第3話

「かっ、たッ(かた)!」

「な、なに? 肩がどうしたの?」

「いや、そっちじゃなくて……まあいいや。西川さんってさ、自宅で筋トレに励んでたりする? 逆立ち腕立て伏せとか、逆立ちウォークとか」

「どうして逆立ちさせようとするの? 筋トレなんかしてないわ」


「だとすると、これをどう説明したら……。なら特殊アイテムは? 人と違う重みのあるものを使ってるとか」

「うーん、昔お母さまにもらったペンがあるわ。家で勉強するときに使ってるの」

「っ! そのペンがものすごく重くカスタムされてるとか!?」

「されてないわよ。むしろ普通のプラスチックのボールペンより軽いくらい。高級万年筆だから」


「ぐ……。高級と来たか。そっちの重みは縁がないな。けど知ってる? 本当に高級なものに高級なんて付けない――」

「専門店で四万円くらいしたみたい」

「ごめんなさい。僕が間違ってました!」

「ふ、ふふふ」


 よし、笑ってくれた。

 西川さんの笑顔なんてレアなもの正面から見れないのは残念だけど、今の俺の目的は彼女をリラックスさせること。普通ではありえないくらい硬直した彼女の肩の筋肉。それを揉みほぐす方法を探ることなのだ。


 でも残念。

 彼女の肩は硬いままだった。

 これほどの肩こりが、委員長の重責だけで出来上がるものなのか。


 他に女子の肩こりの原因と言えば?

 そういえば胸の大きな女子が重くて肩がこるって言ってたな。

 西川さんのシャツは第一ボタンまできっちり止められ、おまけにリボンでガードされているけど、上から見るとシャツの上からでもハッキリとその大きさがわかる……?


 うん、肩こりがひどいと言ってた女子よりだいぶ控えめだな。全然心配なさそうだ。

 というか、むしろなかったことになってないか?


「私、肩なんか凝ってなかったでしょ?」

 セクハラめいたことを考えていた手前、そう話しかけられて心底びっくりした。

「え、えーっと……。頭痛以外に症状は? 重い感じとかもない?」

「ないわ、全然」

「へえー……」


 俺は子供の頃から体が大きかったせいか、町内会の集まりなどで年配の人たちの肩揉み係として可愛がられていた。西川さんより軽い症状の肩こりもずいぶん見てきたが、皆何かしらの不調を訴えていたものだ。


「私、愛されてなかったのかな……」


 その声は聞こえていたのに、俺は考え事に夢中で聞き流してしまった。


 肩こりも放置すれば何かしらの病気につながることがある。いや、むしろ、その原因が分からないし、体の他の部分にも何か悪い影響が起きているかもしれない。


「誰にも気にされない、透明人間みたい……」


 いじめられたりしてる様子はないけど、俺は部活もやっていないし、もう少し彼女の様子を注意深く観察して……。


「ねえ! 聞いてるの?」

「え、なに?」

 突然、怒気を含んだ大きな声に驚いて俺はすぐに反応できなかった。

「もういいから! 手をどけて、私教室に戻る」

「え、あの」

 俺が言いよどんでいる間に彼女は両足を伸ばしてクルリと回転し、床に足を下ろして立ち上がった。

 そのまま保健室から出て行こうとして、思い直したように振り返って頭を下げた。

「お世話になりました。ありがとうございます」

 その丁寧なお辞儀に俺は凍り付いた。

 乾いた脱臭剤の匂いがした。



 自分は何をどう間違ったのか。

 後悔とやるせなさで立ち尽くしていた俺に、聞きなれない女の声が聞こえてきた。


「やあ、惜しいことをしたねえ。もう少しで仲良くなれるところだったのに」


 振り返ると、いったいいつからそこにいたのか、白衣の女性が立っていた。


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