第17話 違和感を感じる

 ややあって、リリィは笑顔でエルマ嬢に話しかけた。


「ええ、貴族社会ですもの。取り繕う事なんてエルマ様もあるでしょう?」


 そんな事言われたらエルマ嬢も困るというものだろう。貴族の暗黙のルールだぞそれ、と目で伝えるも合わせて来たリリィは人差し指を立てていた。あ、それかわいい。


「エルマ様も言葉を崩してくれると嬉しいわ。私は王族の婚約者だから、気安く話せる同性のお友達が少ないし将来女性騎士になる方がお友達なら心強いと思うし、素直に貴女に興味があるの」


 にっこりと笑ったままリリィは心の内を言葉にした。むしろエルマ嬢の信頼を得たいからそう話している。本心を隠しがちな大人にはなかなか出来ない、リリィ本人が学んだ方法だと思う。


「その、私は出来ません。もし言葉を崩して、そちらへの無礼となっては私の方が困ります」

「あら。そんな事言わないわ、むしろエデルの方が出来ないもの」

「……否定は出来ないな、親父が親父だし母さんや兄貴に言われ続けなかったらそもそも分かってないと思う。だからもし荒っぽくなるから、っていう理由なら気にしなくてもいい。俺も幼馴染とはいえリリィとレオンにはこんな感じだし」


 無害ですよー、と笑って見せる。俺もエルマ嬢とは今後それなりに付き合う事もあるだろうし、せめて警戒は解いて欲しい。

 そう思っていたのだが、エルマ嬢はレオンの名前を聞いて首を傾げた。


「レオン、とは……シュヴァルツ子爵令息の事ですか?」

「親の付き合いでな。あ、仲が良いって言わない方がいいのか、リリィ」

「婚約者の従者が幼馴染っていうのは別に隠さなくてもいいと思うわよ? 仲が良いのも悪い事ではないでしょう」


 ああよかった、なんてこっそり胸を撫で下ろしていると、エルマ嬢が何か悩んでいるようだった。

 先程までの困った顔とは違う、迷いを含んだ困惑、といったところだ。

 もしかしたら、王子側とも繋がりを作りたいのだろうか。そう考えた俺は思いついた事を提案した。


「エルマ嬢、良かったら明日の交流練習の後でもレオンとも話す?」

「えっ、な、何故ですか?」

「リリィと俺と仲良くなったら、レオンが仲間外れだし? なんか嫌だろ」

「異国の血が流れていて肌の色も違うし冷たそうな人、と私も最初は思っていたのだけど、レオンはとても──、」


 リリィが出会った頃の話を思い出しながら話していた時だった。


「分かります、あの人はそういう人じゃない」


 と、エルマ嬢はリリィの目を見て断言した。

 まるで、レオンの事を知っているかのように。

 そんな俺達の困惑を感じ取ったのか、エルマ嬢は我に返って笑った。


「なんとなく、ですけど! リリアーネ様の様子から察してそう思っただけで……えっと、ですから是非、お会いしたいです」


 エルマ嬢は少し言葉を崩しながらそう言ってくれた。


「分かった、じゃあ俺達は今から友達、って事だな? リリィ」

「……クラウスの婚約者って私の肩書きよりレオンに負けたのはちょっと悔しいし強引だとは思うのだけど?」

「えっと……ごめんなさい? でも、王都に来たばかりで社交なんてしてなかったから、交流出来て嬉しいです」

「お友達なんだから敬語は使わないで欲しいわ。この際、呼び捨てにしてもいいのよ?」

「呼び捨てはちょっと、家的に難しい……けど、公的な場以外では敬語外すようにします」

「ここだって公的な場じゃないのに。まぁ、慣れていきましょ、ね?」


 リリィはエルマ嬢にそう微笑んだ。ふたりの様子から見てこれから慣れていけば大丈夫そうだな、と前世の俺が言ってる気がするような中、ふと紅茶に手を伸ばしながら考える。

 レオンに会ったことはないというエルマ嬢。だがあの口ぶりはどう考えても相手を知っているというものだった。憧れとかじゃない。


 ──違和感を感じる。


(なんかこう、インタビューとかで有名人を深く知ってるけど、プライベートで会った事はないファンみたいな……俺そういうファンいた事無いけど、困ってる同期はいたよな)


 訳知り顔でいるだけなら良いけど、SNSとかで厄介な投稿をしたりストーカースレスレな行動をされたり……同期は所属事務所と警察に相談したり、弁護士と話すハメになってたな、と前世の俺の記憶を思い出す。

 ちなみに俺は有名な役を貰えなかったのもあって、舞台全通してくれるファンはいても周りに配慮してくれる人ばかりだった。あの同期はファンの治安が良くて羨ましいなと言ってたけど、周りに配慮してくれるよう俺も言ってたし俺が把握してなくてもファン同士で気を付けてくれていたのが大きい。本当、俺が死んで彼女達も悲しんだかもしれない、それは申し訳ないなと思う。

 話がズレたが、エルマ嬢がレオンと会った時の反応を見てから付き合いを考えた方がいいのかもしれない。性別関係なく、そういう相手はやはりされる側は恐ろしいし怖いものだし、どんな事をされるか分からない。

 最悪、リリィにも伝えなくてはいけない。それは少しつらいけど、リリィがどうするかはリリィが考える事だ。


「エデル、何か考え事?」

「……少し。レオンがどんな反応すっかなー、と」

「大丈夫よ、きっと」


 さぁお菓子も食べましょ、とリリィはにっこり笑って言った。


 ──それからは他愛もない話をして、俺達は会場に戻った。エルマ嬢は特段変な子では無さそうだったが、やっぱりレオンへの熱意は何だろうと考えざるを得なかった。


 クラウス達の諌め役として頑張っているレオンの姿を見て、俺は何とも言えない気持ちになってしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る