第2話

「呪われてるって、君をきら……、良く思ってないクラスの連中のこと?」

「……違う」


 あー、俺としてはクラスメイトとのいざこざとか、そういう手で触れられる問題の方が良かったな。呪いとかって手で触れられないよね? 転校してもいてきちゃうよね?


「私の家はね、薄暗い森の中にあるの」

「実は俺そういう話はにが……え、森!? 西川さんの家って山奥にあるの?」

「いいえ、住宅街よ。ずっと昔から変わらない土地で、屋根より高い木が家を覆っているの。夕方になると真っ暗になってしまって……子供の頃はそれが怖くて誰よりも早く家に帰っていたわ」


 へ、へえ。できれば話題を変えたかったんだけど、こんなふうに外堀から埋められたら逃げられないじゃないか。


「どうしたの? トイレにでも行きたいの?」

「あ、いや、違うよ」

 西川さんに俺がそわそわしているのがバレてしまった。

 いよいよ怪談話が苦手だなんて言えなくなったじゃないか。


「落ち着かないわね。ここに座ったら?」

 西川さんはベッドに腰かけたまま自分の隣のスペースを手でトントンと叩いた。


 と、隣に座れってこと!?

 それってベッドに誘ってるってことにならない?

 いや、状況から見てそうじゃないってことくらい分かるけどさ。

 でもそんなところを誰かに見られでもしてみなよ。目撃した奴はあることないこと付け加えて面白おかしく言いふらすに決まってる。そうなったら学級委員長のスキャンダルとして卒業までずっと語り継がれるハメに……。


「いや、こ、ここでいいよ」

「立ったままで?」

「そう、立ったままで」


 西川さんは真面目でいい子なんだけど、いろいろと無防備すぎる。

 彼女の評判をこれ以上悪くするようなことを俺がするわけにはいかない。

 それに、話を聞きながら実は震えているなんて知られたくないじゃないか。


「いいわ。それじゃあ立ったまま聞いて」

「あ、ああ」

 あはは~、話は続けるんだ。できれば話題は変えて欲しかったんだけど……。


「家に帰ってからも怖いものがあってね。両親のほかにおばあ様がいて、一階の廊下の奥にある自分の部屋にいつもこもってた……。ある日、帰りが遅くなった私が玄関で靴を脱いでいると、暗い廊下の奥でおばあ様の部屋の扉がゆっくりと開いて――」

「うわー!」

「な、なに? どうしたの?」

「いや、あの、なんか大きな虫が床を這ってたから」

「虫!? どこどこ? どんな虫!?」


 西川さんがスカートの裾が乱れるのも構わず、両足をあげてベッドの上に避難する。


「森の中に住んでたんだよね? 虫なんか見慣れてるんじゃないの?」

「それでも正体不明のものは怖いわよ! 何? なんの虫だったの!?」

「えっと、ちらっと見ただけだから……」

 ちなみに君の太ももはかなりキワドいとこまではっきり見えてるけど。


 西川さん、ごめん。

 虫がいたっていうのはウソなんだ。

 西川さんの話が怖すぎて悲鳴を上げたなんて言えないから誤魔化すもりだったけど、まさかこんなに怖がるなんて。


「きゃっ!」

 西川さんが慌てた拍子にバランスを崩してベッドから落ちる。

 俺は大きく一歩前に踏み出して西川さんの背中と足を抱きかかえた。そのままブランコの要領でベッドの上へと西川さんの体を持ち上げる。ベッドの上にお尻からぽふんと着地した西川さんは、きょとんとした顔で俺を見つめた。


「大丈夫?」

「え、ええ。大黒おおぐろ君て力持ちなのね」

「ああ、まあね。学芸会の岩役だから」

 俺は人差し指で頬を掻いた。照れ隠しに自虐的なことを口走ってしまったけど、西川さんに変に気を遣われたくないな。


いた!」

「あ、やっぱりどこか痛む? 抱えたとき太ももをつねっちゃった?」

「ううん、足は大丈夫。時々頭が痛くなるの。すぐ直るから平気よ」


 西川さんの額に汗が浮かんでいた。

 また濡れた板の匂いがした。


「あのさ、ちょっと触ってもいい?」

「触るって? え?」

「頭痛に効くツボがあるんだ。ああでも、まず肩全体をほぐした方がいいかな?」

「えっと、でも私、肩なんかこってないよ」

「ふーん、まあそれならそれでいいけど。あっ、でもそっか……。俺なんかに肩を触られるのイヤだよね」


 これで二度目の自虐的セリフ。自分を嫌いになりそう……。


「う、ううん! そんなことない。ど、どうぞ。よろしくお願いします」

 西川さんは少し慌てた様子で俺に背中を向け、ベッドの上に座った。

 いわゆる女の子座りだ。


 う、うーん。なんか気を遣わせちゃった?

 でも、こんなふうにどうぞどうぞとやられてしまったら、やっぱり止めるなんて俺が言ったらかえって恥をかかせることにならないだろうか。


「じゃ、じゃあ」

 俺は西川さんの長い髪を避けて彼女の肩に手を触れた。


 ふいに、抱きかかえた時の太ももの柔らかさやスカートのふわりとした感触が思い出された。

 女の子のカラダって柔らかいっていうけど、実際はどんな感じなんだろう。

 触れたら二度と手放したくないような、優しく包み込まれるような柔らかさなんだろうか。ちょうど、さっき机の物入れで感じたような……。

 俺は肩越しにこちらの様子をうかがっている西川さんの肩に手を置いた。


「あ……んっ」

「ん……ん?……んん!?」

「どうしたの?」

「く、くあっ、たッ(かた)!」


 西川さんの肩はまるでコンクリートみたいに硬かった。

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