮っとくんじゃ――」
「っ! それだよグロっち」
「グロ……? なんだって?」
「
麗華はマジやばいんだけどを繰り返しつぶやき、俺のパフェも取り上げて撮影会をはじめた。アングルを変えるたびに俺は移動しなきゃならなかったし、正直とっとと終わらせてほしい。
ヤバくない? と言って麗華が見せてくれた写真は、どう見てものっぺりしていてあまり映えではないような気がした。
「俺も撮る」
「なに? グロっち見かけによらず負けず嫌い?」
「そんなんじゃない……」
俺は自分のスマホを取り出し、光源を意識してカメラをいろんな角度に向けながら何枚か撮影した。
「うっわー、なんかキッしょ。パンチラ撮ってるカメラ小僧みたい」
「だ、誰がそんなの撮るか」
「だって目がなんかイっちゃってるし、ネイルもしてないくせにスマホで撮影するときの指がなんかエロいし」
「え、エロ……? 手振れしないようにしてるだけだ。ほら、見てみろよ」
「なにこれ? え、うっそ……。これ今撮った奴? 雑誌の写真みたいじゃん! グロっちのカメラ、ヤバ! それなんてアプリ? スマホは?」
「別にアプリなんか入れてないよ。最初から入ってるカメラアプリだから。それにスマホだって同じじゃないか」
「え? そんなダサいのに?」
「ケースを外せば同じなのが分かるって」
「ケース?」
「……まさかの、直接デコってんのか?」
「そだよ。ネイルとお揃いなの、これマジ苦労したんだから。アタイのことクローニンって呼んでよ」
「そ、そうか」
こいつのこだわりはさておき、俺がこだわらなきゃいけないのは西川さんの悪い噂を広めさせないようにすることだ。けどいったいどうすれば?
麗華はパフェの線香花火を一本ずつ抜くと、頂上に乗ったイチゴの頭を撫ではじめた。
そして下のほうから生クリームを指ですくい取ると、イチゴの先端に乗せてもてあそんでいる。
「アタイさあ、粘土とかよりスライムとかのほが好きなんだよねえ。なんで小ガッコでスライムの授業とかなかったんだろ」
そりゃないだろ。スライムじゃなにも作れないじゃないか。
生徒全員でスライムをぬちゃぬちゃいじってるだけの授業なんてコワすぎる。
実際、さっきからイチゴに生クリームを塗り付けてるお前の顔がすでに怖いんだが。
見てみろ。
隣の席の男が、麗華の指の動きと表情を見て変な顔をしているぞ。
連れの女の子がそんな男の反応を見て、頬を膨らませて足を蹴飛ばした。
麗華の遊びは周囲に暴力をまき散らしてるみたいだから、俺が止めないといけないのかな。
などと考えるより先に、俺は俺で変な気持ちになっていた。
目の前でイチゴをもてあそぶ麗華を見ていたら、俺だって同じことをしたくなる。
そんな俺がさっきテーブルの下にあった例のぷるんぷるんに無意識に手を伸ばすのを、誰がとがめられる?
俺は例のぷるんぷるんのまわりを、指の連続した動きではじいてみた。
だんだんこいつの扱いにも慣れてきたからな。
絞るような動きで圧をかけていく。
うん、やっぱりいつもの手触りとはあきらかに違うぞ。指を沈めたあとの反発も強いし、大きさも段違いだ。
だが先端に乗っている突起物はやわらかかった。半分中身が抜けたぶどうの皮みたいだ。
そんな手触りの代物を乱暴に扱ったりはしないもの。やさしく指先で回していると、すこしずつ抜け落ちていたぶどうの中身が戻ってきているような感触があった。指でつまんで弾力を確かめる。
なんてこった! さっきまでと感触が変わってる!
などとやっていると、目の前の麗華も同じようなことをやっていた。
パフェの頂上のイチゴは、いまやすっかり生クリームに包まれてしまった。
そんなイチゴを渦を巻くように麗華が指先を動かすものだから、和菓子職人が作る芸術的なオブジェのようになっている。
こ、こいつ!
なんというか、麗華が芸術家のような恍惚とした表情でその作業を行っていたことに俺は衝撃を受けた。
顔も胸のあたりの肌も赤く上気させて、涙まで流してやがる。
震えている唇を舐めるようにしていたが、ついにがまんできなくなったのか手で口元をおさえた。
な、泣いてるのか?
それになんだその『あふん』とかいう可愛げな声は。
こいつがこんな芸術家肌だったとは!
粘土で満足できなかったのもうなずける。
お前は菓子職人、いや芸術方面を目指すべきだ。
俺はクラスメイトの才能を発見した喜びにふるえていた。
だからぷるんぷるんを触る俺の指先にも力が入っていたと思う。
全体を手で包みながら指の間にその先端を挟むような動きをしたとたん、それは起こった。
麗華がパフェの山を手でむんずとつかんだんだ。
イチゴはかろうじて麗華の手につかまれて落ちなかったが、生クリームが麗華の指からあふれていた。
麗華は下を向いてプルプルと震えていた。
これが芸術の爆発というやつか、と俺は一人納得していた。
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