第19話 令嬢がしていい顔じゃない
「それでは本日の練習はこれにて。明日も同じ時刻に集合するように」
練習の監督である騎士からそう締めくくり、今日の交流練習は終わった。
とは言っても俺達はまだ用事があるけど。
「エルマ嬢、昨日ぶり。約束忘れてなかったみたいで良かった」
レオンを連れてひとつに結っていた赤い髪を解いているエルマ嬢に声をかける。俺達に気付いた彼女は顔を赤らめて、首周りをタオルで拭いたり髪を手で軽く整えていた。
声をかけるタイミングが悪かったかもな、と思っているとレオンがこっそりと俺に耳打ちする。
「彼女は? リリアーネ嬢というのがありながらお前、まさか」
「まさかってなんだよ。エルマ嬢とはそもそも、リリィがお友達になりたいって言ったから昨日のお茶会で会った仲だぞ。リリィとは長い付き合いになりそうだし、レオンにも会わせておこうと思ってな」
「……顔見知りに越した事はないか」
レオンはそう言って理解したような顔をした。
「とにかく、彼女はエルマ・ローザモンド男爵令嬢だ。そしてエルマ嬢、彼はレオンハルト・シュヴァルツ子爵令息」
「初めましてローザモンド男爵令嬢。どうぞ俺の事はレオンハルトかレオン、と」
「は、はい。初めまして、シュヴァルツ子爵令息様。私の事もどうかエルマとお呼びください」
俺の紹介から互いにお辞儀しつつそんな会話が交わされた。貴族の身分としても騎士を目指している見習いとしても副団長の息子であるレオンのが偉いからか、エルマ嬢は緊張した面持ちだ。
「ならエデルに倣ってエルマ嬢と呼ばせてもらっても?」
「も、もちろんです! レオンハルト様に呼んで名前を頂けるだけでも光栄です……!」
きゃあきゃあ、なんて声が聞こえてきそうなくらい笑顔のエルマ嬢。前世のファンとの交流を思い出してしまう辺り、普通の女の子ってどこの世界でもこんな感じなんだろうか。ご令嬢も変わらないんだな。
でも俺にはあんな反応じゃなかったよなぁ、と心の中で少し肩を下げる。いや、リリィがいるから別に他の女の子にモテたいとか考えてはいないし、攻略対象なだけにレオンは顔がいいから仕方ない。うん。
「エルマ嬢、もし明日も合同練習にいるなら俺と打ち合いに付き合ってくれるか? 異性相手というのもまだ経験が無いし、今日エデルが見せてくれた技も参考になるだろう」
「わ、私でよければ……! それでどんな技なのでしょうかエデル様」
「パルクールっていうんだけど、自分の身体能力で障害物を超えたりするやつで……」
「えっ、パルクール?」
エルマ嬢が呆気に取られたような顔になった。なんだこの反応、レオンはすごく興味深そうな感じだったし、前世でもこんな顔を向けられた事はない。
似たような事があったとしたら、家族の誰か
が家の鍵を閉め忘れたのが発覚したような——、
「エデル、様。それはどこで覚えられたのでしょう……?」
「それは、内緒、です。流石にそこまでは我が家にも守秘義務というのはありますから」
思わず敬語になってしまったが、エルマ嬢は表情を僅かに渋くさせたまま、そうですか、と納得を口にしてくれた。
レオンはそんな大事なもの聞いていいのか、と言っていたが、習得が簡単なものなら身のこなしが良くなる程度だしそれくらいなら大丈夫だと思う、と返す。壁を登ったりはまだ俺もやった事ないし、流石にプロのような建物から建物に移るようなプレイはした事がない。やるなら身体強化が瞬時に出来てからやってみたいと思う。
「とにかく、明日また会おう。エルマ嬢とレオンの打ち合い楽しみにしてる!」
俺がそう言ってその場は解散になった。
──はず、だった。
「エデル様。もう一度、どこで覚えた技か、お教え願えます?」
レオンと別れて帰りの馬車に向かおうとしたところを、エルマ嬢に待ち伏せされた。周りに人はなく、俺とエルマ嬢のふたりきりだ。
いくら騎士見習い同士とはいえ貴族だ、ふたりきりはまずい、と言いかけた。しかしエルマ嬢は夕焼けと同じ瞳を鋭く輝かせている。
「これから私が話すのは到底理解出来ない事だとは思いますし、私の憶測ですが……まず、パルクールを誰からも教わっていないのでは?」
「どうして、そう言い切れるんだ?」
これはアドリブ、アドリブだ……俺はなるべくいつも通りの笑顔を作りつつ念じるように頭の中で繰り返した。
流石に「夢」の中で見ました、とは言えない状況だ。かと言って具体的な嘘をついてもボロが出たら元も子もない。
そもそも「俺が見た夢の話」は親父や公爵様くらいしか知らないし、じいやさんが知ってるのも基本は口が硬くて有事の際には然るべき相手に伝える事を許されているからであって、エルマ嬢が調べて知れる事じゃない。もし他に知っていたとしたら国王陛下だろうけど、口が硬くなきゃ政治なんてやってられないと思うから問題ない、はず。
なのにエルマ嬢は疑っている。怒りをたたえたような冷たい目で。
こんなの、令嬢がしていい顔じゃない。
「──私は、パルクールという言葉を、知っています」
え。
今、エルマ嬢はなんて言った?
「パルクールは、この国にはない。むしろこの世界にあるかすら怪しい。だってフランスはこの世界にないもの。前世の記憶を思い出した時に国とか調べたから分かる、そりゃ私まともな学生じゃなかったかもだけど流石に知識はあるし、そもそもレオンハルト様が不幸になるのは我慢出来ないし推しの幸せの為ならなんだってするって決めて騎士になるって、」
「待て、待ってくれエルマ嬢、分かったから俺の話を、」
「いいえ聞きません! そもそもおかしいのよ、悪役令嬢の母親が死ななかったのも、貴方のせいなんでしょう!」
悪役令嬢、と言われてカチンと来た。
ロクにリリィを知らないくせに。この世界のリリィは悪役令嬢なんかじゃない、させてなるものかと努力している。大切な人の大切な家族の死を回避して何が悪い。
レオンの幸せは俺だって願ってる、でも、それよりリリィの方が俺にとっては優先事項だ。だからこそ、彼女が敵なのかもしれない、と疑うべきだった。
俺が思わず目の前の炎色の少女に敵意を向けかけた、その時。
『待て待て待てー! 何故そうなる、何故敵対しようとするのじゃー!』
そんな聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。
見上げた先には、ギラギラしい真っ白な狼耳のロリっ子……聖霊様が泣きそうな顔で訴えていた。
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