第15話 この我慢は何文の得

 シュヴァルツ家は、海を隔てた西南の国から来た移民の頭目だった現当主ロイス子爵がファルケの武──親父と共に国衛に勤めた事で爵位を賜ったのが始まり。

 その爵位で息子が苦労する事になるのは承知の上だったかはゲームにも無かった事だが、俺としては覚悟の上だったろうなと思っている。

 でなきゃ息子を王子の護衛にする事を合意なんかしない。

 魔法の能力が高いレオンが選ばれたのも、血統のある俺の方がいいのではないかとも、親父とロイス様が何度も何度も話し合っていたのを知っている。これは小さい頃の俺がこっそり聞いたのだから、間違いない。


「ありがとうな、レオン。俺もお前に会いに行こうと思ってりゃよかったんだろうけど……会いに行けると思ったらクラウスがいないって事態だったしな」

「もしかして、アイツがリリアーネ嬢に会いたくなくて城下に遊びに行った時か? 来るなら言ってくれれば俺だけでも居座ったのに」

「そっちの都合もあんだろ? 表面上では王子派と公爵令嬢派ってヤツだし」


 俺の言葉にレオンは苦そうな顔をする。

 というのも、クラウスとリリィの仲の悪さは貴族の上層であればあるほど知られている。それに緘口令口止めを出しているのは国王陛下だ。

 まぁそれでも裏では王子のクラウスと宰相の娘であるリリィのどちらかに付いてた方が旨みがあると思ってる貴族も少なくない。

 それこそ「クイズに正解すると総額ウン万円山分け!」って感じだろうか。前世の俺としてはもらえるのは嬉しくてもスズメの涙しかもらえなくてあまり好きじゃないタイプのイベントだ。


「俺はリリアーネ嬢とエデルと行動したいんだがな」


 それは俺達もだよ、とは思いつつ頷くだけにした。

 この我慢は何文の得なんだろうな、ほんと。


「──お待たせしちゃったわね、ふたりとも。お茶会については大体分かったわ、侍女長が全て任されてるっていうのも」


 リリィが苦く笑いながらそう言うが、俺はまたか、レオンはすまないと言わんばかりにため息をついた。

 あんなに偉ぶっておいて、取り決めは全て母親である王妃殿下がやっているようなものだ。侍女長は王妃殿下の乳姉妹ちきょうだいであり、クラウスの乳母。

 つまり王子教育もやっておいてクラウスは、前世でいうところの乳離れが出来ない小学生なのである。


「アイツがママ離れ出来た時期、絶対覚えてやろ……そんでいつかおちょくってやる」

「それはいいな、その時は俺も援護してやる」

「やめてねふたりとも。流石に不敬を働くところは見たくないわ……私も同意見ではあるけれど」


 はいはい、そうだな、と俺達はそれぞれリリィに返す。


「リリアーネ嬢が資料に目を通したのを確認したし俺はまた子守りに戻る」


 レオンは子守りとぶっちゃけながら立ち去ろうとする。のに対して、俺は小さい声で言った。


「レオン、お前は俺の親友だ。いつか、お前も一緒にリリィの隣に立って欲しい」


 それは、親の意思ではなく自分の意思でリリィについて欲しいという思いだ。

 あの時聖霊に言っていた「助けたい攻略キャラ」はレオンの事。いつかゲームの俺のように隊を作る時、親友としてリリィを一緒に支えて欲しいと考えている。

 リリィもレオンも驚いていたが、レオンはふっと笑った。


「エデル、お前やっぱり変わってないな。けど、覚えとく……あ、言い忘れてたが」


 本当に戻ろうとしたレオンはくるりとこちらに向き直して、


「──おふたりさん、お互いの色を身につけて仲良しさんだな? よく似合ってる」


 と、言いやがった。


「ばっ、レオン! これはそういう、」

「ええ! 仲良しだから、大丈夫よ」


 説明しようとした俺を遮るようにリリィは笑顔でそう言う。その横顔は、仲間に向けたエールを送っているようだった。

 そんなリリィを見ていたら咎めたり出来るわけもなく、俺は仕方ないと割り切った。レオンもただおちょくってるだけだろうし。


「さて。美味しい紅茶もいただいたし、今日のお茶会についてエデルにも説明しておくわね」


 大まかには去年と変わらないお茶会の内容と、細かに変わった点をリリィに説明される。予定通り俺はリリィの側を付かず離れず護衛という建前の元で立ち、お茶会が終わり次第とんぼ返りする事に変わらないが。

 まぁ今年は参加者側ではなく主催の関係者側なので流れを頭に叩き込んでおいて損はないし、リリィは説明が上手いので資料を読むよりすんなり理解出来るので助かる。


「はっきり言ってしまえば私達が王族・貴族らしい振る舞いが出来るかの実践の場でもあり、交流会でもあるからしっかり真面目にやらなくても大丈夫なのだけど……クラウス様に隙を見せるのは嫌なの」

「アイツ、カバーしてもらう側のくせにリリィが失敗するだけでチクチク言うからなぁ」

「それだけ私が嫌なんでしょうね」


 リリィの言葉に、少し違和感を感じた。

 それでもクラウスに寄り添ってあげなくちゃいけないわよね、というのが去年の今頃のリリィだった。よく考えたらいつしか様付けになっているし。


「なぁ、リリィ……なんかクラウスに思う事あったのか?」

「……エデルが頭を打った時、クラウス様に会いに行ったでしょう? その時にね、次期王になる俺よりエデルを心配するのかって言われて、少し嫌な気持ちになったの。それ以来あまりクラウス様に親しみを持てなくなって……でもエデルに気付かれるなんて思わなかったわ」


 声をひそませながら応えるリリィは、悲しそうだった。


 ──ほんと、何文の得にもならねぇな。

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