第16話 熱を感じさせる少女

 予定時刻ちょうどにお茶会が始まり、主催側として来場した相手に挨拶を交わす。意外な事にクラウスもにこやかにリリィの隣で相手の令嬢に話しかけていた。むしろあの子供っぽい姿はリリィの前くらいなんだろう。

 と理解はしてもそれだけ。それでリリィに害を及ぼすのだから当然だと思う。

 ふとそんな事を考えていた時だった。


「リリアーネ嬢、あの赤髪の令嬢は?」

「ローザモンド男爵令嬢のエルマ様よ。むしろエデルの方がご存じではなくて? 彼女、女性騎士見習いとして明日の交流練習に参加すると聞いているわ」

「なるほど、噂の」


 女性騎士は元々護衛の出来る女官が王族の女性専属の護衛騎士として認められたのが始まりだ。ちなみにバルドルの侍女兼護衛のウィドは女性騎士の部隊に所属していたため、護衛騎士の代わりを果たせる。

 それでも貴族子女は女官や侍女を、平民や辺境などの出身の少女が女性騎士を目指す中、彼女は貴族ながら騎士を目指している。

 それが貴族社会では奇怪であり騎士を目指すのだから血の気が多いのだとされて、イノシシ令嬢、などと呼ばれているらしい。とはいえ騎士や志す人間に彼女を揶揄する者はいないが、珍しいもんだと噂にはなっていた。

 ……悪口を言う奴の方が相手をよく知っている典型的な例なのかもしれない。


「でも、あの炎ような赤い髪はなんだか素敵だわ。女性騎士の見習いは髪を短くすると聞くけど長い髪をひとつに束ねているのですから、とても大切に手入れしているのでしょうね……お近付きになりたいわ?」


 こっそりとリリィが俺に向かって話しかける。つまり、俺が彼女に話しかけて自分に紹介しろって事らしい。笑顔は淑女だけど目はいつもの元気で可愛……キラキラとしたリリィの色だ。

 そしてリリィのお願いを断れるなら俺は頭を打ってないわけで。


「俺も接点無いから、ある意味賭けだぞ?」

「私、第一王子の婚約者の肩書きを使うわ。それにご令嬢を連れて別室で休むのも悪くないでしょう?」


 うわぁズリぃ……と思いつつまぁその肩書きが効力を発揮するのも少ないんだろうなと思った。

 悪役令嬢リリアーネはクラウスの婚約者という肩書きを使う事なくその地位を築いていた。ゲームの中ではクラウスすらも信用における人物では無かったとされていたが、俺様王子の婚約者より宰相の娘という肩書きの方がよっぽど使えたのだと思う。父親はまだ信頼が出来るから尚更。

 まぁ俺がリリィの立場でも今は親の方を使うだろう。クラウス自身の未来性よりは信頼できる。


「ではご挨拶に伺いましょう、エデル?」

「──ご随意に」


 ため息を吐くようにそう返すと、リリィはささっとエルマ嬢の元へと足を進めた。

 エルマ嬢は窓際に立ち、庭園を眺めている。赤に彩られたドレスは装飾も少なく、黒のボレロを着ているので余計に露出も少ない出立ちだ。動きやすそうではあるけど、ちょっと新年の祝い事としては地味で浮いている。

 近寄りがたさは感じつつ、俺はエルマ嬢に声をかけた。


「初めまして、エルマ・ローザモンド男爵令嬢。俺はエデル・キルシュネライト、同じ騎士を目指す同志としてご挨拶に伺いました」

「は、はい、初めまして。エルマ・ローザモンドです。交流練習でご挨拶になるかと思っていたのですが、まさかお声をかけていただくとは思いませんでした」


 驚いた顔や様子は女の子らしく、さっきまでの近寄りがたい印象はない。ハキハキとした言葉遣いもとても好印象な、どこか熱を感じさせる少女だ。


「エデル、こちらは?」

「リリアーネ、こちらはエルマ・ローザモンド男爵令嬢です。エルマ嬢、こちらはリリアーネ・アインホルン公爵令嬢。クラウス王子殿下のご婚約者です」

「エルマ様のお噂は耳にしておりましたわ。よろしければ別室でお話しません?」


 ひぇ、とエルマ嬢が萎縮する。そりゃいきなり別室誘導は怖いよな……繋がり何も無かった訳だし。


「実は少し休みたいのだけど、良かったらお話の相手になって欲しいの。だめ、かしら?」


 こっそりといつもの姿を出しながらエルマ嬢に話しかけるリリィ。少し甘えるような困った顔は相手の良心に訴えかけた。なお、これはリリィは無自覚でやっている事を小さい頃から彼女を知っている人は知っている。

 まぁ、初めて浴びる人はエルマ嬢と同じように驚く訳だが。


「──えっ、と。それなら構いません」

「良かったわ、エデル案内お願いするわね」

「かしこまりました。エルマ嬢、俺はリリアーネの護衛ですのでこのままご一緒してもよろしいでしょうか?」

「護衛、ですもんね」


 エルマ嬢は頷いて応えた。嫌そうというよりはどこか警戒しているといった雰囲気ではあるが、それでも了承してもらえたので心の中で胸を撫で下ろす。

 近くの女官にリリィが休憩する事を伝え、休憩室に案内してもらう。中に入ると3人分お茶を用意するかと問われたけど、俺は護衛として立っているつもりなので断った。


「エデル、座ってもいいのよ?」

「建前上は護衛だろ? 別に立ってても辛かねェよ」

「私が嫌なの。侍女さん、エデルのも出してください」


 畏まりました、と侍女が応えてしまい俺も同席する事になってしまった。


「あの……無礼を承知で聞きますけど、本当にリリアーネ様ですか? さっきと雰囲気が違うのですが」


 しまった、普通に気が抜けて普段通りの会話をしてしまった。

 少し引いたエルマ嬢にリリィはどうするのだろうか……?

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