閑話 「エデル」と前世の「エデル」(または蛇足)
──懐かしい、景色。
一人暮らしには少し広めの、ロフト付きの部屋。ちょくちょく同じ事務所の俳優仲間と集まって飲み会を開くと、広い部屋も少し狭い。
「おーい、もしかしてビール消えた?」
「そりゃそんなに買ってねぇかんな。てかひとりでビール飲みやがって! 師匠用の銀色まで飲んで……半額払えよな」
えー、なんて赤ら顔で文句を垂れる同期に当然だろと返してやると、からからと笑い声が上がった。
「べっつに飲めなくても俺は怒んねぇよ! むしろ俺が買いに行ってやる、つまみとかイイもん期待しとけよー?」
さっすが! 太っ腹ぁ! などなど、同期と後輩の声に気を良くした師匠の後を付いて俺も買い物に出る事にした。
年が始まって数週間後の冬。その日の夜は芯が冷えそうなくらいの寒さで、全国的に本格的な寒波に襲われていたと思う。
おかげで、同じ俳優でも顔がいい師匠の鼻は真っ赤だった。
「──なぁ、わんころ。お前なんで俳優なんてしたいと思ったんだ?」
寒空の下、酔いがほどよく覚めたのか師匠はそんな事を言った。
ちなみに「わんころ」は師匠限定の俺のあだ名だ。師匠に付いて色々学ぼうとしていたら、自然とそう呼ばれるようになっていた。
俺は師匠の隣を歩きながら、ゆっくり話し始める。
「元々、体動かすの好きだったんです。それこそヒーローごっこなんてやるようなガキで、すり傷いっぱい作っては親に怒られて、心配かけてました。でも、ヒーローごっこ続けてたら……なんか、なれる気がしたんですよ」
「それで?」
「オリジナルのヒーローとか想像したりもしてましたよ、そのヒーローはどう思って戦うんだろうって……だから、きっと俺はまだヒーローごっこしてたいのかもしれないです」
「なるほどなぁ。だから今回の騎士役のオーディション受けたのか」
「まぁ。でも、まだやってる途中ですけどあの役って原作じゃめっちゃいい奴なんですよ。悪役の幼馴染の為に剣を握って……こういうヒーローとかもいたなぁって感じで」
エデル・キルシュネライト。彼は俺が小さい頃に見ていたヒーロー番組の敵サイドにもいるような人間だった。でもそいつは主人公達ヒーローと同じ力を持っていて、世界の為ではなく大切な仲間の為に戦う、俺にとってはヒーローだ。
重ねてる訳じゃない、でも俺もエデルの力を借りて憧れていたヒーローになれるのなら、それがいいと思った。
「ほんっと、目ぇキラキラさせちゃって……眩しいなぁお前は」
「眩しいのは師匠の方じゃないすか。それに、このオーディション受かったらまた師匠と仕事出来るんですから」
「……だな。まぁやる気はあっても、お前の場合は演技の方を頑張れよ。もう少し自然に出来るように」
「ゔ、ガンバリマス……!」
なんでカタコトなんだよ、と師匠に笑われながら歩く道。
頭上に輝く星のように小さくても、俺や師匠や、みんなに夢があった。
でも、俺は叶える前に死んでしまった。
仲間も、家族も、みんなに迷惑をかけちゃったな、と思う。師匠も悲しませたかもしれない。
舞台「グレイス・ハート」のカンパニーのひとりになりたかった。一緒に最高の舞台の、板の上に立ちたかった。
+ + +
「──エデル、エデルったら!」
そんな声を聞いて目を開ける。琥珀色の刺繍のドレスに身を包んだリリィが俺を呼んでいた。
慣れない場にいたせいか、帰りの馬車でうたた寝をしていたらしい。
「悪い、ちょっと寝たかも」
「ちょっとどころじゃないわよ、もう着いちゃってるもの」
「げっ……本当に悪い事したな」
本当よ、とむくれるリリィがすぐに扉の先のじいやさんを呼んで、馬車の扉が開いた。
俺は先に降りてリリィが降りるのを手伝う。じいやさんの生温かい笑顔がくすぐったいけど、前世の夢を見たせいか取り繕う事が出来た、と思う。
リリィと一緒に中に入ろうとして、ぽつりと話しかけられた。
「ねぇ、エデル。どんな夢見てたの?」
何が? と思わず問いかける。何か変な事でも言ってしまっただろうか。
「ちょっと嬉しそうだったの、笑ってるっていうか……どんなに面白い夢なのかなって思ったから聞きたくて」
「そんなに? 悪いけど覚えてねぇよ」
「あら、そうなの? じゃあ仕方ないわね」
流石に前世の夢、と打ち明けるのはリリィも分からないと思った。そもそも前世とか言われても理解が出来ないんじゃないか、と。
隠し事してごめんなと内心考えていると、リリィは俺に微笑んだ。
「今度もし楽しい夢を見た時は、覚えていたら私にも教えてね? 約束よ、エデル」
悪戯っぽいその微笑みは可愛らしくて、思わず頷いてしまった。
──前世の俺、一緒にこのお姫様守ろうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます