第4話
俺の後ろに立っていたのは、いわゆる保健室の先生だった。
白衣の下は薄桃色のブラウスに紺のスカート。ブラウスの胸のところを大きく開けて、首にかかっているピンク色の聴診器はなぜかブラウスの中、胸の谷間へと消えていた。ポケットに手を突っ込んだ仁王立ちスタイルで、俺を嘲笑するような笑顔を浮かべている。
「えっと、どんなキャラのコスプレですか?」
一瞬、その場の空気が凍り付いたように感じた。
西川さんを怒らせてしまったあとだったので、俺が敏感になっていただけだろう。
「ここ、コスプレじゃないわ! 養護教諭の
思い出した。養護教諭の篠崎先生。たしか下の名前は
きっと我が子のまわりに笑顔が溢れますようにって願いを込めて付けられたんだろうけど、目の前の先生は顎の下に指を当てて、俺を品定めするように不敵な笑みを浮かべていた。それでついたあだ名が『
「何か失礼なことを考えてないかしら?」
「いえ。まったく」
「ふーん」
「それより、惜しいことしたって何のことですか?」
「誤魔化そうとしないんだ、ふふ」
また不敵な笑みだ。いったい何が言いたいんだろう。
そういえば、転任してきた保健室の先生が美人だとかでクラスの連中が騒いでたな。なんでも空手は相当な腕前で、転任前の高校では悪ガキを再起不能にしてから何食わぬ顔で治療したとかいう出所不明の無責任な噂が流れていたっけ。
やっぱり噂って面白おかしく演出してあるものだよな。
だいたい再起不能の生徒を保健室で治療できるわけがないんだ。
「私たち養護教諭はね、生徒のメンタル面のサポートもしているの」
「……はあ」
「
「ええ、めちゃくちゃ硬くてこりまくってました……。って、どっから見てたんですか!?」
「うーん、君が怪談話が苦手だってことが分かる所からかしら」
「な……な……」
「ところで君、沙緒莉ちゃんと同じクラスよね? 名前教えてもらえる? ふふ、そんな怖い顔しなくても別に悪いようにはしないわ。あなたに協力してもらいたいことがあるの」
「はあ。お、
「沙緒莉ちゃんを揉みほぐすお手伝いよ」
たぶん名前の由来通りの微笑みで、笑先生が言った。
「やっぱり分かっちゃうのよね。私も沙緒莉ちゃんと同じ美少女だったから」
「……」
「なーに、その沈黙。私が美少女だったってことが信じられない?」
「いえ、それは見ればわかりますよ」
「うふ、褒めても飴ちゃんはあげないわよ。今は授業中だからっ」
「どこのおばちゃんですか……。そうじゃなくてですね」
「わかってるわ。でもやっぱり君もわかってないみたいね」
「ん、え? 何が……?」
「沙緒莉ちゃんが美少女だってことよ」
西川さんが美少女だって!?
さっきメンタル面のサポートがどうとか言ってたけど、心の美しさのことを言っているのか?
別にブスだとは思わないけど、と考えたところで一度目の汗が俺の額に噴き出した。
でも美少女? その定義がいまいちわからないけど、誰もが好感を抱いたり好きになったりしそうな容姿ってことなんだったら西川さんは違うと思う。
なんというか彼女は……その。二度目の汗が噴き出した。
「ふふ、困ってる困ってる」
「困ってなんかいませんよ」
「ま、すぐに分かるわ。何かあったらいつでも私が相談に乗るから。お問い合わせはこちらまで~」
笑先生は薄桃色に染まった肌と胸の膨らみが露出した胸元を差して言った。それじゃ変な意味にならないだろうか。
「あの」
「なになに、早速相談?」
「胸のボタン開いてますよ」
「えっ?」
先生は視線を落としてしばらく凍り付いた後、慌てて開いていたブラウスを右手で掴んで言った。
「い、いつから?」
「先生が僕の弱みを指摘したあたりから」
「ふんにゅ」
小動物が踏みつぶされたような声が聞こえたが俺の気のせいだろう。
「それじゃ、教室に戻りますんで」
俺が言ったのと同時に授業時間終わりを告げるチャイムが鳴った。
「あの、そういう態度で生徒と接するのはどうかと思うんですけど」
保健室を出て行きながら俺は言った。
「うん? そういう態度って?」
「隙が多いっていうか。根も葉もない噂が増えちゃいますよ」
「噂が増える……か。うーん、ダイジョブ! 君はそういう噂とかしない人だって思うから。私の心配より沙緒莉ちゃんのことお願いね」
「……言われなくても」
俺は精一杯の不敵な笑みを笑先生に送って保健室のドアを閉めた。
こうして、俺は篠崎先生公認で西川さんを揉みほぐすことになった。
まあ正直、揉みほぐすというのがどういう意味か、まったく分からなかったけど。
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